12-10 悪魔?との契約②
「そもそも手合わせって言ったって、どの程度までの話なんですか?それに有益な情報と言っても俺が既知のものだったらまず意味がないです。」
俺は浜田先生にそう問いかける。そもそも俺としては500番台の部隊の話を教えても良かった。勿論無条件で教えるつもりなど毛頭なかったが。
俺達が所属していた部隊を含めて存在していた部隊は、501部隊と502部隊、そして503部隊のみ。俺と楓が軍から脱退した事により、502部隊と503部隊は解散。所属していたメンバーは散り散りに他の部隊に加入したそうだ。そして元々501部隊はある事件のせいで既に機能を失っており、実質的には500番台の部隊は既に存在していない。
そもそも機密事項に指定されていたのは500番台の部隊の存在ではなく、それに所属してる人物達の生い立ちと実験内容だった。俺達の部達は表立った動きはしていなかったが、表の部隊と全く顔を合わせなかった訳ではない。その例がかずさんだ。もっとも部隊の繋がり以上のものがあったわけだが。
そんな事もあり、俺としてはこの誘いには乗り気でいた。そもそも1対1では負けるつもりなどなかった。勝負内容と、浜田先生の実力が未知数な事が不安視されるところだったが。
そして俺の問いに少し悩んでいた浜田先生は結論が出たのか、真剣な面持ちでこちらを見つめてくる。
「今訊こうとしてるのは、私にとっては凄く大切な事です。ある程度の譲歩は私からしても構いません。それで手合わせの件ですが、スタンバトン。丁度良いものがありますよね?ここに。
私としてはあまり得意な得物じゃないんですけど、それは新海君も同じですよね?」
「……分かりました。麻痺程度の接触でいいですね?」
「えぇ、問題ないわ。流石に女の子の前で恥を掻きたくないでしょ?あと、監視カメラの映像は後でしっかり消しておきますから。」
ニコリと微笑みながらそう言われるが、そんなあからさまな挑発を俺は意にも介さず譲歩して欲しい事を端的に伝える。
「俺が先生に譲歩してほしいのは、先生の素性についてです。」
俺がそんな素っ気ない態度をとるので、既におちょくる事をやめたのか、一度ため息を吐いて再び真剣な顔つきに表情を変えていた。
「これはオフレコでお願いしたいんだけど……。」
そう言ってチラチラ神無月さんと春雨の様子を確認する。明らかに怪しい動きを見せるが、特に注意するわけでもなくそれを見守る。
「私は現在、VAT専属諜報部に所属しているわ。ここの教員は副業ね。」
さらりと告げられた事に俺は言葉を失う。俺が絶句したのはそんな人なら、わざわざ自分で調べた方が早いからではと思ったからだ。それと失礼だが、この人に諜報員が務まるのか不安になったからだ。
「ちょっと今失礼な事を考えなかった?」
そんなふくれっ面をしながらの言葉に、俺は戸惑いを見せる事なく誤魔化す。読心術を使われたと言われても驚かない程、正確に考えを当ててきた時には思わず驚きそうになったが。まぁ、一応は否定をしておく。
「いえ、そんな事は全く。ちなみに諜報員のキャリアは?」
「それは守秘義務なの、言えないわ。」
「諜報員だと明かすのは大丈夫なのに、ですか?」
「大人の女性には色々あるのよ。」
俺はそう言われてなんとなく察してしまう。恐らく年齢がバレるのを嫌がったのだろう。ますますこの人の仕事姿が想像出来なくなりつつも、意識を切り替える。
「それと俺が勝ったら情報をずっと横流ししてくれませんか?」
「それはあなたが勝ってからどうするか決めるね?」
「いえ、ここで決めてください。」
「私は君の要望を1つは既に呑んだはずだけど?」
「俺は譲歩して欲しいのは1つだけとは言ってないですし、俺の素性をある程度知っていたのなら、これでフェアになった程度では?」
そう俺は少しばかり理不尽な要求をする。俺の言った事は間違ってはいなかったが、少しばかり無理なものだった。それでも余程諦めれないのか、それとも勝てば良いと吹っ切れたのか判断は出来なかったが、渋々浜田先生はコクリと頷く。
「分かったわ、でも期待しないでね?」
そう言い終えると、スタンバトンに9V角形電池を2つ入れる。それを見て俺も同じ作業をする。俺はそこでふと2つ目の電池をじっと見つめる。一応小細工は警戒しておく事に越したことはない。電池の装着を終えると俺は試しに電源ボタン入れ、スイッチを押して放電させてみる。
するとバチっと瞬間的に電極の合間にスパークが発生する。俺は正常に動作する事を確認して浜田先生に視線を向ける。
「安心してください。別にいじったりなんてしてませんから。」
「そうですか。」
そんな俺達の会話の最中に神無月さんが俺に近づいてきていた。春雨さんは俺と先生のやりとりの様子を目まぐるしく表情を変えて見守っていただけだったが。
「ちょっとあなた突然何をするの?」
「先生と手合わせをね。」
神無月さんは質問をしながらも既に俺を見ていなかった。目線は電源がオンに入っているスタンバトンに釘付けだった。どうやら先のスパークを見ていたようだが、次第に興味は失せたのか、顔を上げて普段の無表情を向けてくる。
「あなたもしかして戦う事が好きなの?」
「好きでもないし、嫌いでもない。良くも悪くもこれが俺の取り柄だからな……。」
「そう……。」
どこか遠くを見る目で放った俺の言葉を聞いて、神無月さんは珍しく罰が悪そうに目を伏せた。俺自身少し意地悪だったかもしれない。そんな事を少し反省していると、激励?が飛ばされる。
「あなた、こんなので負けないでね?」
「あぁ、当然だ。」
そんな振り返らずに言われた言葉に、俺は短く返事をする。どこか熟年夫婦感が漂った気がしたが、そんな昂る気持ちは戦闘の邪魔なので、赤子の手をひねるかの様に、意図もたやすく封殺する。
そして俺は勝負に意識を切り替える。決着は一瞬で決まる。扱うものがスタンバトンの関係上、そうなってしまうのも仕方ない事だ。いくら耐久性が向上したと言っても何度もぶつけ合えば外装がひしゃげていく上に、内部が破損すればただの棒に成り下がってしまう。
側面を握ったり受け流す事も出来ない以上、普段より間合いの取り方を意識する事を心がける。
そして俺が浜田先生に意識を向けると、白衣を脱いで上半身はホワイトブルーのワイシャツだけになっていた。自然と露わになる大きな双丘。元々隠し切れていなかったが、より一層強調されるようになり、少し目のやり場に困る。
しかしそれも彼女の武器なのだろう。色仕掛けも一種の戦略だ。どうせ戦いが始まれば気にならなくなるが、今のうちから頭の片隅に追いやる。
そして誰かに始まりの鐘が鳴らされたわけでもないが、自然とそれが当然であるかのように俺達は距離を詰める。元々10m程の距離なので、一瞬でその差は縮まる。
腕の長さには俺に軍配が上がるので、真正面からの突きを放つ。
そして俺は異変に気づく。
(音がしない?)
それは恐らく浜田先生の異能発動の予備動作。しかしそれに対処するには既に遅すぎる。
俺達の握りしめるスタンバトンが交差する直前。恐ろしい勢いで正面から熱波が俺に向かって放たれる。然程高熱ではない変わりに、押し寄せる勢いが凄かった。体感する瞬間風速は50m程、それで俺は体勢を強制的に崩される。後方に吹き飛ばされるのを俺は堪えるのをやめ、後方に一気に跳躍する。バク転の要領で飛び上がり、俺は視界の端で捉えた浜田先生の待つスタンバトンを蹴り上げる。
しかし浜田先生は止まらない。俺はそれを空中で視認し、着陸と共に構える。浜田先生はスタンバトンを持つ相手にどう徒手格闘で立ち向かうのか少し興味を唆られる。
そして俺が構えるのと同時に放たれる拳。俺は無理に電撃を浴びせようとはせずに確実に対処する事を選ぶ。自ら無理をして有利を手放す必要はない。
俺の目を狙った鋭い右ストレート。それを首だけを動かす事で軽くかわし、2度目は左手で払い除ける。そして流れるように繰り出される右足での蹴り。鋭く突き上げるように放たれた足を俺は上体を仰け反らせて回避する。そして足を引っ込めると同時に俺は間合いを詰める。
しかし一瞬で異能を発動され、再び俺は体勢を強制的に崩される。そして上空から舞い降りてきたスタンバトンが視界に映った瞬間に、俺は悲鳴を上げる体に鞭を打ち、強行する事に決めた。
そしてこの異能は持続時間があまりない事は既に把握済みだった。相手がもう一度異能を使うのなら再び距離を取ればいいと考えての突撃だった。
一度大きく怯んでからの突撃はもちろん相手に構えさせる猶予を与えた。しかし意にも介さずスタンバトンでの突きを放つ。俺から少しだけゆっくりめに放たれたそれは、バチバチっと耳障りな音を出していたが、浜田先生は半身状態になった事によって簡単に回避される。そして2度目は全力の突き。それは俺の体を前進させての攻撃だった。
しかしそんな事をされれば人はどうしても1番脅威になりうるものに目がいってしまう。今回の場合では俺の体に沿わせて隠すように伸ばされた左手より、触れれば即終了のスタンバトンを持った右手に意識と視線を持っていかれるのは、至極当然のことだった。
そしてその一瞬の隙と動揺を俺は見逃さない。しかしスタンバトンの突きは横にずれる事によって回避され、俺は同時に脇腹に鋭い膝蹴りを入れられ、横殴りに浴びせ続けられる荒れ狂う熱波によって頭を揺さぶられる。視界は乱れ、意識を手放しそうになる。その異能の精密さと膝蹴りの速さと威力は流石といったところだが、俺は確実に勝利をもぎ取りにきていた。
そして俺はその鋭い膝蹴りに苦悶すら浮かべず、意識を刈り取られる前に浜田先生の首を無造作に掴む。そのまま膂力で地面に押し倒して、俺は上から覆いかぶさるように馬乗りになる。
それと同時に背後で「ドンッ」と音立てて何かが地面に着地した。恐らく浜田先生が手にしていたスタンバトンだろう。俺はそれを確認する事はなく、ただ感情が死滅した冷酷な瞳を浜田先生に向ける。
勢いよく押し倒し、首を締め上げていたのでかなり苦しそうに悶える浜田先生。口の端から甘そうな唾液が溢れ落ちるのを見ながら、俺はすっとスタンバトンを近づけ、電極を右腕に押し当てる。
そして電流が勢いよく流れる……事はなかった。俺はスイッチを押さずにただ電極を押し当てていた。それくらいの冷静さ?は保っていた。
ゆっくりと立ち上がり、俺は浜田先生を引っ張り上げる。彼女は端正な表情を歪めて咳き込んでいた。俺はそんな様子をどこまでも冷たく、冷たくじっと見詰めていた。
「……ケホッ、レディへの対応がなってないわね。」
「すみません、俺も本気で行かないと負けそうだったので。あれ以上異能をポンポン撃たれてたら負けてたのはこっちです。」
そして俺はTシャツを巻く仕上げ、鍛え抜かれた腹筋を露わにさせる。別に見せつけたい訳ではなかったが、見せる事には変わりはなかった。俺は先程蹴られて、赤く腫れ上がった箇所を指差す。
「これ、普通の人なら致命傷ですよ?」
「それはまともに食う戦法を選んだあなたが悪いです。それにあなた普通じゃないでしょ?」
俺はそう言われて黙るしかなかった。別に何かをして欲しくて訴えた訳ではなかったのだが。
そして軽く皮下出血しているのか、浜田先生のほんのり赤く手痕がついた首が視界に入る。俺はその痛々しい痕から目を逸らす。自分が残した痕だという事に、その数多の男を簡単に魅了出来る美貌を崩してしまった事による背徳感で、一種の特殊性癖が目覚めそうになったのは忘れる事にした。
「首、今日明日くらいはチョーカーをしていた方がいいですね。」
「そうね。」
そう言って首を摩っていた浜田先生。頸部を冷やしているのか、俺の手元にもヒンヤリとした空気が漂ってくる。
「普通、首絞めるなんて少しくらい躊躇するわよ?」
そんな簡単な言葉に俺はなんて返せばいいのか分からず、浜田先生の顔を直視出来なかった。
そして、俺の求める平穏とは確実に、ゆっくりだが、かけ離れてしまっている事に、この時の俺は気づいていなかった……。




