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【恋愛 異世界】

末代までの祟り

作者: 小雨川蛙


しいちゃんとそのお侍さんの関係を私は知らない。

きっと、誰も知らないんだと思う。


しいちゃんはたった一人で暮らしていた。

家族で車に乗って旅行に行っているとき、事故に遭ってしいちゃんを残して両親が死んじゃったからだ。


私の家はしいちゃんの家と親戚だったから、お父さんもお母さんも自分のところに来るよう何度も言ったのだけど、しいちゃんは遂に「うん」と言わず、丁寧に感謝と謝罪の言葉を述べてからまだ十五歳だったのに誰も居ない家で暮らすのを選んだ。


そこからしいちゃんは変わった。

あんなに人と話すのが大好きだったのに誰とも話さなくなって、それどころか心配してやって来た人達を追い返したり、避けたりするようになった。

そっとしておくべきだと言って、ほとんどの人がしいちゃんから離れていったけれど、何人かはそれでも心配だと何度も何度もしいちゃんのもとへ通った。

けれど、しいちゃんはそれさえも避けて、遂には優しい言葉を使っていたけれど追い返してしまった。


私もしいちゃんと段々と疎遠になってしまった。

だから、三年ほどして、しいちゃんが死んだと聞いたときも特に悲しい気持ちはなかった。

少し驚いた。

ただ、それだけだった。


驚くほどにしいちゃんの遺品は何もなかったと聞いた。

まるで、死ぬ日を予期していたかのように。

おうちの中は引っ越したみたいに空っぽだった。

自分が眠っていた敷布団と掛け布団。

本当にそれだけしかなかったんだと聞いた。


それ以外にはたった一つ。

たった一つだけ、しいちゃんは遺書を残していた。

そこには短く書かれていた。


『生まれ変わって夫婦になりましょう』


しいちゃんは誰とも付き合いはなく一人で生きていた。

彼氏はもちろん、友達もいなかった。

自分から全て切り離してしまったから。


だから、この手紙が誰に宛てられたものなのか。

誰も知らない。

もちろん、私だって。


誰とも付き合いがなかったしいちゃんのお葬式は私の家族だけで行うことになった。

私を含めて、しいちゃんのことをよく知っている人はいなかった。

だから、お葬式を終えておしまい。

皆がそう理解していた。


通夜が終わって、皆がしいちゃんの周りを離れた。

明日、葬儀が終われば、きっとしいちゃんのことは自然と忘れていく。

寂しくもどこか諦めのある気持ちを持ちながら、部屋を後にしようとしたとき。

違和感を覚えて振り返ると、映画で見るような姿で出で立つお侍さんがしいちゃんの傍に座りじっとその顔を見つめていた。


お侍さんは私の方を見ないままにぽつりと言った。

「線香」

私が固まっているとお侍さんは寂しげに言った。

「頼む。俺の手は汚れているから」

切なる声で言われれば断ることは出来ない。

私は踵を返してお侍さんの隣に来るとお侍さんの代わりに線香をあげた。


お侍さんは私の方を向かないまま軽く一礼すると、ぽつ、ぽつと独り言のように言った。

「優しい子だった」

線香についた火が静かに時間を消していく。

「多くの人を殺めた俺を抱いてくれた」

私が無言で先を促すとお侍さんはしばし時間を失ったかのように無言になる。

その空間があまりにも冷たく、静かなので、瞬きの間にお侍さんは消えてしまうのではないかと思ったほどだった。


「末代まで祟ると誓った」


底冷えのする言葉が耳を通り抜ける。

「父を殺し、母を辱め、弟たちを甚振り殺した者達を決して許さぬと心に誓った」

お侍さんの横顔が不気味なほどに青くなり、目を背けたくなるほどに恐ろしく変わる。

まるで鬼にでも変わるのではないかと思うほどに。


けれど。

「赦してくれた」

お侍さんは人間のままだった。

「鬼になる前に」

お侍さんはそう言うと一つため息をついてぽつりと言った。

「優しい子だった」


線香が消えた。

瞬きをするとお侍さんも居なくなっていた。

部屋に居るのは私だけ。


私はちらりとしいちゃんの顔を見た。

しいちゃんは眠っているように死んでいた。

穏やかな表情で、どこか微笑みさえ浮かべているようにも見えるくらいに。


一瞬、心に浮かんだ考えと気持ち。

それら全てを声に出すことなく、私は無言のまま立ち上がり、部屋を後にした。


しいちゃんとあのお侍さんの関係を私は知らない。

きっと、誰も知らないんだと思う。

そして、多分、それでいいのだと思った。


線香の微かな残り香が部屋を出ても漂っていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点]  末代の何親等までが祟られるのかと…… [一言]  祟る側にも報いは訪れるものなのかに、答えを示してくれているようでした。
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