書籍版発売お礼SS:二匹目を飼うときは、まずは先住猫を可愛がれ
ミーアは、ひげがピンと張るのを止められなかった。
何故ならば――クラウスが見知らぬ猫を抱き上げていたからだ。
(ク、クク、クラウス様……その、その猫はいったい、誰ですのー⁉)
わなわなと震えながら、尻尾を最大限の太さに膨らませて威嚇する。するとクラウスもミーアの異変に気づいたのか、ようやくああと視線を落とした。
「ミーア。今日から新しい友達が増えるぞ」
『ぶにゃあ⁉』
(友達ですってー⁉)
するとクラウスの腕に抱かれていた猫が、するりとミーアの眼前に下り立った。美しいグレーの毛並みの短毛種。目はサファイアのような深いブルーで、ツンと澄ました顔つきは猫界ではたいそうな美猫に分類されるだろう。
何より注目すべきはそのスタイルで、小さな顔にスマートな胴体。ほっそりとした長い手足に緩やかに動く尻尾という出で立ちに、ミーアは思わず奥歯をぎりりと噛み締める。そんなミーアを前に、新参の灰色猫は優雅に微笑んだ。
『あら、あなたがこの家の先住猫?』
『そ、そうですわ!』
ここで臆してはならないと、ミーアは正妻――いや、正猫としての地位をこれみよがしに見せつけようとした。だが灰色猫はアーモンド形の目をわずかに細めると、ふふと笑う。
『ふうん……随分可愛がられているのね』
『と、当然ですわ! クラウス様はいつもとても優しくて――』
『だからそんなに、ふとまし……愛くるしいフォルムなのね?』
『な、なな、なんですってえー⁉』
それが嫌味であることは、さすがのミーアにも理解できた。わたくしだって、好きでこんな体形なわけではありません、とミーアは憤る。だがミーアの苛立ちもどこ吹く風といった様子で灰色猫はうっとりとクラウスを見上げた。
『本当に素敵なご主人様よねえ……住まいも完璧、食事だってバランスを考えたものばかり……』
『そ、そうですわ! クラウス様は素晴らしい方で……』
『ええ本当に。わたし、ご主人様のこと好きになってしまいそう』
その発言に、ミーアはいよいよ困惑した。
『だ、だめですわ! クラウス様は、わたくしのことを一番に愛してくださって……』
『あら、でもそれは今まであなた一匹しかいなかったからでしょう? わたしの魅力にかかれば、ご主人様だってすぐ夢中になるに決まっていますもの』
(な、な、何ですの⁉ この女は!)
ほほほ、と余裕の高笑いを浮かべる灰色猫を睨みつけると、ミーアは悔しさのあまり『しゃー!』と強く鳴いた。すると灰色猫はびくっと体を震わせたかと思うと――そのまま素早くクラウスの腕の中へと戻っていく。そのやりとりを見ていたクラウスは、こらとミーアをたしなめた。
「ミーア。そんなにいじめず、仲良くしてやってくれ」
『ぶにゃあ⁉ ぶにゃ、ぶにゃにゃ!』
(だってクラウス様!)
必死に言い訳をするミーアを、灰色猫はクラウスに抱かれたまま得意げに見下ろしている。その顔を睨みつけると、ミーアはぐぎぎと歯嚙みした。
(クラウス様! だめです! その女は……猫をかぶっているだけの……性悪猫なのですわ!)
執務が一段落したクラウスは、籠の中で丸くなっているミーアを見つめていた。額に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべたまま、しきりにぶにゃぶにゃと何かを呟いている。
『ぶにゃあ……ぶにゃ……』
(クラウス様……その女だけは……)
「……何か、夢でも見ているのだろうか」
触ると起こしてしまいそうな気がして、クラウスはその様子をじーっと見守ることにした。だが短い手足を必死にばたつかせる様子や、何か訴えているのか必死に動く口元に、ついつい顔がほころんでしまう。
(可愛いな……いったいどんな夢を見ているのか……)
やがて愛猫の観察に満足したクラウスは、大きく伸びをすると再び仕事へ戻っていった。





