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Now, let's check the insanity value.Please roll the dice.

「恐ぁっ!」

 人気のない教室で、鈴木陽菜(スズキハルナ)は声を上げた。そんなリアクションをみて、語っていた如月咲良(キサラギサクラ)は満足そうに笑う。

「いや、ハルナはビビりすぎだって」

 そしてもう一人、志乃宮薫(シノミヤカオル)は不思議そうな顔をしていた。思春期の男子にはさも可愛らしい仕草にみえるだろう。

「んーカオリは察しが悪すぎる」

「え。何が怖いの?どうして、“私”が浮浪者を監視したの?」

 本当に解らないという表情のカオルにサクラはため息をついた。カオルはあざとい訳ではないので、(たち)が悪い。

「考え方は、水平思考ゲームと一緒よ」

「そんなゲームやったことないよぉ」

 ハルナがカオルの後ろに回り込んで両手で、カオルの胸をわし掴みした。

オツム()に回す栄養が、ここ()に全部回ったかのか?」

「ちょ、やめ、あ、やめてよ、ハルナ」

 ハルナの魔の手から逃れようとクネクネするカオル、そんな二人に呆れながらも微笑むサクラ。

「サクリャちゃんも、見てないで、助けてよ」

 アハハ、と乾いた笑いが生まれるサクラ。

 と、唐突に教室の扉が開く。


「ぉおをい、さっさと帰れ」


 担任の大井だ。

 小太りでパツパツのワイシャツ、薄毛を隠そうとワックスで髪が濡れたような見た目で、女子の中では人気がない。サクラも不快だった。

 機嫌が悪いのか用事があるのか、一声をかけると去っていく。

「「「はーい」」」

 三者三様の返事を、不機嫌そうな大井の背中にかけた。

 教室備え付けの時計は、確かに夕方というには無理のある時間になっていた。いつの間にか、運動部のかけ声も聞こえてこない。

 そろそろ帰らないと、親がうるさい。家で夕飯を作っている母親を想像しながら、サクラは荷物を手に持った。

 ハルナとカオルも手に持ったスクールバッグ()が少し重たそうだった。

「あれサクラ、課題持って帰らないの?」

「え、何の?」

「ナベの」

 ナベは、サクラたちの学年の国語教科を担当している田辺のことだ。課題を忘れると小言が三日間くらい続く。

「うわ、忘れてたぁ」

 サクラは片手を額に軽くあて、大袈裟に仰け反った。課題提出は、週明けの月曜だったはずだ。

「ちょっと取ってくる」

「一緒に行こうか?」

「いいよいいよ、校門で待ってて、すぐに追いつくね」

 サクラの教室は、二人のこの教室がある校舎とは別の校舎だ。サクラは走り出す。教室がある校舎まで、走れば二分。教室で課題を回収一分。教室から下足室、校門まで二分と少し。

 五分後、二人きりになると会話のないハルナとカオルに合流して、いつもの様に美味しいものにコスメにアイドル、幾つかの話題を話しながら帰るのだろう。

 わざとらしい道化を演じきって満足しながらサクラは、そう思っていた。


 既に校舎は暗く教室までの廊下は、昼の様子とは違う雰囲気だ。

 ハルナとカオルは怖いというが、そんな雰囲気をサクラは決して、嫌いではない。

 どこか別の世界に入り込んだ気がするのだ。

 異世界を走り抜けているのだ、と思うと高揚していく。我ながらに中学生男子のようだ、と思う。

(誰にも言っていないけれど)

 サクラは運動神経は悪くなく、走ることも学年女子の中でも上位に入ると自負していた。誰もいない廊下を全力に近い速度で駆けるのは、心地よいのだ。

 ィイィイン。

 走っていると耳鳴りがし始めるが、サクラはあまり気にしていなかった。

 たどり着いた教室で、持ち出せるように用意していた課題を鞄に詰め込む。

(これで忘れ物はなし、と)

 そのまま階段を下り、上履きから外履きに履き替えて二人の待つ校門に走るだけだ。

 片肩下げの鞄を器用に両肩で背負う。耳鳴りがやけに大きいなとサクラは思った。


──Transport to another world begins.

 直後、サクラの意識がぐにゃりとねじ曲がった。

 まっすぐ立っていられなくなり、近くにあった机を支えようとしたが、平衡感覚がなくなった躯は言うことを聞かず、床に手を突く。

 耳鳴り。

 大きく、纏わり付くような音がサクラの耳に憑いていた。

 サクラの眼の前がぐるぐると回っている。こめかみが何かに締め付けられるような感覚。

 突然のことで戸惑った。突然のことで気持ちが悪く吐けばいいのか、それとも目をつぶったらいいのかも判断が付かない。

 判断が付けれるほどの理性は保っているが、躯は言うことを聞かない。

 妙な耳鳴りはもっと大きくなっていった。

 床に滴が落ちた。気がつけば汗を大量にかいている。

 ただただ世界が廻っている、という妙な感覚だけがサクラにあった。

──You have suffered mental contamination and a functional attack on your brain.

(私は死ぬんだ)

 サクラはそう思った。

(母さん、父さん、ごめんなさい)

──Error. You have no authority in this dimension.


 突発的なそんな体調変化も、やはり突如終わる。

 サクラが目を開けるとと、先ほどの体調不良は嘘のように普段通りだった。大粒の汗が額にかいていて、体力が一気に抜け落ちた感覚。

「なんだったの」

 よろよろと立ち上がり、掛け時計をみると五分も経っていない。二人を待たせているし、無性に両親の顔がみたいと思ったサクラは教室を飛び出した。

 もう耳鳴りはしていなかったが、耳に残った感覚が気持ちが悪い。

(三歩あるけば、忘れすっしょ!!)

 サクラは気持ちを切り替える。


 この場所がおかしいと思ったのは、教室を飛び出してすぐだった。

 やけに暗い。

(あれ、日没ってこんな感じだったっけ?)

 サクラは気がついていないが、窓の外、街灯がついていない。

 おかしさは、その暗さだけでなかった。三人で喋っていた教室からサクラの教室まで渡り廊下を使った廊下がやけに短い。

(疲れてんのかな)

 それらが自分の勘違いではく、奇妙だと叩きつけられたのは、階段を下ろうとしたときだった。

 教室がある階から下りようとして階段のある場所へと向かうと、廊下が続いていた。

 長い回廊だ。

 天井も高くなっていて、風のながれる音が聞こえてきそうだ。

 暗さも相まって、先が見えない。

 教室で倒れかけたこともあって、サクラは自分がまだ本調子じゃないと思って、いったん引き返したが、数歩も歩まぬうちに「いやいやいやいや、いやいや」と立ち止まる。

 ()()()()()()()()()()()()のだ、それに先ほど、ここまで来るのに階段を使ったのだ。

 果たして疲れていたり、友人に変な気を回していたとしても間違うだろうか?

 サクラはもう一度、長い回廊をのぞき込んだ。

 耳を澄ますと、おぉぅん、と遠くから風の音だろう唸りが聞こえてくる。

 断続的な音だ。

 耳鳴りがまた始まったかのと思って身構えたが、階段のあった場所に出来た廊下の先からのようだ。

(声みたいだなぁ)

 不安を押し殺しながら、サクラは後ずさりをする。自分の厭な想像振り切ろうと、両頬を軽く叩いた。

(落ち着け、……まずは携帯だ)

 画面の中のアンテナは、圏外を示している。

 何もない廊下から教室に再び入ると、暗いが確かにいつもの自分が通っている教室だ。

 窓際後方の机を確認すれば、自分の物が確かにある。見覚えある机の傷も。

 窓の外をみると、暗いがいつもの風景だ。駐輪所と校舎裏の細い公道がみえた。

(最悪ここから逃げ出せるのでは?)

 窓を開けようとして、クレッセント錠を解放してスライドさせようとしたが、ハメ殺しのようにぴくりとも動かない。

 サクラは焦り始めた。

 そして何処かのサイトにかかれていた。遠くから聞こえるう風の音も段々と不気味に感じてくる。異世界に迷い込んだ話を頭の片隅で思い出しながらも、校舎からでる方法を思考し始めた。

 と、椅子が眼に入った。

(これを使えば……)

 もし自分の思いこみで、今見ているのがすべて自分の妄想だったら……、後で全力で謝ろう、と覚悟を決めて深呼吸をする。

 足を対角線に手で持って、大きく振りかぶって窓ガラスに打ち付けた。

「いっ!!」

 堅い壁を殴ったように椅子が跳ね返り、サクラは自分手のひらからの痛覚に思わず握った物を放してしまう。

 木製パネルの床に椅子が転がり、机と当たって大きな音が校舎、その階に驚くほど反響した。

 まるで大きな回廊の中で物を落としたときのような響きで、空間内に広がっていく。

 自分は致命的な失敗を犯したという感覚に陥ったサクラは、ふりかえって理解した。

 振り返ると、教室の扉は開かれたままだ。

(もし、なにかいるとしたら、)

 しんとした中、自分の妄想で不安になったサクラは身を固くした。

(この音で私に気づくのでは?)

 サクラの緊張が高まっていくが、何の変化なく静寂が辺りにおとずれると、自分の不安は杞憂だったと安堵する。


  ぉぉぉ゛お゛お゛お゛おをお゛ぉぉぉぉぉぉぉい゛ぃ゛ぃ゛ぃぃぃぃぃぃ!!


 そのつかの間、呼応するように、吹き抜ける風音のような、人が唸りだす遠吠えのような、轟音が廊下の先から木霊した。

 声だ。何かの生物の声だった。

(何かいる!)

 声を聞いたサクラの中で確信に変わる。

 一気にこみ上げた恐怖がサクラを支配していた。

 本能的に教室から飛び出して、廊下を走り出す。


(いやいや、どこに逃げればいい?)


 長い回廊を避けて、渡り廊下がある方に走った。

 走りながら、自分が何処に向かおうか解らないまま走り出したことを理解していたが、あの教室に居続けるのだけは危険だと直感的に理解できた。

 渡り廊下があったはずの場所は、やはり長い廊下になっており、本来の教室の半分しかないだろう間隔の扉が6枚と、廊下突き当たりに教室の扉が一つ。

(は?)

 あまりの変化に驚いて立ち止まりかけるが、サクラはそのまま突き当たりの扉を開く。


 伽藍とした教室だった。

 見慣れた椅子や机はなく、正方形の無垢材が市松状に並ぶ床がやけに黒い。明かりがないにしても、奇妙な黒色だった。

 そう見えたのは教室の真ん中がぼんやりと明るいせいだったかも知れない。床に奇妙な魔法陣らしき模様がぼんやり光る塗料で描かれていた。

(なにこの臭い)

 そして、なにか妙な臭いもした。

 混乱するサクラをよそに、床の黒い一部がむくりと立ち上がった。


──The man appeared.


「なるほど、予言通りという訳か」

 中年の男らしき声が聞こえた。

「ひっ!」

 サクラは驚いて思わず声がでたが、まともな声もでずに腰を抜かして座り込んでしまった。

 男の手にライターが灯る。

 ライターの灯りで浮き現れたのは中肉中背の男。深い紺色の上下のスーツ、ネクタイはしておらず、ワイシャツは灰色とも白ともいえない。妙と感じたのは、黒のスニーカーをはいていた。暗系で統一された服装だったが、ベルトにつ吊された小鞄だけがミリタリー柄だった。

 顔立ちは特徴のない男はライターをサクラにかざしながら、近づいてくる。

(殺される)

 恐怖とは裏腹にサクラは眼を瞑らなかった。サクラのなかで、この状況におかれてようやく現実感が伴ってきていたからだった。

 男はそんなサクラの横を通り過ぎて、扉を閉める。

「別にアンタを助けにきた訳じゃない。まぁ殺しに来たわけでもなかったんだがね。あんた、キサラギサクラさんで、いいのかな?」

──Now, let's check the insanity value.

 サクラは首を縦に振った。

 男はやっぱりかとため息をつく。

── Please roll the dice.

「ここは時空が歪んでる、多少だがね。こちとら、奇妙な行方不明の事件の結末を調べにきただけなんだが、見事に騙された。あのジャージ女め」

 男がライターをサクラの前に置いた。

「あなた、は」

(味方なの?)

 言葉を発したかったが、喉がつまる。

「よわったな、財団とコトを構えたくもなかったし、時間遡航に近しいこともしたくなかったんだけどな」

 サクラの小さな声を無視するように男はぼやいた。

「あぁ、ウィッチドッグだ。勿論、偽名だがね」

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