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第三章 3



(ど、どうしましょう! 今戻らないと家に帰れませんけど、でも、……)


 わずかにうろたえたミーアだったが、ぐっと下唇を噛むと、そのまま市門に背を向けた。黒髪の魔女を捕捉すると、物陰に隠れるようにして後をつける。


(……せっかく見つけたんですもの。居場所を突き止めてみせますわ!)


 見たところ、魔女は道行く他の女性と何ら変わらないように見えた。でも油断してはなりませんわ、とミーアは恐る恐る魔女の背を追いかける。

 いくつかの店で食材と日用品、布などを買った後、魔女は大通りを抜け、裏路地へと入っていった。

 どことなく陰気な雰囲気のあるそこを、ミーアも勇気を出して歩いていく。


 するとしばらくして、古い教会にたどり着いた。

 どうやら今は使われていないらしく、廃墟のような様相を呈している。すると魔女は雑草の生い茂る裏手に進んでいくと、レンガ造りの壁と向き合った。

 目を伏せ、短く言葉を紡ぐ。


『――風よ』


 するとどこからともなくぶわりとつむじ風が吹き上がり、ミーアの目の前で魔女が宙に浮かび上がった。

 驚きのあまり声を失うミーアをよそに、魔女はふわふわと空に上昇すると、慣れた様子で高い城壁を飛び越えていく。


(お、追いかけませんと!)


 呆けていたミーアははっと意識を取り戻すと、急いで魔女が越えた市壁に向かった。だが都合よく風が押し上げてくれるはずはなく、ミーアは迷った挙句、壁一帯を覆いつくしていた蔦に掴みかかる。


(わ、わたくしは猫ですわ! これくらい……!)


 短い爪を立てながら、ミーアは必死に蔦を手繰って上っていく。時折体重の関係で、ずるりと足場がずれてしまい、そのたびにミーアはひいいと肝を冷やした。だが魔女を見失うわけにはいかない、とミーアは涙と恐怖を堪えて手足を動かし続ける。

 やがて頂上に到達したミーアは、ようやくほっと息を吐きだした。


 眼下には王都の外に続く森がある。

 どうやら市門を介さずに王都に出入りするため、人目につかない場所を選んでいるのだろう。魔女はいまだふよふよと上空を漂いながら、さらに森の奥へ進んでいた。


(ま、待つのですわ! わたくしも……)


 置いて行かれまいと、ミーアは夢中でぴょんと踏み出す。

 しかしそこに足場があるはずもなく――ミーアはひょいひょい、と短い手足を空中で動かした。

 その直後、ものすごい勢いで上った壁の高さの分だけ落下する。


『ぶにゃあああああ!』


 ミーアの悲鳴は森の木々によって覆い隠された。







(うう……本当に猫で良かったですわ……)


 背丈の低い木にひっかかった状態で、ミーアは命があったことに感謝した。猫はある程度高い位置から飛び降りても、きちんと着地できるように本能的に教え込まれているという。

 おかげで全身ボロボロになったものの、ミーアはなんとか無事に地上に戻ることが出来た。


(は、はやく、魔女を追いかけませんと!)


 がさがさとくっついてくる葉っぱを後ろ足で払いながら、ミーアは空を仰ぐ。魔女は変わらず遥か前方を飛んでおり、ミーアはたったかと駆ける四つ足に鞭を打つ。

 森はかなり暗く、四方から獣の気配や得体の知れない異音が響いていた。ミーアは半泣きになりながらも、自分のため、クラウスのためと念じて走り続ける。


 そうして半刻ほど走った頃、魔女がゆっくりと高度を落とし始めた。ミーアは『ぶなっ!』と声を上げ、最後のひと踏ん張りとばかりに速度を上げる。

 やがて魔女の姿が森に紛れた頃――ミーアはその真下にある、一軒の小屋にたどり着いた。


(ここが……魔女の、家……?)


 立派な幹の木々に囲まれた、年代物の建物。

 赤茶のレンガがどこか可愛らしい雰囲気だ。家の周りには花壇があり、季節の花がいっぱいに植わっている。魔女が手入れをしているのだろうか。

 ミーアはこのまま一旦帰ろうとかも思ったが、本当にここが魔女の家なのか、はっきりとした証拠が欲しいと考え直した。

 それにミーアの呪いを解く鍵が、ここにあるかもしれない。


(魔女は……どこにおりますの……)


 ミーアは魔女に見つからないよう、恐る恐る接近する。

 どうやら魔女は、家の裏手で買い物の整理をしているらしく、どこかのんきな鼻歌が聞こえてきた。

 ミーアはやや毒気を抜かれたような気持ちになりつつ、そろりそろりと建物の入り口を探す。


(玄関はさすがに危険ですわね……窓からなら大丈夫でしょうか)


 ミーアが首をぐいと持ち上げると、生成り色のカーテンが揺れる窓があった。ただし二階の高さにあり、ミーアは少しだけ眉を寄せる。

 ここまで来ておいてと諦めきれないミーアは、レンガの目地に前足をかけた。そのままべったりと壁に貼りつくと、短い足を懸命に動かして上っていく。


(うう、怖い……体が重い……)


 魔女に気づかれでもしたら一巻の終わりだ、という恐怖心を抑えながら、ミーアは必死になって二階の窓を目指した。

 なんとか到達し、転がり込むように窓枠を乗り越える。


『うにゃ、ぶなっ!』


 巨体がぼすんと床で弾み、ミーアはいたたたと目に涙を浮かべながら、ゆっくりと立ち上がった。

 そこは魔女の部屋だった。

 簡素な木製の机と椅子。壁沿いにはずらりと棚が並んでおり、乾燥させた草や綺麗な鉱石などが、几帳面に収められている。


(これは……呪いに使うものでしょうか?)


 もしかしたらわたくしの呪いを解く方法が分かるかも、とミーアはすぐさま机に飛び乗った。しかし広げられている書面はすべて異国の言語で書かれており、ミーアにはまったく理解出来ない。

 仕方なくミーアは棚の上へと移動する。


 何の変哲もない灰色の石。

 不可思議な記号を金糸で縫い取った黒布。

 巨大な角が生えた動物の頭蓋骨。

 ――魔女の棚にはいろいろなものが陳列されていたが、一体何に使うものなのか、ミーアにはとんと見当がつかない。


(あの魔術師の方でしたら、どれが必要か分かるのでしょうか……)


 ここが魔女の家であることは間違いないだろう。出来れば今ここで、呪いを解く方法も見つけたかった。

 しかしこれ以上ミーアが変に騒ぎ立てるよりも、一度クラウスの元に戻ってこの場所を伝え、その上で魔術師とともに来てもらう方が確実かもしれない。

 そう思い至ったミーアは、よしと前足を握りしめる。


(となれば、早く戻ってこの場所をクラウス様に……)


 だがミーアが窓の方に方向転換した瞬間、がちゃりと背後の扉が開いた。え、と振り返ったミーアと――いつの間にか家に入っていた魔女の目が合う。


『ぶにゃーーーー!』

「いやーーーー!」


 驚愕の大合唱を奏でた二人は、互いに一歩後ずさった。

 だが魔女の方がわずかに早く反応し、持っていた箒を振りかざす。


「ど、どこから入ったの⁉ さては誰かの使い魔ね⁉」

(つ、つかいま? って何のことですの⁉)

『ぶるにゃう⁉ にゃぅ⁉ うあーう⁉』


 とにかく逃げなければ、とミーアは慌てて駆けだそうとする。だかその眼前に、ぼさりと箒の先が飛んできた。

 行く手を阻まれたミーアはとっさに身を翻すと、そのまま棚から飛び降りる。



 

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