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闇に蠢く  作者: 野村勇輔(ノムラユーリ)
第2部 第1章 闇に犇く
94/261

第6回

   3


 酷い雨が降っていた。ただ歩いているだけでも頭や肩を叩く雨粒は重く、僅かな痛みを伴った。再び濡れ鼠と化した響紀は、やがて広い道路に出た。右へ行けば来た道を引き返すことになり、左へ行けば峠越えの先に、駅や市街地へ向かうことになる。


 昨夜は何故か峠への道に向いただけで頭痛がして、そちらを避けていたが、恐らく自分が向かうべき道は本来こっちの道の方だったのだ、と響紀は確信していた。たぶん、この頭痛と記憶には何らかの関係がある。先ほどの居間でのことを思い起こせば、その可能性ははるかに高いように思われた。


 ずん、と重たくなる頭を右手で支えるようにして、響紀は峠への道を歩き始めた。帰宅ラッシュだろう、道路には多くの車が列を成して並んでいる。時折水たまりの水を派手に撒き散らす輩も居たが、響紀は気にするふうでもなく、歩みを進める。


 キーンという耳鳴りと共に、頭を何かに縛られるかのような痛みが走り始めた。


 眩暈がして、思わずふらつきながら、ガードレールにもたれ掛かる。


 その横を数人の学生が通り過ぎていったが、けれどやはり響紀の姿はまるで見えていないようだった。路傍の石どころではなく、その石よりも存在感を失ってしまったようだ。


 再びぼんやりと思い浮かんでくる、女の姿。不鮮明な記憶は、やがてはっきりとした輪郭を帯びていき、次第に女の顔が鮮明に見えてくる。


 とても美しい女だった。そして同時に、その美しさが酷く悍ましかった。およそ人とは思えぬ美貌、あたかも人形のように作り物めいた白く透明な肌。それを際立たせる黒い洋服はまるで喪服のようで――


 喪服。


 その途端、ガンっと誰かに後頭部を殴られたかのような衝撃が走った。


 響紀は痛みに耐えきれず、両手で頭を抱えるように道に倒れた。体を激しく捩り、その痛みから必死に逃れようと悶え苦しむ。雨に打たれながら、顔を歪め、じたばたと足を暴れさせながら。


 誰だ、誰だ、誰だ!

 お前は、お前は、お前は――!


 思い出すな、と誰かの命じる声がする。それは内なる自身の悲鳴であり、切実な願いでもあった。


 思い出せば、もう後戻りはできない。思い出せば、そこにあるのは苦痛と悲痛、ただそれだけだ。それでもお前はあいつを思い出そうというのか。あの、喪服の女を――お前は、思い出そうというのか。


 その時、不意に頭の中で声が響いた。


 それは朝方に出会った、あの後頭部の潰れた老爺の残していった言葉だった。


『誰もが最初はそれを受け入れられない。まさか、そんなはずはない、何で、とそればかりだ。今まで自分が触れたことのない世界に足を踏み入れたんだからな、無理もない。だが、安心しろ。やがて慣れる。受け入れられるようになる。そんなもんだ。お前さんに何があってそうなったのかは知らんが、まあ、諦めろ。そして受け入れろ』


 受け入れる? どうして? 誰が? 何を? 触れたことのない世界? 諦めろって、いったい、何を諦めろっていうんだ?


『お前さん自身が気付いとるんかどうかは知らんが、行くにしろ、留まるにしろ、それはお前さん次第だ』


 気付く? 何に?


 行く? 何処へ?


 留まる? 何処に?


 その途端、強烈な痛みが響紀の頭を襲った。それと同時に、認識しきれないほど膨大な映像が頭の中を駆け巡っていく。それがいつどこで起こった事なのか思い出す暇もないまま、次から次へと過ぎ去り、過ぎ去っては戻ってくる。或いはランダム表示される写真や映像を無理やり見せられているような感覚だった。その多くは奈央と喪服の女に占められており、二人の姿が近づいては離れ、離れては近づいていって――やがて完全に一致したかと思われた瞬間、パンっと何かが弾けるような音がして、響紀は大きく眼を見開いた。

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