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12-9 悪魔?との契約①

 食堂での一幕が閉じた(のち)、俺は第5異能訓練用体育館の更衣室で既に着替えを始めていた。唇を尖らせ、不機嫌な顔をしていた南部(なんぶ)さんの顔が妙に脳裏にチラついたが、それは先の事を考え、頭の隅に追いやる事に決めた。

 そして前回のラッキースケベのような事は起こる事なく、恙無(つつがな)く着替えを終える。毎度俺達が何も言わずとも体育館の使用許可を取ってくれている神無月(かんなづき)さんに胸の内で感謝しつつ、メインホールへと続く扉を押し開ける。今回は俺と春雨(はるさめ)さんもある許可を取るために書類は提出したのだが。

 そして扉の先には静かに読書を嗜む神無月さんと、勉強道具を机の上に広げてせっせと勉強に励む春雨さんの姿が。意外にもいち早く気づいたのは春雨さんで、近寄ってくる事はなかったが、パッと花開いた様な笑顔を向けてくる。神無月さんはチラリと一度だけ視線を寄越すが、直ぐ様本に視線を落としていた。そんな素っ気ない態度は相変わらずだった。

 俺は特にする事がなかったので、予定の1時になるまで春雨さんの勉強姿を見ていた。隣で見ていて思うが、春雨さんの問題の解き方は目を見張るものだった。俺は春雨さんの邪魔にならないようにと心がけていたのだが、思わず思っていた事を口に出してしまう。


「暗算……?」

「え?」

 春雨さんは俺の言葉が聞こえたのか、ピタリと手を止めて顔を上げて俺を見てくる。俺は「しまった」と、思いそこで黙ってしまおうかと考えたが、結局話してしまう事にした。


「それって四次函数だよね?」

「はい、これくらいなら暗算で因数分解出来ます。解に複素数が混じってると少し面倒ですけど。」

 俺と春雨さんは無言で見つめ合う。俺は三神の頭はいらないのではと思ってしまったのだが、春雨さんが必要と言うのだから、必要なのだろう。

 しかし一応気になって頭から離れなくなってしまう前に聞いておく事にした。


「もしかして三神(みかみ)って、もっと頭いい?」

「そうですね、いつも暇そうにしてますよ授業中。あと、超越数のネイピア数は200桁まで暗記してるそうですよ。円周率ならまだしも、自然対数なんてまだまだ先の話なのに、なんの意味があるんでしょうか?」

「……さ、さぁ?」

 俺はそう答えるしか出来なかった。俺は一応()を使えば同等以上のスペックを出す事が出来るが、そんな事をするつもりはなかった。

 そしてそんな春雨さんの無自覚な攻撃を受けた俺は、神無月さんの「パタン」という、本を閉じる音で正気に戻る。

 春雨さんも体育館内のデジタル時計を確認した後、勉強道具の片付けを始める。

 そして既に準備万端の様子の神無月さんの手には真っ二つに割れたガラス玉が。神無月さんは黙ってそれを俺に差し出してくる。俺は練習の為に貸していたのだが、床にでも落としたのだろうか?そんな事を考えながら異能を使い、修復する事にする。神無月さんはそんな俺の様子をじっと見詰めていた。異能を暴いてやるといった意気込みが伝わってくる程凝視するので、俺としては少しだけやりづらかったのは黙って置く事にした。

 そして接着剤で接着するのではなく、一度ガラス玉が全て解けて、球の形を形成すると言ったほうが正しい工程で修復する。結局じっと見詰めていた神無月さんも、約0.5秒で瞬く間に修復されては何も掴めなかったのか、呆れた様にため息を吐くだけだった。

 よくよく考えるとガラス玉を割ってきたのは故意的だったのかもしれない。神無月さんが簡単に礼を告げ、俺は直ぐ様携帯を手渡そうとすると、神無月さんは自身の携帯を取り出し、「私のを使うわ。」と短く告げて前回同様のメニューをこなし始める。

 俺達の今日の予定としては、異能訓練よりも大切な事が後に控えているので、さっさと始めたたのだろう。春雨さんにも貸しておいたガラス玉の修復が終えると、春雨さんはその修復の速さに驚きつつも、自主的に訓練に勤しみ始めた。

 すると俺には暇な時間が訪れる。する事がなくなった俺は鍛練する以外の事は思いつかなかったので、大人しく筋トレをする事にした。3つ目のガラス玉をポケットから取り出し、2人には見えないくらい細かく7つに分けて制御しながらの筋トレだ。

 俺が自重トレーニングを始めると自然と2人の視線が集まる。正直とてもやりづらかったのだが、文句は言えなかったので黙って取り組む事にした……。


―――――――――――――――――――――――――――


 最初に体力が切れたのはやはり神無月さんだった。床にへたり込むのを見た俺は、水筒とタオルを差し出す。それは先に休憩に入っていた俺なりの配慮だった。

 そしてそれと同時に体育館のメインホールの扉が押し開かれる。タイミングを見計らったのではないかと疑う程だった。


「ちょっと!扉くらい開けてくれてもいいと思うんだけど!」

 そしてそんな不満の声を漏らしながら入ってくる人に、俺は駆け寄っていく。そんなに重い中身ではないはずなのだが、何故か重たそうにしつつ、ダンボールを抱えていた。俺はその人物―浜田(はまだ)先生からダンボールを受け取る。

 すると俺が予想していたよりもそれはずっと軽く、浜田先生が演技をしていたのだと直ぐに理解する。ダンボールの中身も、3つの箱の下に発泡スチロールが敷いてあり、重心を上げる工夫もされていた。俺はそれを見て、浜田先生を咎める様にじっと見つめる。

 浜田先生はニコニコ顔を崩さずに悠然と微笑むだけ。そんな不毛なやりとりを続けるつもりはなかったので、箱から目的の物を取り出す。一応箱から取り出すのは手伝ってくれたが、「そうじゃなくね?」との、俺が思わず口から溢れてしまいそうだった心の声は、押し留める事に成功した。

 そして俺達が取り出したのは、スタンバトンだった。休日での使用許可をもらい、試験対策をする為に持ってきてもらったのだ。ついでに教員の見張りも必須なようで、浜田先生の監視の下で練習をする事になっている。浜田先生は生徒間では人気(主に男子)なようだが、俺としてはどうしてもただの先生とは思えなかったので、見られている中での練習はどうも抵抗があった。無意識的に警戒してしまう自分をなんとか抑えつつ、神無月さんに意識を向ける。


「40分、くらいだな。休憩が終わったら前回と同じ事をしよう。」

「前回と同じ事?スタンバトンは使わないのかしら?」

「うん。来週は必ず使ってもらうけど、今回は様子を見てだね。春雨さんには今日から扱ってもらうけど。」

「そう……。」

 そう言って神無月さんは椅子に座って体力の回復に努め始めた。文句の一つでも言ってくるかと思ったが、意外とすんなり受け入れてくれたようだ。

 そしてそんな俺に無音で忍び寄る人物が1人。俺の耳元で甘い甘い声で囁いてくる。


新海(しんかい)君、先生と一度手合わせしてくれませんか?」

 俺はその言葉を聞いた瞬間、身の毛のよだつ思いをし、瞬時に3m程距離を取る。俺は嫌な脂汗を流しながらじっと浜田先生を見詰めた。側からすれば天使の囁きの様に聞こえたかもしれないが、俺からすれば地獄へと引きずり込もうとする悪魔の囁きに聞こえた。そんな錯覚をもたらした張本人は、妖しい笑顔を浮かべ、一度唇をペロリと舐める。

 そんな舌舐めずりに俺はドキリと鼓動を早めつつ、警戒レベルをMAXに上げていた。俺は完全に背後を取られた事にも恐怖していたが、その彼女の肉運びによる、無音の所作に俺は1番警戒していた。もはや隠す気がないのか、挑発なのかも判断がつかない。大人の女性というのは厄介なものだ。

 そして神無月さんと春雨さんに話し声を聞かれたくないのか、今度は正面から堂々とゆっくりと距離を詰めて、声を潜めて話し掛けてくる。


「もう、そんなに警戒しないでください。先程言った通り、私と手合わせしてくれませんか?」

「どういう事ですか?そんな事をする意味があるとは思えないですけど。」

 俺もそれに合わせて自然と声を潜めて喋る。


「……私に勝ったら私が知ってる有益な情報の1つを教えてあげます。あ、私のこの体が欲しいのなら、一夜だけたっぷり相手をしてあげてもいいですよ?」

 そう言って胸を強調するように押し上げる仕草をする浜田先生。たわわな双丘が普段より一層柔らかな感触が伝わってくるかの様に見せてくる。

 しかし俺はそんな色仕掛けに惑わされずに続きの言葉を無言で促す。そんなうまい話には裏があるのが当然だと思ったからだ。そんな俺の対応に浜田先生は唇を尖らせて不満そうにしていたが。


「性欲も抑えられているんですか?まぁ、いいです。それで、私が勝ったら500番台の部隊の事を詳しく教えてくれませんか?」

「何を言っているんですか?」

「惚けなくても大丈夫ですよ?(あい)ちゃんには秘密にしてますけど、素性を考慮してEクラスに配属させたのは私も関係してますから。」

 どうやら俺の惚けも無駄らしい。俺の情報が筒抜けの時点で浜田先生も軍関係者だと確定したのだが、それは隠すつもりはなかったのだろう。わざわざ嘘をつく意味もなかったし、こんな接触の仕方をしてくるのだから当然だとも言えた。

 そして俺としては自分がリスクを負う時点で対価の報酬を弾ませる事に意識を傾けていたが、なぜ浜田先生は俺達の元所属していた部隊の事を知りたがっているのかが少しだけ、気になっていた……。

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