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闇に蠢く  作者: 野村勇輔(ノムラユーリ)
第4部 第6章 決戦
258/261

第5回

   4


「――さん、宮野首さん!」


 誰だろう、私を呼ぶのは……?


 思いながら、玲奈はゆっくりと瞼を開いた。ぼんやりとした向こう側に、何か黒い人影が見えて、必死に玲奈の身体を揺すっている。朧げだった視界が次第に、はっきりと形を成していく。やがてその姿を認識した時、玲奈は大きく眼を見張った。


「……っ!」


 息を呑み、驚愕のあまり、玲奈はばっと逃げ出すようにして体を起こし、その声の主をじっと見据えた。


「……良かった!」声の主は胸の前で両手を組み、嬉しそうに、「大丈夫? どうやってここまで……?」


「あなたはイザナミ? それとも――相原さん?」


 すると不意に、玲奈の後ろからまた別の声が聞こえてきた。


「大丈夫、安心して。彼女は相原奈央、本人よ。正確には、ここに隔離しておいた彼女の――そうね、わかりやすく言えば、魂と言って差し支えないわ」


 玲奈はその声にもまた驚きの叫び声をあげ、反射的に相原の方に身を寄せていた。


「だ、誰?」


 そこには見覚えのない、白いワンピースに身を包んだ、髪の長い十歳くらいの女の子が微笑みながら佇んでいたのである。


 少女はゆっくりと玲奈と相原まで歩み寄ると、灰色一色に塗りたくられたようなその世界を見渡しながら、

「――でも、よかった。ちゃんと玲奈をここまで連れてきてもらえて。ありがとう、省吾」


 その言葉に、玲奈は首を傾げる。

「省吾……? あなたも、もしかして、創造主、ってこと?」


 この世界を創ったという、神よりも上の存在。この世界がデジタルによって形成されたものであり、そのデジタルによって数多の世界を創造したという人物たち――


「えぇ、そう」と少女はその事実を認め、「もっとも、私をここに残した美咲はもういない。あの女に、間接的に殺されてしまったから。私は、彼女の創ったアバター。わかりやすく言えば、ってことでしかないけれど、そういう存在よ。省吾たちからは、そのあたりの話、聞いてる?」


 玲奈はその問いにこくりと頷く。


 心のどこかでは今も信じられない現実だったが、今となっては受け入れざるを得ない確かなものとなって玲奈の心には刻み込まれていたのだった。


 そんな玲奈に、少女も同じように頷いて、

「なら、これからあなたがすべきことも、ちゃんと理解しているよね?」


「――うん」


 そんなふたりの会話に、玲奈に寄り添うように立っていた相原が、不安そうに眉根を寄せる。


「な、何の話? これから、何をしようっていうの?」


 玲奈は相原の方に顔を向け、彼女の顔を見つめながら、

「相原さんを、イザナミから解放するの」


「わたしを?」


「うん、それに、イザナミのことも――」


「イザナミを解放? それって、いったい――?」


「そこまで」少女は相原の言葉を遮り、先ほどもそうしていたように、灰色の世界を見回しながら、「きたわ」


 玲奈と相原もその言葉に、辺りを見回す。


 それまで灰色一色だった世界が黒く、赤く変色していく。渦巻く漆黒が至る所に浮かび、まるでどす黒い血のようなものがどろどろと染み出してくる。足元に黒い霧が立ち込め、恐怖に顔を歪める相原が助けを求めるように、玲奈の腕にしがみついてきた。


「なに? なにが起こってるの? ねぇ、どうなってるの、これ! ここは隔離されてるって、大丈夫だって言ってたじゃない!」


 絶望するような相原に、少女は、

「――これまでは。でも、ここからは、アイツと真正面から対峙しないといけない」


「な、なによそれ、どういうことっ?」


 玲奈はそんな相原の手を、ぎゅっと握り締めながら、

「――大丈夫だよ、相原さん」


「……えっ?」


「たぶん――ううん、きっと、うまくやれる」


 それは希望であり、確証であり、決意だった。


 玲奈は自分が何をすべきか理解していた。それは言葉ではなく、そう、心の中で。


 省吾が自分の中に組み込んだ力を、私は彼女に――イザナミに届けるだけ。


 それだけで、全てが終わる。世界に、再び平和が訪れる。


 ――全ての世界に、きっと。


 あのとき玲奈は香澄の手に触れ、そしてここに来るまでの間に視たであろうイザナミの過去のことを心の中に思い描いた。


 イザナミと、イザナギの過去。この世界を創られる際に起こったとされる、ふたりの。


 イザナミがどうしてこのようなことをするに至ったのか、彼女が子を産んだとき、子を殺されたとき、イザナギとの日々によって次第に肥大化していったその思い、不信、怒り、殺意――複雑に絡み合った彼女の感情が今、玲奈の中に確かにあった。


「何故……何故、こんな想いをしなければならぬのだ……」


 その声は、どこからともなく響いてきた。


 相原は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、強く玲奈に身を寄せる。


 玲奈はそんな相原を安心させるように、握った手に力を籠め、「大丈夫だよ」と声をかけた。


 少女は眉を寄せ、その声がどこから発せられているか探っているかのようだった。


「何なのだ、この感情というものは…… どうしてこんな辛い思いをしなければならない? 何故こんなに身を焼かれるほどに熱い? 何故、何故、こんなにも――苦しまねばならぬのじゃ――!」


 玲奈たち三人の数メートル先に、どろりとした黒い塊が、地面からぼこぼことまるで竹の子のように生えてくる。そのうちのひとつ、最も大きな塊がゆっくりと人の形を成していくと、そこに現れたのは、黒い布に身を包み、長い黒髪を乱しながら俯く、ひとりの若い女だった。


 ――イザナミ。


 玲奈は確信する。


 空気を震わせるような圧力を感じながら、玲奈はいま一度相原の手をぎゅっと握り締めた。


「……宮野首さん」


 相原の声に、玲奈は小さく頷いた。


「……大丈夫。絶対に、大丈夫」


 女の――イザナミの顔や首、そしてはだけた胸元だけでなく、その細くしなやかな腕には渦巻くような赤黒い紋が浮かんでおり、見るからに禍々しい印象を玲奈たちに与えていた。


 イザナミは恨めしそうな顔を玲奈たちに向け、


「だから、だから吾は――吾は――!」


 眼を見張り、身にまとっていた黒い布を脱ぎ捨てる。その身体は顔や首、胸元と同じように、いや、それ以上に禍々しい赤黒い渦が浮かんでいた。そしてその渦ひとつひとつの中央に見えるギョロリとした目玉が、じっと玲奈たちに向いていた。


「ここで、消されるわけにはいかぬ。彼奴の世界を――彼奴そのものを殺すまで、消えるわけにはいかぬのだ――っ!」


 イザナミは咆哮し、その両眼を、身体中に浮かぶたくさんの目を、大きく見開いたのだった。

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