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闇に蠢く  作者: 野村勇輔(ノムラユーリ)
第1部・第1章 喪服の少女
52/261

第3回

   3


 奈央の通う鯉城高校は市街中心部に程近い、お城のすぐ傍にあった。


 全校生徒数は約千人。普通科と美術科の二科に分かれており、奈央はこのうち普通科の方に通っている。この普通科はさらに普通コースと特進コースに分けられていたが、国公立大学を目指している訳ではない奈央は無難に普通コースを選択した。そもそもこの鯉城高校を選んだ理由自体が無いに等しく、中学三年の時の担任に勧められたから試験を受けただけに過ぎなかった。


 実のところ、父から離れて暮らせれば何処でもよかったのだ。


 そんな理由で高校を選んでしまったけれど、奈央は特に後悔などしていなかった。たぶん、どんな高校を選んでいたとしても、あまり変わらない『お独り様』な学校生活を送っていたことだろう。元々父の転勤で各地を転々としていた為に親しい友人というものは皆無だったし、何より一年の時ですらまともに友人作りができなかったのだ。今更なぁ、そう奈央は思っていた。そのうえ奈央には熱心に打ち込めるような趣味もなくて、それ故に部活動にも入ってはおらず、三年生にも一年生にも顔見知りはほぼいなかった。


 その代わり、奈央はクラスの図書委員を自ら買って出て、放課後は当番でない日ですら、ほぼ毎日のように図書室に入り浸っている。他にやることがない、といえばそれまでなのだけれど、そうでなければ独りぼんやりしているか、或いは机に突っ伏してばかりいた。


 その所為だろうか、クラスの誰もが奈央に話しかけてこようとはしなかった。たまに話しかけられても、クラスの伝達事項や何らかの当番の時だけで、しかしそれは奈央も同じだった。誰かに話しかけるのはその必要を感じた時だけ、そしてそれすらも二言、三言程度のものだった。


 それを寂しいと感じたことは一度もない、というと嘘になる。けれど、この一年間で何も変われなかった以上、それが奈央にとって当たり前の日常になっていた。


 そんな奈央に、しかし例外的に話しかけてくる者が一人だけいた。隣のクラスで同じ図書委員をしている、木村という男子生徒である。


 木村とは登校時に学校の駐輪場で出会う事が多く、その度に木村から必ず話しかけてくる。或いはこの学校の中で、一番よく話をする相手かも知れない。だからと言って、奈央は木村を異性として意識したことはまるで無く、あくまで一同級生――たぶん、唯一友人と呼んで差し支えない存在――としての付き合いだと思っていた。


「相原さん、おはよう」


 背後から声を掛けられ振り向くと、そこには柔和な笑みを浮かべた木村の姿があった。


「おはよう」


 奈央は表情を変えることなく、そう返事しながら自転車に鍵をかける。


 木村も同じように奈央の自転車の隣に自分の自転車を停めると、重そうな鞄を担ぎ直しながら口を開いた。


「昨日は凄い雨だったね」


「……雨?」言って奈央は首を傾げた。「やっぱり雨、降ったの?」


「降ったじゃない、昨日の夜。何時頃だったかなぁ。短い間だったけど、地面を叩きつけるような物凄い豪雨だったよ。僕、それで目が覚めちゃって、その後なかなか寝付けなくて今も眠たくてさ。相原さんところは降らなかったの?」


 やはり寝ている間に降ったのだろうか。昨日は夜遅くまで起きていたし、もしかしたらあの後、自分が熟睡している最中に降ったのかもしれない。


 けれど、と奈央は眉を顰める。家を出た時、家の周りに雨が降ったような形跡はどこにもなかった。あくまで濡れていたのは家の門扉の所だけで、その水は明らかに雨のそれとは異なっていた。ということは、相原家の方には雨は降らなかったということになる。恐らく木村の住んでいる北側の山沿い辺りにだけ降ったのではないだろうか。その証拠に、学校の地面もまた濡れた形跡はどこにも見当たらなかった。


 木村もそれに気づいたのだろう、「この辺りには降らなかったみたいだね」と言って奈央と並んで校舎に向かって歩き始める。


 スタスタと足早に歩く奈央は、特に木村に歩調を合わせている訳ではなかった。どちらかというと、木村の方が奈央の歩調に合わせている形だ。


 二人並んで歩いていると際立つのは、奈央のその背の高さだった。


 ふと校舎の窓ガラスに奈央は目を向け、そこに映る自分たちの姿に小さくため息を漏らす。


 男子の平均身長とほぼ同じという木村よりも、奈央の方が僅かに背が高い。そのせいで遠めに見ると、木村の方が平均より身長が低いのかなと思われがちだが、実際に近づいてみるとそうでないことがすぐに判る。


 この背の高さを見て「かっこいい」と口にする女子もいるが、奈央からしてみればもう少し低くても良かったのにな、というのが本音だった。特に窓に映る二人の影を見ていると、「かっこいい」より「可愛い」の方が絵になるんだろうにな、と思えてならなかった。


「どうしたの?」


 ぼんやりそんなことを考えていると、木村が顔を覗き込んできた。


 奈央は眉を潜め、木村のその顔を手で遠ざけるようにしながら、

「別に、何でもない」

 そう言って、木村から少し距離を置いて歩くのだった。

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