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True freedom is the greatest prison.

──Confirmed contamination in the brain.

 眼が覚めると、世界はまだ暗かった。

──It's mental pollution.


 ベッドから這い出て、カーテンを開ける。

 灰色のコンクリートが青に成れていない空と同化しているように男の眼に映った。烏の声が聞こえるが近くではない、と判った。何処かのゴミ収集場所が荒らされているのかもしれない。

(今日もいい天気になるな)

 男の目の前に広がるのは、なんでもない世界、なんでもない日常、なんでもない朝だった。

 世界に奇妙奇天烈摩訶不思議が溢れていても、それを知らなければ溢れていないのと一緒だ。

 空から魚が降ってくるのを目撃したあの日から、其れが男の真理になった。

(“誰か”が、“何か”を隠し続けている)

 そして、本来の性分の探求心が疼いた。溢れているはずのその事象は「どうなったか」のかを知りたくなった。自分が知らないと処で何かが動いていることを知ったせいかもしれないし、ただのつまらない反骨心もあったかもしれない。それを隠す連中に一泡吹かせたい、そんな反骨心。

(もしくは、世界自体がに帳尻を合わせている)

 バイトの合間に図書館にインターネットを触りに行くようになった。男が持つ携帯では、調べ物が難しかったからだ。

 起動させっぱなしのパソコンのモニターをつけると、ブラウザの通知が届いていた。

 インターネットの海を安物のモニター画面越しにぼんやりと眺めながら、男──ウォッチ()ドッグ()は、ため息をつく。

 掲示板の投稿欄にWDと打ち込んで、幾つかの書き込みを終えた。

(欲しい情報はそう簡単には見つからないもんだな)

 巨大掲示板の片隅にたてられた幾つかのスレッドに、男は質問を投げかけるときにWDを使い始めた。

 観る、負け犬。男にとっては自虐的な名付けだ。会社から放り出されたが、世の中の“何か”を見続けている。


 あの日、図書館で「怪雨」のことを調べてからWDは変わった。いや、あの時から監視犬(WatchDog)になったのかもしれない。


 正確には、変わらざるえなかった。

 “何か”を調べようとしたときに、経済的な力が圧倒的に足りない事に気がついたからだ。

(結局、この世は金だよなぁ)

 ヨシだから就職をしよう、とはならなかった。男は業務のために拘束時間が決められているサラリーマンが、如何に時間のロスが大きいかよく知っていた。

(まぁ、コンビニバイトもそうなんだけど)

 銀行で寝かしていた退職金を全て株式投資の、いわゆるETFに突っ込んだ。それも隔月に一度分配される銘柄を一点買い。数ヶ月経っても未だに値動きを確認するとビクつく始末だが、それなりの収益はある。

 コンビニバイトにシフトに空き時間ができれば、配達員の仕事を始めた。そのための中古のiPhoneも購入した。

 体力づくりにもなるかなと思っていたが、学生時代に文化系部活しかしてこなかったWDには、なかなか辛かった。得た月平均二万前後の収入をそのまま貯金することにした。十三万程度の貯蓄を投資に使うか、このまま貯め続けるかを決めかめている。

 「もしかしたら使うかも」と残していた幾つかのサブスクリプション(月払い)も解約した。

 売れる物を売って金にした。着ていない服、履いていない靴、使っていない健康器具、ゲーム機ゲームソフト。家の中を探すと売れる物は何でもあった。

 売って手にしたお金とコンビニバイト代から捻出して、まずは安い中古ノートパソコンを買った。図書館にあったパソコンと同じ物を探したが、図書館のものは型落ちすぎていて、何処にも売っていいなかった。

 それとネット回線を諸々を見直した。

 金銭的に少し余裕がでてくると、サブカル系と技術系の本を読み漁り始めた。結局、図書館と古本屋と幾つかのバイトを回る日々に落ち着いた。

(怪雨はどうして起こるのか?)

 WDがキーボードを叩く。配達の仕事の合間、ノートパソコンにメモ書きをしながら、思考していく。

 デスクトップ上に、この数ヶ月に疑問に思ったことに対してたてた仮説のメモ書きがいくつもある。

 大手ファーストフード店の店前にある公園のベンチで、電池が切れそうな表示がでている。今日は切り上げて家に帰ってもいいのかもしれない。

(あの降って散乱した魚を現実に“起こりそうなこと”に落とし込んだ連中は何だったのか?)

 安物のノートパソコンは、WDに使い込まれて外装が少し削れていた。百円ショップで買ったソフトケースで持ち運んでいるせいだろう。

 配達依頼の通知は今日少なかった。

(やっぱり今日はスタバだったか)

 動作の遅いノートパソコンをリュックにしまい、配達用の鞄が固定されている自転車に乗った。

 数時間寝たら、コンビニのバイトだ。


──Watchdog is a general term for devices that monitor whether the system is operating normally.


 休憩なのか業務中なのか曖昧な時間にWDは事務所兼倉庫(バックヤード)で買った中古iPhoneで、ネット掲示板のアーカイブを眺めていた。 

 サラリーマンの時、仕事の隙間で観ていたネットサーフィンはまるで違って見える。

 欲しい情報を探すコツは難しかったが、コンビニのバイトと寝る間は色々な情報を探し始めた。金の稼ぎ方、都市伝説、怪話、プログラミング、筋トレの仕方。

 三年前のスレッドタイトル(スレタイ)に気になる言葉があった。

──【悲報】彼女が突然、意味不明な言葉を話し始めたんだが

 WDが読み進めるとそのスレは、途中で途切れていた。投稿者が途中で失踪したようだ。

 要約すると、彼女の家で彼女の誕生日を祝っていると、彼女が突然、日本語じゃない言語で話し始めたとのこと。

(釣り失敗プギャ、乙)

 画面をスクロールしていく。

 二人の仕事都合でその日には無理だったので、事前に祝おうとした。ケーキにロウソクをたて部屋を暗くして、彼女が火を吹き消して部屋の灯りをつけると、彼女が日本語を話さなくなっていた。

 スレッドを書き込んだ本人は驚いて、腹が痛いフリをしてトイレに籠もってスレッドをたてたらしい。自分が狂ったかと思ったと安心して、彼女が騒ぎ出したからトイレからでて病院連れて行くというカキコみで終わっていた。

真性異言(ゼノグラシア)?)

 数週間前に知った言葉の現象事例だ。

 WDと同じような考えを返信もされていたが、結局書き込んだ本人がもう一度そのスレッドを更新した様子はなかった。


──God rolls the dice.

 入店のチャイムが鳴った。

──Humans cannot be sure of it.


 今日のコンビニバイトは独り営業(ワンオペレーション)ではないけれど、表の様子が気になって顔を覗かせると、雑誌コーナーで髪を染めた男と季節はずれのニット帽子を被った男がゲラゲラ笑っている。

 他に客はいないので、注意はしない。マニュアルにないことはしない方が得策なのだ。

 「マジカよ」と茶髪の男。

「10年前の元カノの親がさ、この雑誌の宗教にハマっちゃってさ。付き合ってたときに家にいったらさ、色々、話してくんの」

 ニット帽子が「マジよマジ」と付け加える。

「シンカイの言葉を喋るミコがぁ、とかって言ってさぁ、俺も連れて行かれかけたんだよね」

「やば」

「いやぁ、マジで解体、解散になって良かったわ」

 「これで世界も平和になるわ」と締めくくるニット帽子の男。

 ほかの話題に移ってもゲラゲラ笑って、煙草と多めの酒を買って帰る男二人組。

「彼奴等、ゴムまで買っていきやがった」

 そう吐き捨てた21歳の店員が「せめてブスであれ」と続ける。

 WDは無言でレジ横を通り抜け、男二人が指さして嗤っていた雑誌を手に取った。


「ここは辺境の地か何かか?」

 思わず出てきた自分の言葉と汗にWDはため息をついた。

(辺境ならアスファルトもないか)

 永遠とつづく鬱蒼とした景色にうんざりとした気分にもなる。バス停から降りて、かれこれ15分程度は歩いていた。

 歩く道はまだ本格的な山道ではないものの、おそらく向かっている場所に行くには、アスファルトから土に変わっているはずだ。

(車の気配さえないハハハ税金の無駄遣いじゃないか……、そろそろいいか)

 この曲がりくねった舗装道でWDの横を車が通ったのはない。

 鞄からマルチツールとキャンプ用ナイフを取り出して、ベルトに装備した。持ってきた水を一口飲む。

 鞄の中には他に独り用テントに軽量マット、ロープに水と携帯食料が入っている。

 WDがコンビニバイトの連休を利用してまでやってきたのは、雑誌に載っていた解体された宗教団体の施設だった。

 WDが足を止める。森に車一台ほどが通れる道がぽっかり空いていた。

(ここだな、多分)

 鬱蒼の景色の中に入り込んでいく覚悟をするとWDは、「ここより私有地」という看板を素通りして、山道に足を入れた。

 道と呼べるほどには、まだ辛うじて幅は残っていたが、石や岩、倒木がそのままだ。もちろん舗装はされていない。

 黙々と進むと、木々の合間からコンクリートの建物らしきものが、ゆっくりと姿を現し始めた。

 場所は事前に調べ、山奥にあり人里からも離れていると解っての装備だったが、使用しないかもしれないとWDは思う。

(最悪、山の中探し回る想定だったからな)

 建物をぐるりと囲っているのだろう頑丈そうな柵と閉じられた門が道先に見えてきた。

(教団に解散命令がでて、10年弱)

 この教団は、当時未成年を巫女として担いでいた。教祖曰く、「この少女は神界の言葉を我々に伝えることが出来る」と。そして多くの信者たちが、その言葉をきいていた。

 それは眉唾でもないらしく、確かに日本語でも英語でもなかったようで、界隈ではそれなりに話題にはなったらしい。

 人一人が通れる程度に開いた門には、錆防止剤が塗られていたようだが、それなりに錆が進行している。インターフォンもついてあるが、見た目からして壊れていた。

(メンテナンスをしてないと、そりゃそうなるよね)

 「ごめんください」とWDは言いながら、錆びた門をくぐる。

 当時、この施設が教団の総本部だった頃には、敷地内に畑があり鶏を飼って半自給自足を行っていたらしい。証拠にWDの進む脇に朽ちた柵と壊れた鶏小屋らしきものがあった。

 WDが建物に近づくに連れて、その大きさを実感していく。

 一言で言えば、コンクリートで作られた巨大なピロティ建築。

 神託の巫女に感銘受けた建築家が100年間、自然に飲まれても朽ちない構造を目指したらしく、古代にあったとされている出雲大社をイメージしたそうだ。

 インターネットの記事を思い出しながら、WDは建物自体の大きさと一本が大きすぎるコンクリートの柱を眺めながら呟く。

「玄関どこだよ」

 WDの独り言は森に消えていくはずだった。

「そこにはないですの」

 WDは驚いて、振り返ると一人の女がいた。「少なくとも、ここにはないの」と続ける。どうやら声の主で間違いないようだ。

 一言でいえば美人だった。色白な肌に切りそろえられた黒い長髪は、まったく衣装に合っていない。

 芋色のジャージ上下に、アニメキャラクターがプリントされたTシャツ。白色のクロックスを履いていた。

「中で話さない?ここは虫が多くて、いやなの」

 女がWDを置いて歩き出す。

 WDは選択肢がないと理解して歩く女について行くことにした。


 不出来な階段で丘の上あがるとに建物の入り口があった。

 構造的にはコンクリート製の大きすぎる柱、数本の上に建築されていた。

(大地震きたら、壊れそうだな)

 WDは女に案内されるままに中に入ると、集会にでもつかわれていたのだろうか講堂のような場所があった。客席側の大半は大小様々な段ボールや何かの機械が放置されており、舞台へと続く幾つかの導線も一つだけしか残っていない。

「そこ、危ないので気をつけてくださいまし」

「あぁ」

 女は非現実な場所を歩き慣れていた。

 客席を抜けて舞台に上がると、長い鉄の棒、照明器具やワイヤーを巻き上げるモーター、幕が入った大きな段ボールが幾つも転がっている。ひと一人が通れる程度の合間をぬって、舞台袖の出入り口へと入っていく。

「ここは少し暗いですけど、一本道ですので」

 女の表情はWDには判らなかったが、少し緊張していた。長い通路が続き突き当たりに階段。それを上ると扉があった。


 部屋は大きく天井も高い、部屋奥には斜光カーテンがかけられていた。おそらく窓があるのだろう。

 扉を開けてまずWDの眼に飛び込んだのは、モニターだった。

 窓の中央にモニターが5枚あり、キーボードが二つ置かれた机とゲーミングチェアがある。モニター全て電源はついており、おそらく今もパソコンが数台起動しているのだろう。

 そして段々とWDが気になったのは、部屋の天井隅の四カ所にカメラとマイクが設置してあり、中央に向かっていることだった。

 監視されているのか、とWDは推測したが、その割には女は自由すぎる。奇妙で不気味だった。

「なぁ不用心すぎないか?」

「ぇえ、そうね」

 WDが声をかけると、女は振り返りながらぎこちなく笑う。

「でも、貴方は無害と解っているので」

(怯えているのか……?)

 WDが怪訝にしていると、女は部屋の隅に置かれていた円机と椅子を引きずり出して椅子を二脚だした。

「とりあえずお座りになって。ご覧の通り、お出し出来る物はなにもないんですが」

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