異世界のワンパク娘~異世界に続く洞窟がある日本のとある島~
伊海島。この島は人口二百人に満たない小さな島であり、島にある自治体は伊海島全域を村域とした伊海島村一つのみというどこにでもよくある日本の離島だ。
しかしこの伊海島にはこの世界では島民たちだけしか知らないある秘密があった。それは島にある洞窟がエリワン島という異世界の島へとつながっているということである。
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科学での発展を中心とする世界の伊海島と魔法での発展を中心とする世界のエリワン島。彼らは代々お互いに助け合い、補い合いながら平和な暮らしを営んできた。
しかし、今では伊海島にある洞窟の入り口は木製の門によって閉じられ、それぞれの島の人間が自由に行き来することはできない。
かつて伊海島とエリワン島の住民は自由に島を行き来していたが、伊海島にはごくまれに週一回来る定期船で観光客が日帰りの観光に来るようになり、エリワン島の世界でも大航海時代に突入したということもあって島に船がやってくるようになってしまったのだ。
そのため今では島外の者が勝手に洞窟に入らないようにお互いの島の洞窟の入り口には門が設けられ、現在では互いの島に島外の者がいないときにだけ交流が行なわれる。
もし異世界ことが島の外部に知られたらどうなるのか、お互いこの洞窟のことは島の人間には漏らさない。そして相手の島に行ってその島の人間以外に見つかってはならない。それがこの伊海島とエリワン島の暗黙の了解なのだ。
だが洞窟の奥、異世界のエリワン島から来た三人にとってそんなことはお構いなしであった。
その小さな人影は身長の二倍はあろうかという門の上に飛びつくと、洞窟と門の狭い隙間に体をねじ込んでもう一人を踏み台に手を伸ばす仲間を門の上まで引き上げる。そして門の上にいた二人が反対側に降り立つと、踏み台となっていたもう一人はこれまた見事な跳躍で門の上に飛びついて乗り越える。
「何とか来れたのにゃ」
「久しぶりだね~」
「本当に来ちゃってよかったのかな・・・」
異世界から来たイタズラ大好き三人娘。
ネコの獣人ニャットは好奇心旺盛でとにかく周りを振り回す。
人間のシェイルもニャットと同じく好奇心旺盛だが、ほかの二人よりも身体能力が低いことを自覚していて自制が効く。
イヌの獣人ワコンは引っ込み思案で渋々二人についてきては毎回二人に振り回される。
いつも賑やかなこの三人は今では伊海島では知らぬ者などいない有名人である。エリワン島から勝手に伊海島に来てはそのたびに強制送還されるのがお約束なのだ。
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そして、三人はこちらの世界に来たもののまだ何をやるか決まっていない三人は何をするか話し合う。すると、ここにきてワコンのイヌ耳はこちらに近づいてくるある音を捕らえた。
「ん?何かがこっちに来るよ」
「この音は、きっとクルマとかいうやつにゃ」
「あの何もしてないのに勝手に走るやつだね」
勝手に走るわけではないのだが、三人はそんなことなど知らない。しばらくすると三人の前には農作業を終えて芋を満載した軽トラが止まって一人の男が三人を見る。
「あ、ヒラタのおじさんにゃ」
「また勝手に来てるのか?」
伊海島の農家である平田は見慣れた三人組に声をかける。今回はどんなドタバタを島に起こしてくれるのか、平田の密かな楽しみである。
「ねえヒラタさん。今日はカンコウキャクとか言う島の外の人は来てるの?」
「来てはいないが、また怒られても知らないぞ」
平田はそう忠告すると三人に笑みを見せながら軽トラを発進させる。今ではこの伊海島村の子供もたった数人、違う世界だとしても、元気いっぱいの小さい子供はこの村の安らぎである。
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とりあえず島を歩くことにした三人がアスファルトの道を進んでいると、道路わきの畑で畑仕事に精を出すおばあさんを発見した。
「タケヤマさんにゃー」
「こんにちはタケヤマさん」
「こ、こんにちは」
「あら、こんにちわ。三人ともよく来たわね」
三人の元気なあいさつに竹山はそう答えた。一人暮らしをする竹山にとってたまに姿を現す三人はまさに娘のように可愛らしく賑やかな存在であった。
「そうだ、お饅頭食べていくかい?」
「食べるにゃ!」
「食べるー」
「お饅頭、好き」
ニャットとワコンは野菜の入った箱を持ち、シェイルは農具を持って竹山に続く。そして竹山の家に着くと手を洗い、三人の前にはこしあんたっぷりの饅頭が出される。
「いただきますにゃ」
「いただきます」
「い、いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
三人は饅頭、というより砂糖を使ったものが大好きである。洞窟の向こうでは島ということもあって塩は生産しているが砂糖は船で来る高級品、そんな砂糖を大量に使ったものが食べられるとなれば何度怒られてもこんな冒険辞められるものではない。
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饅頭を食べ終えた三人は次なる冒険へと向かった。
「ここ嫌い」
シェイルがそう言う場所、それは島唯一の医療機関である伊海島診療所だ。
「聞いた話だとこっちの世界には治癒魔法が無いけど、クスリとかいう飲めばどんな病気でも治る不思議なものがあるらしいのにゃ」
「それ私も聞いたことある。だからこっちの島の人がケガをした時は私たちの島に来て治癒魔法で怪我を治して、私たちの島の人が病気になった時にはこっちの島で治してくれるんだよね」
別に薬は万能ではないのだが・・・これが医療における伊海島とエリワン島の助け合いである。もちろん診療所で薬を処方するときは異世界の住民だとは書けないので、伊海島の住民の名前を使うことになるが当然のことながらこれはこれで違法である。
そしてニャットはシェイルの話が終わると悪そうな顔をしてどこで聞いたのかとある話を始める。
「でも薬にも色々種類があるらしいのにゃ」
「ん?どんなの?」
「何でも注射器とかいう体に刺してブチューと注入する予防接種とかいう薬があるらしいのにゃ」
予防接種は薬ではないのだがニャットはシェイルとワコンを脅そうとそう言う。だが・・・。
「嘘だぁ」
「そんなのあったら、怖い。絶対無い」
シェイルとワコンはニャットの話を信じない。実のことを言うとニャットも信じていないのだが、そこに往診を終えた島の医師、清水が歩いてきた。
「あるぞ」
「「「え?」」」
先ほどからその人物に気がついてはいたが、三人はその言葉に感嘆の声を上げて清水を見る。
「針のついた注射器に薬を入れてな、針を腕に刺してぐっと腕に薬を入れていくんだよ。やっていくか」
「やだやだやだ!」
「ふにゃー」
「いやー」
清水の言葉にワコンが真っ先に逃げ、ニャットがそれに続いてシェイルも二人に遅れながらついていく。清水も中々に人が悪いのであった。
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清水から逃げた三人がついたのは島唯一の学校、伊海島小中学校である。この伊海島も他の離島と同じように子供が減少し、小学校と中学校が統合されても児童・生徒数が二桁もいかない状況である。
「はあ、疲れた」
「何とか逃げ切れたのにゃ」
「もうおいてかないでよ」
それぞれブランコへと座って休憩をする三人。すでに何度もこの島に来ている三人にとって学校の校庭は何度も遊んだ遊びつくした場所である。
そして落ち着いた三人が暇つぶしに始める遊び、それは立ち乗りしたブランコを漕いでここぞという時に飛び出して遥か前へと着地するといったものだ。
しかし、三人が立ってブランコを漕ぎ始めると・・・。
「こら!あなたたちまたこんなところに遊びに来て!」
「あら、ハンナちゃんにゃ。こんなところで何してるのにゃ?」
わざとらしくそんなことを言うニャットにハンナといわれた人物は大きくため息をつく。ハンナは異世界から日本の学校に学びに来ている少女であり、三人よりも年上である。
実は伊海島小中学校では異世界からの子供を留学生のようなものとして受け入れている。異世界の島ではこちらの世界で取り入れた算用数字が使用されているほどであり、ハンナは日本で数学や科学文明を学ぶためにこちらの世界へと来ているのだ。
「まったく、こっちの世界はあなたたちが好き勝手に来ていいところじゃないのよ」
「そんなに怒ると顔のしわが増えるのにゃ」
「そうだよ。そんなに怒ってばかりいるとお嫁の貰い手がないよ」
好き勝手にこの世界に来ただけでなく好き勝手にハンナに対して言うニャットとシェイル。もちろんこれは火に油を注ぐだけである。
「あなたたち!」
「逃げるにゃ!」
「わーい」
「ほーい」
ハンナ怒り出した瞬間。ニャットはシェイルを抱えて逃げ、ワコンもそれについて逃げて行く。ハンナが怒ることは想定済み。ハンナからの逃げ方は清水とは違ってあらかじめ決まっているようなものなのである。
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学校から逃げ出した三人はとある建物の近くへと到着した。そしてニャットとワコンは窓の開いた建物に近づくと、ネコ耳とイヌ耳だけを窓の縁から見えるところまで出して室内の様子を伺う。
伊海島駐在所。駐在の安部がふと窓の外を見ると、窓の外にはいつもの光景のほかにネコ耳とイヌ耳がちょこんと下の方に見えていた。
「何やってるんだお前ら」
「あれ?バレたにゃ」
ニャットがそう言うとワコンと完全に姿を隠していたシェイルもその姿を現す。そして三人は窓越しにニヤニヤと駐在を見る。
不法入島するようなワンパク娘と駐在となればその仲は因縁の仲である。三人を異世界に返すとなれば最初に三人を探し始めるのは駐在であり、それでも見つからなければ消防団、村人総出となっていく。
つまり駐在はこの三人をいの一番に探し始める人物であり、もし安部が見つけられなければ大勢の村人に迷惑をかけることになるのである。
「帰るなら今のうちだぞ」
「そう簡単帰ると思ってるにゃ?」
何とも挑戦的なことを言うニャットであるが、どんな話でも伝わるのが早いこの村三人がここに来るまでなにがあったかも駐在の安部にはお見通しである。
「じゃあ注射だな」
「にゃ?」
「え?」
「わふ?」
注射というものに慌てふためいて逃げたのはもう村の誰もが知っていることである。
「もし大人しく帰らないなら、捕まえて診療所の清水さんにBCG打ってもらうぞ」
「びーしーじー?」
もちろん何のことだか三人は分からないが、安部はそれを説明してやる。
「痛いぞ~。なんたって腕に九本の針を同時に刺すんだからな―――」
この脅しは安部が驚くほどよく効いた。そしてこの話は伊海島の島民たちに「なんとあの三人でも大人しくなることがある」という話となって広まっていくのだった。
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平田が運転する軽トラの荷台、そこには駐在の安部のほかにニャット、シェイル、ワコンが乗っていた。
そして軽トラが洞窟の前に到着すると、そこには門の鍵を持っている伊海島村の職員とエリワン島からニャット、シェイル、ワコンの両親が待っている。
「・・・」
まるで何事もなかったかのように真顔を作る三人であるが、そんなことで許されるようなことではない。
「こちらの世界の人にまで迷惑をかけて」
「まったくもう」
「すこしは反省しなさい」
三人はそれぞれ親に抱えられてお尻を叩かれる。ペシペシペシペシ三重奏である。
「もう十分にゃー」
「もう許してー」
「ごめんなさいー」
島全体に三人の悲鳴が響き渡る。まったく来てるときだけでなく帰る時になっても三人はうるさく、騒がしく、何とも賑やかなのであった。