12-7 コーチの腕前②
先輩達のダブルスを終えた後、町田先輩に試合の感想を迫られたりした以外は特に変わった事はなく、普段通りに部活は始まった。
今日は1年生全員分のラケットが新しく届いたので、先週中山さんが言っていた通り、ラケットの振り方とフットワークを教えてもらう事になった。既に先輩からはある程度教わってはいたが、改めて初めから教わる事になる。基礎は大切なので俺は真剣に取り組む事にするが、それは皆の共通認識なのか1年生は全員真剣な面持ちだった。
そしてどうやら神無月さんを含め、三神、木谷さんと高崎さんがバドミントンの経験者だと言う事が判明した。
神無月さんは明言した事はなかったのだが、薄々分かっていた事だったので、あまり驚く事はなかったが、三神に関しては運動していたイメージがなかったので、俺はとても意外に感じた。
そして三神は「僕は技術はプロ級ですけど、体力的な問題で応援席を温めていました。」と、眼鏡クイの決めポーズをバッチリと決め、そんな事を言っていた。
しかし「いや、それじゃ意味なくね?」との、勝也の的確なツッコミに、三神は憤慨し始めた。なんやかんやで仲の良いやりとりを交わしつつ、練習を繰り返す。中山さんの指摘は的確にポイントを抑えているので分かりやすく、自分が唐突に上手くなったと勘違いしてしまう程なので、その教えの技術には舌を巻いてしまう。
そしてその感覚を忘れない様に反復練習を繰り返す。
来週が試合の関係上、俺達はこれが終わればまたトレーニングに逆戻りなのだが、誰も文句を言う事はなかった。
そしてフットワークの反復練習が終わると、中山さんは俺達1人1人にA4サイズの紙を配り始めた。
「一旦休憩したらこれを30分くらいで書いてくれ。それが終わったら普段のトレーニングをしてきてくれ。今日は1セットでいい。」
それを聞いて俺達は黙って紙に目線を落とす。そこには3枚にわたり身長体重から始まり体育の際に計った記録や昔取り組んでいた部活、就寝時間などなどと、事細かく記入を求められていた。あまりにも本格的なものだったので、俺は三度驚かされる。この人はスポーツに関しては手を抜くつもりはないようだ。
しかし女子の中には不満を持っている様子なのか、少し抵抗を見せていた。それは当然と言えば当然であり、黙々と記入している神無月さんが異常なのだと直ぐに分かるくらいだ。
どうしても私生活や、体の事に関して知られるのは抵抗を覚えるのは無理もないのだ。そんな躊躇う様子を見た中山さんは全て予想済みだったかの様に口を開く。
「書きたくないところは無理に書かなくてもいい。でもそれをされると俺がお前達に対するパフォーマンスが100%ではなくなってしまう。それでもいいなら別に構わない。俺は強要するつもりはないからな。」
そんな中山さんの言葉を聞いて渋々といった様子で皆は記入を始めていた。もちろん俺も全てを曝け出すのは少し抵抗があるので共感出来る。
しかし俺は真剣にバドミントンに向き合う事にしているので、その事に関して結果的には躊躇はなかった。
そして中山さんは俺達の様子に満足したのか先輩達の様子を見に行っていた。
しばらくすると勝也と三神が忍び足で俺に近づいてくる。恐らく質問の項目についての話しだろう。
「おい隼人。」
「あぁ、言わなくとも分かってる。勝也が言いたいのはこれだろ?」
「あぁ、俺は既に記入済みだぜ!」
「フッ、当然僕もですよ。」
自信満々に言い放つ2人の言葉を聞いた俺は(こいつらは何自慢げに話しているのだろう)と、思っていた。俺が指を指して話していたこれとは、好みの女子の項目についてだった。恐らく中山さんなりのジョークなのだが、それを悪ノリでこいつらは答えているのだ。
「俺はばっちり巨乳黒髪清楚って答えてやったぜ。」
「僕はつるぺたボブっ子ですね。それにツンデレ金髪ツインテールです。」
「ほう、三神お前なかなかいいセンスしてるな?」
「山田君こそ面白いですね。巨乳好きとは僕の趣味には反するものです。」
そして険悪なムードの中、唐突に始まるおっぱい論争。こいつらは声を潜める事をせずに話すので、女子の冷ややかな視線が注がれており、俺的にはそろそろやめて欲しいところだった。
「おい、隼人はなんて書いたんだよ?」
そう言って勝也は遠慮など何処かに置いてきたかなように俺の用紙を覗き込んでくる。
そして勝也は目を丸くして呆れた様に言い放つ。
「……は?なんで書いてないんだよ。」
「いや、普通は書かないだろ!?」
「いや、普通は書きますよ?」
三神の真顔で放たれた言葉に俺は絶句する。「何当然みたいな顔してんだよ!」と、俺の心のツッコミは何処かへ消えてしまう。そんな俺が放心している内に勝也に用紙が引ったくられる。
「あ、おい!」
「うーん、隼人の好みはこんな感じか?」
「……巨乳熟女ですか?傑作ですね。フフッ。」
「おい馬鹿!やめろよ!」
俺は直ぐに取り返して、勝也に書かれたそれをボールペンで塗りつぶした。
しかしそんなやり取りはばっちり周りには聞こえており、女子からの目線は春雨さん以外からはとても痛かった。
休憩後のトレーニング中、中条さんからは、「は、隼人君がどんな好みでも私は友達だよ!」と、目をじゃぶじゃふと泳がせながら言われたり、神無月さんには汚物を見る様な目で見られ、まともに相手をしてくれる事はなかった。
春雨さんは何故かショックを受けており、目の焦点が完全に合っていなかった。何処を見て、何を見ているのかは少し気になったが、そっとしておく事にした。
そして正直に言うと、春雨さんの様子が一番怖かった事は、俺の心の内に仕舞い込んでおく事にした……。




