The man who was trespassing met a reclusive woman.
女は椅子に腰掛けて、机と一緒に持ち運んだ白磁のカップに給湯ポットから白湯を入れる。
「お白湯、飲まれますか?」
用心しながら座るWDは、黙って首を振った。
「そうですか、では」
女はいつものように一口カップを傾けると、「ふぅ」と息を吐く。
「とりあえず落ち着きましたわ」
女が微笑みを浮かべた。
「本当に久し振りに、誰かと話しますの」
「数ヶ月……、いえ半年……一年以上ですわね」首を傾けたが、すぐにWDに向き直った。
──That's as close to a correct answer as you can get.
「申し遅れましたわ。わたくし、名前を────と申します」
WDが教団関係者なのかを訪ねると、────はあっさりと肯定する。
「教団解散後に巫女が、どうなったかを知りたい。それだけの理由で、こんな辺鄙な山奥までやってきたんですの?」
WDが事情を話すと、驚いた表情になって「そういうことですのねぇ」と一人で合点した。
「あんたは監禁か監視されてるのか?」
「え?」
「いや」WDが天井隅のマイクとカメラを見上げた。
「あぁ、違いますのよ」
WDの質問を慌てた様子で否定しながら、「いや、監視はされてますの」と自分のおかしな否定をオホホホと笑う。
「監禁はされてません。本当ですのよ。だって外にあなたを迎えにいったじゃないですか。閉じこめられては外にも出れませんのよ。いや、百歩譲ってこんな山奥に独りでいるならそれは監禁に近いのでは、と思われても仕方ありません。でもわたくし、あまり人と関わりたくない性分でして、この環境には自らやってまいりました。住めば都と申します、今はとても満足してますの。まぁ買い物は鬼しんどいですけれども、そこは文明の利器。ネット購入と電動自転車ですわ。電動って凄いですわよ、山道もなんのその。でも少し前に坂道でスピード出し過ぎてマジで死にかけましたわ。この土地と建物は今現在は、わたくしの所有ですし、生涯このままここで過ごしていきたいと思ってますの。ただ監視はされてます、私……わたくしはわたくしを監視してますの」
圧倒されているWDが、女の言葉に不思議な顔をする。
「四隅のカメラは、あの窓際のモニターの場所に、ありますでしょ?あそこに収録ラックがありまして、そこに全部録画されてますの。まぁ、どちらかと言えば音声の方がメインなのですけれど、聞いてくださいまし、とりあえず大変でしたのよあの装置を設置するのが。カメラとマイクの録音先が、元々別部屋に伸びていたので、ケーブルを引っこ抜いたんですの。大きなカブみたいで楽しかったですわ、知ってますか?大きなカブ。おじいさんがひっぱてたら、家族が手伝ってくれて段々と引っ張る人が増えていくお話ですのよ。結局、ケーブルをこの部屋きに引き戻す作業のわたくしは一人でしてたんですけど、その時ってここに電気が通ってなくて……今は簡易発電器があるんですけど、暑いし暗くてやべぇですわぁとか思ってたんですけど、寝泊まりもここで、暗すぎて眠れねぇんです。わたくし現代人なのですわねー、って感じがしました。起きてケーブルを引っ張る、でも眠れてないから力が入らない。作業が進まない。とんでも悪循環でしたわね。そして家族がいないわたくしは独りぼっち。オホホホ。ぁあ何やかんやどうにかこうにかやってあって、録画システムを組んだんですのよ。そもそも24時間録画って、継ぎ目がシームレスでってなると本当に機材選びが大変で……、あと同じ録画機材が三台あるんですけどフル稼働させたら、あんなにも爆熱になるなんて予想だにしなくて、ビビり散らかしました。電源入れた瞬間に熱風が、ブワーっと顔面に吹き付けましたの、強くもなく弱くもない風で。あ、これはほっとくと壊れる熱やないかい、と直感いたしまして、排熱を考えたのです、ラックに拡張用の排熱スリットがあって助かりましたわ。今はネット通販で取り寄せたUSBファンで排熱してますの。あ、そうだ酷いんですのよ、USBファンを運んだ配達員さん。あの古びた門ありますでしょう、あそこに段ボールを置いて帰られましたの。届いたお知らせメールに気がついたときには、二日ほど経ってまして、殺虫剤を振りまきながら段ボールを回収したんですのよ。いや、敷地に入ってこいよ、せめて屋根のある玄関まで持ってこい」
よっぽど配達員に腹がたっていたのか、────は立ち上がっていた。見上げるWDの目線で、我にかえってオホホホと笑って座り直す。
「まぁ、わたくしはわたくしを監視というか盗撮盗聴してるんですの」
────は少し恥ずかしそうに、ようやく告白した。
怒濤に喋る目の前の生物を前にして、WDは戸惑っていた。なにせ聞きたいことは聞けているが、余分の情報が多すぎる。
(えー、色々、情報過多)
ダサいジャージ姿の女が優雅に白湯片手にお嬢様口調で湧き水の様に喋っているだけでも衝撃的なのだが、自分で自分を監視しているという奇妙な行動は、本来それだけで十分な衝撃的なはずだ。
「つまり関係者ってことでいいのか?」
「えぇ、そうですわね」
「関係者ってことは、ここにいた巫女がいま何処にいるか知っているってことか?」
「……、巫女、と言うには、アレはなかなかの詐欺でしたわね。今現在の所在でございますね、勿論知っていますわ。しかし、まったく傑作でしたわ。この部屋は、今私とあなたさまがいるこの場所は、巫女の部屋だったんですのよ。無駄に天高酷く広いでしょ?この部屋の中だけが巫女の世界でした。元々パーテーションで区切られておりまして、寝食の生活をするブース、義務教育を行うブース、遊具が置かれたブースの三つに分けられてましたの。まぁ、ここを買い取った時にぶっ壊しましたが。オホホ、はしたないですわね、ぶっ壊すなんて。そもそも教団がこの建物を作った理由は、表向きは集会するため。でも本当の目的は、巫女を閉じこめて、その能力を秘密にするためでしたの。トランスした巫女は異界の言葉を喋ると言われておりましたが、何てことはないんです。ただのラテン語、それも古ラテン語。神界だか異界だか、教団関係者が勝手に名を付けただけ。詐欺詐称マルチの類の良くある手法ですわよね、誇大広告なんてね。でも、凄いですわよ、まぁ皆様ホイホイホイホイとよく釣られてましてね、政治家、投資家、経営者、医者、弁護士、学者に勿論サラリーマンに主婦、年金生活者。何があんなに引きつけたのかよく理解できませんが、お金と物と人材が教団に続々と集まって参りました」
────は、少し疲れた顔をしてWDを見る。決して語り疲れたわけではないようだった。
「貴方様は、巫女に会ってどうされるおつもりですか?」
「はじめに言ったつもりだが、どうなったのかを知りたいだけだ」
「教団に騙されたとか、その家族親戚の方ではないのですか?」
「いや、親戚筋にそんな奴がいるのかもしれないが、これは俺の趣味みたいなものだから関係のない話だ」
「巫女に会いたいわけではない、と?」
「あぁ、真性異言の少女が、“そのあと”どうなったかが知りたいだけだ。会いたい……とは思わないな」
「変わった方ですわね」
「アンタには、言われたくないな」
「ふふ、確かにそうですねわ」
「よろしいですわ」と言った後、一口白湯を含んで、カップをおいた。
「“そのあと”というのは、解散のあとということでよろしかったですわね?巫女は、教団解散後、公安の方に連れて行かれました。まず保護したのは警察の方なのですけど。解散命令をしに来た警察の方がここに踏み込まれたときには、巫女独りでしたのでさぞ驚かれたでしょうね。巫女の神託で警察がやってくる前に教団の幹部連中はトンズラしておりましたわ、えぇそうですわ巫女を置いてですわ。教団メンバーからすれば、巫女は教団運営に一切かかわってないでしたから、捨て置いたのでしょうね、どうせ何も知らないと。まぁ当時十代前半の小娘に何が出来たかって言われれば、的外れな我儘を言うだけでしょうしね。結局、教団幹部はあっさり捕まったんですのよ教祖から一切合切。海外の逃亡先から帰国中に一人捕まって芋づる式でしたのよ。映画かドラマかはたまたアニメみたいなオチなのですけれども、逃げた先の予言を聞かなかったからですわね。あぁ、忘れていましたわ、巫女は古ラテン語で予言をしましたの。的中率驚異の89.98%、数値化するとやっぱりとんでもねぇですわ。まぁ、喋る言葉なんてなんの意味もありませんのよ、重要なのはその中身ですのよ、つまるところ。保護された女の子が巫女と解って警察の方は困られていました。そりゃ準備万端で踏み込んだら、証拠は何も残ってなくて幹部連中は誰もない、いたのは女の子一人、そりゃ困りますわよね。未成年から碌な情報を得られるとは思ってなかったようで、そのまま公安に引き取られました。そもそも政府の方々は予言や真性異言は信じられてなかったので、精神鑑定をされ予言やその行為が詐術と認定されて、大規模集団詐欺が無事に立証。巫女の女の子は、予め用意されていた台本を読まされていたということになりましたのよ。ちなみに教団には集団での幼女拉致監禁の罪も追加されましたわ。そして、教団は強制解散されて、巫女は教団から逃れれたという訳です。その後は、巫女には新しい名前と新しい家族を与えられました、ときいております。今はその予言の力を使って専業証券投資家になられたときいていますわ。風の噂ですが、慎ましくされているそうですね」
────は微笑むとWDを見つめていた。
「トレーダーね、そりゃ羨ましい。巫女の力は本物だったのか?」
「さぁ、どうでございましょうね。わたくし、教団ではそれなりの立場にいたのですが恥ずかしながら巫女の能力を見たわけではありませんの」
「ほう、そりゃ、……珍しいのか?」
「珍しいと思いますわ。まぁわたくしの場合、親がその教団に入れ込んでおりましてその強制的に入団しておりまして、わたくしのような巫女と年齢が近しい子供は一カ所に集められるんですけどね」
「ぁあ、いわゆる二世って奴か」
「恥ずかしながら」と笑う。
「わたくし、この施設で育ちました。教団内での名称は“サティアン”、麓の町での名称は柱屋敷。まぁサティアン育ちの二世ってのは教団内ではエリートでしたのよ。まぁ未練も何もないのですけれど。巫女の御側にいれたのは、ほんの数人。エリートの中でも選別されてましたわ。自分の育った場所を欲しがるのは、生物的な性なんですのね。帰巣本能と言う奴なのかしらね。しかし考えてみたら、この建物この部屋しか使ってないから、まじで無駄な買い物ですわよね」
「真性異言は、よく前世に関係しているらしいが、巫女も前世を語ったのか?」
「いいえ、巫女は前世を語らがらなかった、と聞きました」
「そうか」と少し考えた後、WDが立ち上がった。
「あら、もうお帰りになられるのですか?」
「あぁ、知りたいことは知れたからな」
「わたくしの言うことが、全部嘘できたらどうしますの?」
「どうもしない。また誰かに聞きに行くだけだ」
「あらあら、見くびってましたわ」
──She laughs with fate.
「偶然ですが、わたくしも専業のトレーダーなのです」と、────は嗤う。
「少しだけ、わたくしのこれまでの経験に基づいた推測にお付き合いできますでしょうか?」
────は真摯な眼差しだった。WDは座っていた椅子をもう一度自分の方にひいた。
「貴方様は、巫女の予言を本当に未来を予知していたとお思いですか?」
「真性異言ではなく?」
「それは副産物にすぎないと考えておりますわ。」
「まぁ、予言は当たっていたんだろ?」
「えぇまぁ。わたくしの見解は違うのです」
────は、飲み終えたカップを置いて両肘を机の上置いて自分の顔を支えた。
「巫女の予言……に限らず、予言というのは世界の可能性をねじ曲げているのではないか、と思うのですわ」
WDは怪訝な顔をしたが、────は言葉を続ける。先ほどまでとは声の調子が違っていた。
「“真に力ある言葉”、“真理の言の葉”、フィクションでよくある魔法の呪文で使われる言葉の概念って、もしかするとそれではないのかなと思いますの」
「どういう……?」
「急に中二病になったわけではないのです。わたくしTRPGなるものが好きなのですけれど、残念ながらお友達が少なくてご一緒してくださる方がいらっしゃらなくて、これまでTRPGリプレイというジャンルに傾倒してまいりまして、これはこれで趣がありますのよ。……話がそれましたわ、予言としての言葉で語られたモノが世界、もしくは時空や次元に影響を与えてるのではないのかしら、と考えております。簡単に言うなれば、世界に影響を与える言葉を紡いでいるのではないか。言った言葉が現実にその通りになっているのではないでしょうか」
「未来予知ではなく?」
「わたくしトレーダーなるものをしていますと、未来という複雑怪奇もしくは確定していないものを、どうして予知できるのだろうか、と思いますのよ。たかが人間の脳味噌一個の演算能力でどうにかできる、と思っている方がチャンちゃら可笑しいと思いますわ。予想は出来ても予知は出来ない、お天気予報と一緒ですわね。無数無限にある分岐のその中から、たった一つを言い当てる。まじであり得ませんわ。単純明快に、その予言者と呼ばれている人種には、これからの世界に干渉できる言葉を紡ぐことが出来ると考えた方が合理的ではございませんでしょうか」
「真性異言が副産物か……」
面白いな、とWDは嗤う。邪悪で子供のような、皮肉で微笑むような、そんな口元のゆるみ。
刹那、言葉につまってしまう────。
──The boy met the girl.
「えぇっと、そういえばお名前をお聞きしていませんでしたわ」
──no, The man who was trespassing met a reclusive woman.
「あぁ、ウォッチドッグだ。勿論、偽名だがね」