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4/23

幕間ⅰ

 もう数十年前のこと、私がいつも通勤でつかう地下鉄の通路に浮浪者がいた。

 同じ場所で段ボールで小さな寝床を作って座っている。

 前を通る度にブツブツと呟いていたが、忙しい毎日の疲れとラッシュの喧騒で何気なく聞き流していた。

 ある日、早起きの習慣をづけをするために早退をして、帰路についた。

 勿論、浮浪者の前を通った。

「……人」

 余裕があったのと、地下鉄の通路には人があまり居なかったせいもあって、その小さな声を聞き取ることができた。

 ははは、確かに「人」だ、何を言っているかと思えば、なんだこの浮浪者の暇つぶしだったのか。

 歯の間に詰まった物がとれた感覚になった私は気分良く帰った。

 次の日、早朝の地下鉄は空いていて、適度な人がいた。

 快適な気分のまま、浮浪者の前を通ろうとすると、私と浮浪者の間に急ぐ背広の男が通っていく。

「……豚」

 呟きが聞こえた。反射的に前方で急ぐ男を見ると、ひょろりと痩せていた。

 ……失礼だし、豚というには痩せすぎだ。この浮浪者には、人を楽しませる冗談の感覚はないようだ。

 残念な気持ちになって私はその場を去ろうとした。

「……豚」

 また呟きが聞こえた。少しの好奇心が残っていた私は物を落としたフリをして、浮浪者の前を通った人物を確かめることにした。

 しばらく待つと、私を抜き去る小太りの中年女性。

 あぁなんだ。ただ悪口を言ってただけか。私は、会社へと向かった。

 その日の帰り、浮浪者がいる通路に向かうと、容体(がたい)のよい男が通り過ぎる。

「……牛」

 呟きはよく聞こえた。

「……鳥」

 浮浪者がまた呟く。今度は、スーツを着こなしたサラリーマン。中肉中背だ。

「……豚」

 次は、ガリガリの女性。痩せ細った鳥というべきだ。

「……魚」

 前を通ったのは、少し背の低い青年だ。

 私の中に疑問が生まれた。もしかするとこの浮浪者が呟いているのは、悪口ではないのかもしれない。

 浮浪者の前を通る。

「……野菜」

 呟かれたことで私の中で一つの仮定が生まれた。私はこの浮浪者のせいで捕まるかもしれない。浮浪者の前で立ち止まって、硬貨を数枚入れてやった。

「……ありがとうございます」

 浮浪者から礼を言われたが、その視線は私を見ていなかった。

 どうやら眼が見えていないらしい。私は何も言わずにその場を立ち去った。


 しばらく遠くから浮浪者見守ったが、どうやら演技ではないようだ。

 幾つかの方法を考えながら、家へと急ぐ。

 念には念を。明日からは、通勤でつかう道を変えよう、と決めた。

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