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第一章 6



『――恋占いをお願いするなら、絶対魔女が良いと聞きましたわ!』

『魔女? 魔術師ではダメなんですの?』

『魔術師は国に所属する方々ですから、よほどでないと依頼を引き受けていただけないのですわ。もちろん、とてつもないお金を積めば、引き受けてくださる方もいるそうですが……』

『そういえば違うと言っていましたわね。ええと……魔術師の方が使うのは《祝福》ですけど、魔女は《呪い》というのでしたっけ』

『魔女ってあれでしょう? 魔力持ちだけれど、よく素性が分からない方という……』

『そうそう。怪しげな薬草や生贄? を使うと聞いたこともありますわ』

『でもその分魔術師とは違う、色々なことが出来るのだとお姉さまが言っていましてよ』

『そうなんですのね……わたくしもお願いしてみようかしら』



(……つまり、わたくしに呪いをかけたのが『魔女』で、今ここにいる方が『魔術師』ということでしょうか……)


 あの時は興味がなくてつい聞き流してしまったが、もっと詳しく聞いておくべきだった、とミーアはううと短い手で頭を抱えた。

 だがその苦悩は、声を荒げたクラウスによって中断させられる。


「金ならいくらでも払う! だから、彼女を……ミーアを助けてくれ!」


 そのあまりに必死な様子に、魔術師は困惑したように眉を寄せた。改めて棺の中を覗き込むも、やはりふるふると首を振る。


「……申し訳ございません、私には、とても……」

「ならば誰でもいい! ミーアを助けられる奴を呼んで来い!」

「ですから、これは」

「ミーアを! 頼むから、……ミーアを……」

(クラウス様……)


 ミーアの前では眉ひとつ動かしたことのなかったクラウスが、体裁も気にせず魔術師に縋り付いている。その光景を目の当たりにしたミーアは、再び張り裂けそうな胸の痛みを覚えた。

 だが魔術師は悲痛な表情を浮かべたまま、ぽつりと口にする。


「――これは『氷姫(こおりひめ)の呪い』と言われる術です。魂と体を無理やり乖離させ、体を氷のように冷たく変化させる」

「……」

「凍結された体は約二か月、このままの状態で保持されます。その間に魔女が解呪の儀式を行えば、魂は戻り、生き返る。そのため悪しき魔女の多くは、解呪を条件に身内から金銭や宝石を強要する……そういった犯罪に多用される呪いです」

「金でも石でも、好きなだけくれてやる! 魔女を連れてきて解呪させればいいんだな?」

「お、落ち着いてください! まだ続きがあります。……そうした利益が目的であれば、今の時点で魔女側から要求が届いているはずです。しかしそうした脅迫は届いていない――つまり、これは金銭目的の呪いではない可能性が高い」

「どういうことだ?」

「純粋な恨み、復讐……呪いをかけた魔女はこの女性に対し、強い負の感情を持っていた可能性があります」

(し、知りませんわ! だってわたくし、あの魔女とは初めて会いましたのに!)


 小さい時からよく物をなくし、教養や語学の結果もいつも残念なミーアだったが、人の顔を覚えることだけには唯一自信があった。

 物心ついてからというもの、社交界で一度知り合った人を忘れることはなく、もし面識があれば間違いなく分かったはずだ。


 しかし中庭で見た魔女は、ミーアの記憶のどこにも存在していない。一方的に恨みをかっていたことも、ないとは言い切れないが、少なくともミーア自身が手を下したことではないと断言できる。

 そんなミーアの訴えを代弁するかのように、クラウスは魔術師に掴みかかった。


「ミーアは誰かを陥れるような人間ではない。……もういい、それならば他の魔女を呼んで解呪させればいいだけの話だろう」

「そ、それが……この解呪を完璧に行うためには、体から離れてしまった『魂』も必要なんです。普通は瓶や人形といった仮の器を用意して、そこに保管をしておくものですが……今回のケースでは、魔女が魂を保持しているかどうか」

「……他の魔女に無理やり解呪させたところで、魂がなければミーアは戻ってこない、ということか……」


 苦虫をかみつぶしたような表情のまま、クラウスは魔術師の胸倉を手放した。

 一方それを聞いていたミーアは小さい耳をぴんと立てると、すばやく体を起こしてぴょんこぴょんこと飛び跳ねる。


(魂! 魂ならありますわ! わたくしここにいますわ!)


 だがミーアの懸命なアピールは、物陰に隠され誰からも気づかれることはなかった。


 やがて魔術師が去り――残されたクラウスは再び、うなだれるように棺に寄り添っていた。時間が経つにつれ館内の温度が下がり、見かねた執事が声をかける。

 クラウスは何度か首を振っていたが、やがてのっそりと立ち上がると、ずるりと重たい足取りで青い絨毯の上を歩いて行った。


 バタン、と正面の出入り口が閉じられたのを確認し、ミーアは恐る恐る姿を見せた。



 

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