13-1 プロの狙い
その手合わせ?の後は前回と同様に神無月さんとの格闘術の訓練に励む。2度に渡る訓練の合間に、春雨さんにはスタンバトンを使用した戦いを見せてもらったりした。軽いアドバイスと共に、秘策をひとつだけ授けてその日の訓練は終わりを迎えた。
そして更衣室で先程の事をなんとなく振り返る。
真っ先に頭の中に浮かんだのは、ぎこちない表情を浮かべていた春雨さんの顔だった。手合わせの後の春雨さんは緊張している訳でもなく、恥ずかしがっているわけでもなかったが、俺に対しての態度が少し硬くなっていた。
そこで俺はふと林さんの言葉を思い出す。「新海君が怖かったんです。」その言葉が頭の中でリフレインする。
(そっか、怖かったんだな……。)
俺は自分でした事に後悔はなかった。
しかしこういった目に見える形で拒絶に近い事をされては、俺の何人たりとも介入を許さない鋼の心が揺れ動いた気がした。
いや、揺れ動いた気がしただけであり、実際には波一つ立っていない。そして俺としては揺れ動いて欲しかった事だった。そんな確実に自分が自分を呑み込んでいく奇妙な感覚に冒されながら、俺はロッカーの扉を閉める。
そして振り返った俺は、何故か男子更衣室の中にいるもう1人の人物に声を掛ける。
「あの、浜田先生、流石にずっと見つめ続けられるのは恥ずかしいんですけど。それになんで中に入ってくるんですか?」
俺は悪魔的な笑みを浮かべて艶やかに笑う浜田先生に向かってそう言った。俺に負けた事により、少し萎れていたのだが、どこで水を得たのか既に元気になり、いつもの調子に戻っていた。厄介なその笑顔を俺はあえて直視する。
「フフッ、別に見られても恥ずかしい体はしてないでしょ?そんなに逞しい物を持ってるんだから♪それに脇腹も冷やしてあげたんだから、そんなに硬い事言わないで。
それと大事な話もまだ残っているからね?」
少し以前より砕けた口調で話す浜田先生。先生のファンからすれば嫉妬されそうな事だったが、今は気にする事ではなかった。それに別に脇腹は明日になれば治る程度だったのだが、余計な事は言わない。俺は真顔を崩さず、簡潔に問う。
「それで、有益な情報って?」
「あなた達が以前確保した暗部の黒服は、薬剤投与によって情報を搾取されているそうね。そして最近電車ジャックでの実験があったでしょ?それに使われた未知物質の回収作業が3%で中断されたのよ。」
俺は思わず眉を顰める。そして無言で続きを促す。
「正確にはバイオプラントの貯蔵タンクから盗まれた未知物質の約3%を回収したところで今回の作業が打ち切られたのよ。報告書には見当たる限りの未知物質は回収済みとなっていたけど、研究員は明らかに実験に使用された量を回収し切れていないって言ってたわ。その大量に使用されたはず?の未知物質はどこにいったのかしら。」
俺はその理由がなんとなく想像がついた。しかしわざわざそれを教える意味もなかった。それに黒服の未来は容易に想像がついてしまった。
そんな事を考えていると、浜田先生はその豊かな胸を自身の指先で指し始めた。「フニュ」といった効果音がしそうな程に簡単に指先が沈み込む。そしてそこは心臓の上にあたる位置だった。
「新海君のここにある手術痕に関係があったりするのかな?」
「これは手術痕なんかじゃありませんよ、これは俺への戒めってやつです。」
そう言って俺は更衣室を後にした。しかし浜田先生は走っているはずなのに音もなく俺についてくる。「ねぇねぇ傷物にされたのだから責任とってよ」「もうちょっとお話していかない?」などと俺の周りをぐるぐる回りながら甘い声で囁いてくるのだからたちが悪かった。
しつこく付き纏われ鬱陶しく感じたが、俺はそんな言葉にそれ以上聞く耳を持たない様にして早歩きで寮へと向かう。浜田先生は結局、寮のロビーまでついてきたのだから驚きを隠せなかった。
しかし他の生徒が俺達の視界に入った瞬間に姿を消すというそんな芸当を見せられ、一応プロなんだと再認識させられた。そして浜田先生が本当に知りたかった事は何だったのか少し気になっていた。
そしてそれは恐らく500番台の部隊の先。俺と楓達が抱えている秘密の事なのだろうと、薄々勘付いていた……。
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俺は今日、早めに就寝する事に決めてベットに潜り込んだ。しかし俺は自ら意識し過ぎていたのかもしれない。思わず過去の夢を見てしまう程に。
「……この実験は非道過ぎる。まだ子供だぞ?」
「そんなの考慮してられるか。これが成功すれば我々とこの国は一生安泰だよ。それに正式に認められている実験だ。元々これを見越して作られたんだ。失敗しても変わりはまた作ればいい。少々手間はかかるがな。」
「しかしそう言っても……」
「大丈夫だ、何重にもセーフティをかけてある。こいつが暴走しても対した被害はでんよ。」
「違う、わしはそんな事を言っているのではない。この子達の未来を想って……」
「なぁに1つ目の扉なら対した影響は及ばんさ。それにここまで辿り着いた成功例はこれで2つ目だ。わしも雑に扱ってるわけじゃないさ。そんなに心配なら、世界お前の手で解除するんだ。誰がやっても何も変わらないがな。それに、わざわざ言わなくてもお前なら分かってるだろ?」
「……分かった。すまん隼人。いつかお前をここから……」
そこで俺は目が覚める。そして飛び跳ねる様に上体を起こす。「ハァハァハァ」と絶え間なく酸素を求めて呼吸をするが、呼吸が浅くて上手く酸素を取り込めていない。それに全身汗でびっしょりで、服が体に纏わり付き気持ち悪かった。とりあえず呼吸を落ち着かせる事に集中し、その後室内の時計で時刻を確認する。
「5時、か。」
そんな俺の呟きはうっすらと明るくなり始めていた部屋に吸い込まれる様に消えていく。俺は今見ていた夢は懐かしい記憶とまでしか既に覚えていなかった。でも何処か心が安らぐ人の顔を見ていた気がした。それが俺には誰かが分からない。そんなもどかしさに俺は頭を悩ませる。
(これは戒めだ。もう2度と同じ過ちを繰り返さない為に。大切な人を失うのはもう嫌だ。俺を犠牲にしてでも……。)
俺は無意識のうちに心臓に手を当てて、そんな事を考えていた。俺はベットから立ち上がり徐にシャワー室へ向かった……。




