13-4 2度目のデート?③
「隼人は一体何者なの?」
そんな端的な質問が繰り出される。俺は何度この質問をされなければならないのだろう。俺はそんな事に少しうんざりしつつ、どう返答するかを思案する。
この場には楓は不在、しかも南部さんは表面の元軍人だという事には気付いていないが、その先の事情には敏感に気づいてきている。それは中条さんも同様で、俺はこの2人に関してそのまま伝えていい事なのか判断がつきかねていた。
俺は自身の機密事項が皆にバレる事に対しては特に恐れていなかった。俺はその先の事を伝えてしまうと、この関係が簡単に崩れてしまうのではないかと恐れているのだ。皆との変化を恐れ、核心に迫る事を伝える勇気は、未だ俺にはひとかけらも存在していなかった。
俺は長考するが、残念ながらいい答えが見つかる事はなかった。こんな時、こんな時だからこそ無性に楓の笑顔がチラつく。唯一俺の背中を素直に押してくれる人物。そして数少ない共感者。そんな頼もしい存在が今ここにいない事に俺は焦りを覚える。
そして俺はそんな焦燥に駆り立てられ、何度も口籠もりながらも、ポツポツと呟く様に話し始める。
「俺は、ある施設で、勤めていたんだ。それで最近そこを辞めて、学校に入った、っていうか。」
「ある施設って?」
「まぁ、戦闘を生業とするところだよ。」
「何で辞めたの?」
「……嫌になったから。」
「なんで嫌になったの?」
俺にしては珍しく歯切れの悪い言葉を喋った後、俺はその質問を境に黙り込んでしまう。言葉が全く出なくなり、とりあえず目線はずっと南部さんに向けていたのだが、真剣な表情が全く変わらない南部さんが、俺は逆に怖かった。そして俺は自分の事すらまともに話せないのかと、気分が悪くなる。
しかしどうして今日はグイグイ質問してくるのだろう。以前は核心に迫る事を口にしても、南部さん自ら避ける様に撤回していた。それなのに今日は歯止めが効かなくなった様に、ズバズバと斬り込んでくる。そんな事が気になって仕方がなく、思わず口にして訊いてしまう。
「どうして今日はグイグイ質問してくるの?」
「そ、それは。……隼人と友達になりたいからよ……。」
そんな恥ずかしげにしながらも放たれた言葉に、俺は嬉しさと驚きが同時に押し寄せてくる。頭の中で2つの感情が激しく混ざり合い攻めぎあう。俺の頭の中が混沌に支配されつつも、南部さんは続きを紡ぐ。
「あたし、隼人の事を全然知らない。だから沢山隼人の事を知りたいと思ってる。あたしは隼人の関係を目を見るだけで済ませたくない。それで隼人の事教えてくれたら、あたしの事も少しくらい教えてあげようかなって……。」
俺はそれを聞いて先程の問いは、南部さんの単純な好奇心のみで構成されていた事を理解する。照れながら腕を組み、上体を少し仰け反らせながら視線を合わせてくれないのは普段通りだったが。
しかし俺はその言葉に確実に心を揺れ動かされた。この子なら伝えても大丈夫なのだと、何故かそう思った。俺が今は鳴りを潜め、心の防壁が限りなくゼロに近い状態だったからなのだろうか。そんな根拠のない衝動に駆られ、俺は喉元でつっかえていた言葉が今ではすっと出るようになっていた。
「俺は元々VATに所属していたんだ。」
そんな俺の唐突に告げられた言葉に南部さんは目を大きく見開く。先程まで髪先を指でいじっていたのだが、それもピタリと止め、俺と正面から視線を合わす。2人の視線が中間で混ざり合い、透き通って互いの瞳に吸い込まれていく。
そして南部さんは「にぱっ」と、太陽の様に眩しい笑顔を俺に向けてくる。
「なによ、言えるんじゃない。心配して損したわ。」
「ごめん、情け無いよな。でも、怖かったんだ。」
「怖い?」
「うん。」
「そんなの、当たり前じゃない。」
「え?」
俺は一度ため息を吐かれた後に言われた南部さんの言葉に驚きを隠せなかった。惚けた面を晒しつつも、無言で続きを促す。
「他人に自分の事を伝えるのって怖いことよ。あたしだってそう。自分の事を認めてくれる、何かを伝える事で今の関係が壊れてしまうんじゃないかってね。でも、何も分かってくれなかったり、伝えなかったら、何も進まない。都合の良い心の覗き穴はないのよ。
それにあたしは特にそうだったから、隼人の今の気持ち、よく分かるよ。
それにあたしは久しぶりに知りたいと思った人が2人も出来た。あたしの事を教えてあげたいと思った人も。それはあたしにとって嬉しい事だった。本当のあたしをちゃんと見てくれる気がしたから。
だからあたしは隼人を拒絶しない。これはとっても我儘で自分勝手だけどさ、あたしの事も見てくれるよね?」
そう言い終えると、満面の笑みの南部さんから、一雫の涙が溢れる。勢い良く流れ落ちる涙で南部さんの頬に一筋の軌跡が描かれる。俺はそれを見て心臓の鼓動が加速する。全身の血流の流れが早くなり、顔が紅潮し始めるのを俺は自覚する。
そして俺の心の隔壁はこんなにも薄いのかと、少し情けなくなる。幼年期から最硬絶壁によって囲われている俺の真なる心は、耐性という耐性が存在しない。耐性を必要としない状態が生まれて間もなくから永遠に続くのだからそんな状態になるのは当然の事だった。
そして今、一時的に心の隔壁がとっぱらわれ、全ての事象に対して、俺の感性で取り込める事に嬉しみ、楽しみ、恐れ、悲しみを覚える。色とりどりの鮮やかな色彩に当てられ、俺の心は揺れ動く。
そこで再び、思わず南部さんを強く意識してしまう事で、頭の中は彼女で一杯に染まってしまう。彼女を構成する全ての要素を見て感じて、聞いて触った事で頭が破裂しそうになるくらいパンパンに押し込められる。
俺は思わずすがるようにヘアピンに震える手を添える。俺が数年ぶりにこみ上げかけた恋心は、そこでシャットアウトされる。
そして鳴りを潜めていたはずの俺は元気を取り戻し、普段通りの俺に戻ってしまった。
しかし先程感じた感情を忘れた訳ではなかった。シャットアウトされる前の感情は全て俺の心に深く刻まれた。俺を構成する1ページを色鮮やかに塗ってくれた南部さんには感謝しても仕切れない程、感謝していた。なので俺も答えるのだ。南部さんの願いに。これは贖罪でもなんでもない。これは俺が望む事であり、彼女が望む事だから。
「俺も南部さんの事を知りたい。もっともっと知りたい。」
「そ、そんな事をストレートに言わないでよ。馬鹿!もっと段階ってもんがあるでしょ!」
南部さんは俺の言葉を聞いて恥ずかしそうに横を向く。南部さんは横から見ても分かる程、広角を釣り上げ、嬉しそうに笑っていた。そこには先程見せた涙は既になかった。俺はそれを見て、自然な笑みが溢れる。
そして南部さんは何かを思い出したかのように食い入る様に質問してくる。
「隼人さ、軍に所属してたんだよね?それならあたしのお母さんとお父さんの事、何か知ってる?」
「……もしかして両親が軍に所属してるのか?」
「うん。何をしてるまでは教えてくれなかったけど、結構偉い立場にいるみたい。」
「ごめん知らないや。俺自身、軍に精通してはいたけど、国内ですら研究員とかの名前を全て把握している訳でもなかったし、もしかしたらそこら辺に従事してるのかな?」
「そう……。」
南部さんは俺の言葉を聞くと、目を伏せて少ししょんぼりする。彼女の期待に応えれなかったのは少し残念だが、仕方なかった。今度かずさんや、浜田先生に聞いてみるのもいいかもしれない。
そんな事を考えている内に、南部さんは気持ちを切り替えてきたのか、目を細めてじっとこちらを見ていた。
「ねぇ、隼人はさ、楓の事、どう、思ってるの?」
「え?」
俺はそんな惚けた言葉を漏らす。
「あーもー、だーかーらー!楓の事どう思ってるの?幼馴染みなんでしょ?」
「あぁ、うん。楓は……大切に想ってる。あいつは、意地悪で馬鹿で暴力的でおっちょこちょいで、でも俺を支えてくれる、俺と一緒に歩んでくれる。俺はもう2度と大切な人を失いたくない。楓は俺の命を賭しても守る。」
俺は考えるまでもなく、すんなりとそう言葉にしていた。それは俺の本心であり、少しだけ取り戻した楓への感情だった。
そんな俺の言葉を聞いて南部さんは少し残念そうにしていた。何かブツブツ呟いていたが、声は霞む程小さく、その僅かな唇の動きでは読唇術も意味をなさず、読み取る事は出来なかった。
結局楓の話はそれきり話題に持ち上がる事はなく、俺と南部さんの話をお互いに交わし合った。俺から伝える事は少なかったが、南部さんは満足そうに微笑んでくれていた。
南部さんの煌びやかな金髪に、俺の闇もいづれは照らされるのだろうか?そんな淡い期待を寄せつつ、俺達の2人でのデート?は幕を閉じた。
別れ際に「試験、隼人と戦う事になったら、勝つから!」と、言い残して去っていった。俺はその南部さんの背中を見届ける。
彼女の背中は小さいはず、それなのにその時の俺には何処か頼もしい大きな背中に見えていた……。




