マードック
マードックは、若い頃神童ともてはやされて、一流の教育を受けて成長した。
第一線で働いて、誰もが羨望の眼差しを向けていたが、ある日を境に酒に溺れ、町外れの場末のバーで酔いつぶれているところを妻子が迎えに来ていたのもいつぐらいまでだっただろうか?
孤独になり、自分はあとどのくらい生きるのだろうかと、投げやりな気持ちで酒を煽る。
そもそもなぜ俺は生まれてきたんだ?
それは永遠の謎のようで、答えは思いつくそのどれでもないようだった。
過去は栄光に輝いていたけれど、後ろを振り向いてばかりはいられなかった。
見知らぬ少年が独楽を回す練習をしていた。
「貸してみろ、こうするんだ」
そう言って千鳥足で少年の持っている独楽を取り上げて、やってみる。
独楽はマードックの思惑通りには回らない。
「おじさん下手だなあ」
少年は呆れた声を出した。
「変だな」
遠い昔彼は独楽を楽々と操って周囲を沸かせたことがあったが、まるで嘘のように今はできなかった。
「そう酔っぱらってちゃできることもできないだろうよ」
少年の父親が言った。
マードックは酒瓶を手放した。
マスターが驚いて見ている。
「この独楽を俺にくれないか?」
マードックが少年に聞くと、少年は父親の顔を見て、どうしようか迷った。
少年の父親は、
「それをもらってどうするんだね?大将」
と聞いた。
「回るまでやってみたい」
少年の父親はふうん、と考えて、
「いいだろう。あんたにやるよ。好きにしな」
と言った。
「僕のは?」
「また買ってやる」
少年を連れて父親は酒場をあとにした。
マードックは酒を一滴も飲まず、ただ独楽を回すことに集中した。
やがて、こつを掴み始めると、嘘みたいに上達した。
「すごいじゃないか!」
高速回転する独楽を見て、みんな褒めてくれた。
考えてみたら、今までこんなに真剣になったことはなかった。
「俺はなんだってできる」
「努力すればな」
「へへへ」
がくん。
マードックはその場に崩折れた。
「おい!」
周囲に人が集まってきて、マードックの様子がおかしいと気づいた。
「心臓がとまってる」
心筋梗塞による死亡だった。
「奴さん、死ぬ間際に笑っていたよ。きっと幸せだったんだろうなぁ」
人々が口々に言った。
果たして生まれてきた理由はわかったかどうか定かではないが、きっと良い人生だっただろう。




