表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/34

第一章 2




「――もう結構です。下げてください」

「お、奥様、ですが……」

「部屋で休みます」


 大量に残された晩餐を見て、使用人たちは気まずそうに目配せをした。だがミーアは一切構わず椅子から立ち上がると、そのまま足早に自室へと向かう。

 その背中をミーアの侍女であるレナが慌てて追いかけた。


「奥様、もう少しお食事をとられませんと、さすがにお身体に障ります。旦那様も悲しまれるかと……」

「わたくしがどうなっても、クラウス様は何も感じませんわ」

「で、ですが……」


 口ごもるレナを見て、ミーアは煩わしそうに眉を寄せた。

 レナはクラウスによって勝手にあてがわれた侍女だったが、どうにも口うるさく、ミーアの行動をいちいち諫めてくる。


(わたくしのお友達でしたら、こんなこと絶対に言いませんのに……)


 ミーアの友人たちは年も近く、男爵や子爵のご令嬢ばかりなので、言動も立ち振る舞いも洗練されている華やかな女性ばかり。

 しかしレナは家柄こそしっかりしているものの、ミーアより随分と年上で化粧もドレスも地味。一年付き合った今でも、どこかあか抜けない印象をぬぐえないままだ。


「だってそうでしょう? もう三日も仕事だと言って出かけたまま……クラウス様は、きっとわたくしよりも仕事の方が大切なのですわ」

「そんなことはございません! 旦那様はいつも奥様のことを大切に思って、そのためにいつもお仕事を……」

「本当にわたくしのことが大切なのでしたら、仕事よりも、わたくしにもっと向き合ってくれるはずではなくて⁉」


 強く言い返すミーアに対し、レナは口をつぐんだままだった。

 その態度にさらに苛立ちを覚えたミーアは、心の中だけで不満を漏らす。


(そうですわ……そうでなければ、おかしいですもの……)



 この一年、クラウスは仕事だと言って毎日執務室に籠っていた。ひどい時は食事を部屋で済ましてしまうこともしばしばだ。

 視察に行く時も決してミーアを同行させないし、いつ帰るといった予定を知らせることもない。


 もちろんミーアも最初のうちは、クラウスのことを知ろうと努力した。だが何を話しかけても彼は冷たく応じるばかりで、ミーアの目も見ようともしない。

 一か月を過ぎたあたりでミーアも腹を立て、こうなればクラウスが自分のことを意識するようになるまで、絶対に話しかけませんと意地になった。


 しかしそう簡単にクラウスの態度が改まるわけはなく――結果としてミーアはいつも一人で食事をし、クラウスがどこで何をしているかも知らないまま、邸で寂しく過ごす日々を送ることとなったのだ。



「……ごめんなさい。あなたに言っても仕方のないことでしたわ」

「奥様、あの」

「今日はもういいわ――おやすみなさい」


 懸命に慰みの言葉を探すレナに向けて、ミーアはあっさりと拒絶を示した。レナはわずかに唇を噛んだが、すぐに頭を下げて退室する。


 その姿を見て、ミーアははあとため息を零した。




「ミーア、どうだい? 結婚生活は」

「……こんなに、つらいものだとは思いませんでした……」


 はああと零れ落ちるため息を前に、ミーアの友人たちは一様に苦笑いを浮かべる。今日はレヒト公爵家の中庭で開催されている、ミーア主宰のお茶会だ。


 招待客は以前社交界で知り合った、男爵や子爵の後継者や未婚の令嬢たち。高級な茶器や渡来品のお菓子を前に、優雅な午後のひと時を過ごしている。


「もちろん生活には不自由しておりませんわ。こうして好きな時にお茶会を開いたり、欲しいと言えばすぐにドレスも仕立てていただけます。宝石だって商家に好きなだけ頼んでいいと言われていますし……」

「あら、優しいじゃありませんか」

「でも! ……でも、全然笑ってくださいませんの。いつ見てもこう、厳しいお顔をされていて……わたくし、嫌われているのではないかと……」

「ミーアを⁉ それはあり得ないよ。こんなに可愛らしい女性、この国のどこを探してもいないのに!」


 一人の男爵令息が、大げさに肩をすくめる。

 するとそれに対抗するように、他の男性たちも我先にとミーアを褒め称えた。次いで女性たちも賛同する。


「そうだよミーア。君は本当に美しい!」

「ああ。僕の家が公爵家であれば、今すぐにでも君を連れ去りたいよ!」

「レヒト公爵様はこんなに素敵な妻を持てて、本当に幸せ者ですね」

「本当に、羨ましいですわ」

「ふふ、皆さん。冗談でも嬉しいですわ」


 ありがとうございます、とミーアが微笑むと、男性陣は一斉にぽうっと頬を染めていた。

 女性陣もまた、はかなげに涙を滲ませるミーアを前に「大丈夫ですわ」「心配ありませんわよ」と口々に慰める。


 こうしていつもの仲間に励まされることが、最近のミーアにとっては一番の癒しであった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

\アリアンローズより発売中です!/
猫転生
『その後』を描いた書き下ろしを収録!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ