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第一章 3



 やがてお茶会は終了し、友人たちは「レヒト公爵様にどうぞよろしく」と頭を下げた後、それぞれ迎えの馬車に乗って帰路についた。

 ミーアはそれらすべてを見送った後、馬車の背が見えなくなるまで頭を下げる。ようやくふう、と顔を上げ、満足そうに微笑んだ。


(今日も楽しかった……やっぱり皆さんと話していると、嫌なことも忘れてしまいますね……)


 本来、既婚の女性が主催するお茶会に、未婚男性が単身で参加することは好ましくない。

 だがミーアにとって彼らは心許せる旧友であり、邸に招待したい旨をクラウスに伝えたところ「好きにしろ」と短い返答を突き付けられたのだ。


 最初は複雑な心境だったミーアも、回数を重ねるにつれ、次第に罪悪感が薄れていった。

 また、結婚前のようにはしゃげる時間が心地よく、それ以降も男性を含む友人を招待することをやめられなかった。


 彼らはミーアの美しさを称え、率直に優しい言葉を囁いてくれる。普段クラウスから、何の言葉もかけてもらえないミーアにとって、それはとても心地のよい甘い蜜のようだった。


(でも……本当にこんなことで、いいのでしょうか……)


 だが当の夫は、ミーアがどれだけ可愛らしさをアピールしても、健気さを演じても、一切振り向きはしない――ここだけの話、夜の方もまったく呼ばれたことがないのだ。

 以前、あまりのことに焦ったミーアは、一度だけクラウスの寝室を訪ねたことがあった。新しく仕立ててもらった絹糸のナイトドレスを身に纏い、香水を振りかけて、それとなく色仕掛けも試みた。


 だがクラウスはいつもの無愛想のまま、自身のガウンをミーアの肩にかけたかと思うと、廊下に追い出し、そのままばたんと扉を閉めてしまった。

 あの時のミーアは本当に自信を喪失し、そのまま実家に帰ろうかと思いつめたほどだ。


 どうすればいいのだろう、とミーアは深いため息をつく。

 すると背後から、聞き慣れた声が飛んで来た。


「ミーア? どうしたんだい、こんなところで」

「ラディアス様! いらしてたんですね」


 途端にミーアはぱあっと顔をほころばせた。ラディアス、と呼ばれた青年はクラウスの数少ない友人の一人だ。


 色の濃い金髪に、美しい榛色の目。

 背はクラウスより低いが、すらりとした長身だ。穏やかな微笑みは女性陣を虜にしてしまうたまらない色香があり、ミーアもつい愛想よく対応してしまう。

 ちなみに最初は『レヒト公爵夫人』と呼ばれていたのだが、そのたびにクラウスが不機嫌な顔になるのと、ラディアスの方がミーアよりも年上であるという理由から、名前で呼んでもらうようお願いしている。


「クラウス様にご用事だったのですか?」

「うん。でも今日は遠方に出ているみたいだね。また日を改めてお伺いするよ」

「はい、お待ちしておりますわ」


 ラディアスは、聡明な頭脳と人当りの良さから、女性陣から大変な人気を得ていた。だが残念なことに本人の家柄が低く、おまけに家督を継げない次男坊。

 おかげで女性からというよりは、その両親たちから敬遠されてしまうそうだ。

 ミーアはにこにこと笑みをたたえていたが、ラディアスがふと心配そうに眉尻を下げる。


「……ミーア? 大丈夫?」

「な、何がですか?」

「いや、気のせいだったらいいんだけど……何だか落ち込んでいるように見えたから」


 その言葉にミーアは小さく息を吞んだ。

 先ほどのお茶会では明るくごまかして終わったが――クラウスから相手にされていないというのは、ミーアにとって本当に深刻な悩みだった。

 だが家柄に差のある結婚を受けてもらっている以上、ミーアの方から離婚など言い出せるはずもない。

 しかし一年も続いたこの生活に、ミーアの精神はいよいよ限界を迎えていた。


「……ラディアス様。こんなことを聞くのは、許されないと思うのですが……」

「な、何かな?」

「クラウス様には、……他に好きな方がおられるのでしょうか……?」


 ラディアスは最初、驚きに目を見張っているようだった。

 だがミーアが真剣なのだと察すると、すぐに優しく目を細める。


「いや。あいつにそんな人はいないよ」

「で、でも! 一緒に食事をしていても、目も合わせてくださいませんし……いつも仕事仕事で、わたくしのことなんて、どうでもいいのかと……」

「あー……まあ、仕事は忙しいだろうからなあ」

「でもそれにしたって! な、名前も、呼んで下さらないなんて、あんまりだと思いませんか⁉」

「名前を?」


 ラディアスが問い直すのを見て、ミーアはこくりと頷いた。



 

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