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12-6 コーチの腕前①

 今日も普段通りの時間に目を覚ました俺は、朝の支度を始める。午前中は部活があり、その後に神無月(かんなづき)さん達との特訓がある。そんな先の事を考えつつ、今にも視界を覆いそうになる重い目蓋をこじ開けながら、携帯のメッセージを確認する。

 そこには(はやし)さんと南部(なんぶ)さん、神無月さんの3人からの着信だった。そんな美少女3人からのメッセージに思わずニヤけ顔になるが、直ぐに眉を顰めてしまう。

 神無月さんは今日の午後の確認のメッセージ。林さんは昨日の夜のメッセージの残り(俺が今日眠いのは林さんのメッセージやりとりに付き合わされたから)だ。

 しかし、南部さんには俺は連絡先を教えた覚えはなかった。俺の連絡先のセキュリティに不安を覚えるが、どうやらメッセージアプリの機能(連絡先を既知の人伝で送る事が出来る)を俺が知らなかっただけだった。

 俺は全てのメッセージにさっと目を通して返信をし、着替えに取り掛かる事にした……。


―――――――――――――――――――――――――――


 俺が体育館の更衣室に到着した時には、鷲川(わしかわ)先輩と渡辺(わたなべ)先輩が既に着替えを済ませて丁度更衣室から出て行くところだった。前回と然程変わらない時間に着いたので、2人が普段より早く来ていた事が直ぐに分かった。俺は軽く朝の挨拶を交わし、少しだけ急ぐ様にして着替える。

 着替えを終えた俺はタオルと水筒を手にし、更衣室から出ると今日も今日とて印象的なポンパドールヘアーの東野(ひがしの)先輩とばったり遭遇する。そのたれ目を大きく見開き、明らかに驚いている様子だった東野先輩。恐らく俺がこの時間から来ている事に対して驚いたのだろうが、その表情は直ぐに悪友に向ける笑みに変わる。


「ふっふっふー新海(しんかい)君、朝早く来た褒美だ。これから面白いものが見れるよ。」

「面白いものですか?」

「うん。面白いもの。」

 そう言って先に体育館のメインホールに向かう東野先輩。

 詳しい事は教えてくれなかったが、後は自分の目で確認しろということなのだろう。俺は黙ってその後ろについていく。

 そしてそこには既に鷲川先輩と渡辺先輩の他に、町田(まちだ)先輩と中山(なかやま)さんの姿があった。コートは既に全面用意されており、4人は輪を組んで会話をしながらストレッチをしていた。

 俺がじっと観察していると東野先輩に手招きされたので、近寄って隣に立つ事にした。


「今からねぇ、遊びだけど試合をするんだよ。1セットしかやらないけど、新海君にとっては面白いものだし、為になると思うからさ、見てなよ。」

 俺はそう言われて視線を直ぐに4人に戻していた。東野先輩に言われずとも見ているつもりだったのだが、そんな余計な事は言わない。俺は目の前の光景から目を離す事なく会話を続ける。


「遊びの試合、ですか?」

「うん、遊びの試合。市の大会が来週の土曜にあるから、それに向けての軽い確認の為だよ。たけさん(中山さん)に渡辺君と鷲川君がお願いしたみたい。ダブルスをするから、ペアは優佳(ゆうか)に頼んだらしくて、私はその付き添い。」

 そう言い終わると、手を当てつつ大きく口を開いて欠伸をしているのを尻目に確認した。朝から呼び出されて眠たいのだろう。 

 しかし女子なら欠伸くらい噛み殺したりして、隠そうとしてもいいと思うのだが、あまり気にしない人なのだろう。そんな事を思っている内に、基礎打ちが終了する。ほんの5分程度で終わったの事を見ると、本当に「遊び」なのだろう。その割には目が真剣だが。


「始まるね。あ、私主審するから、反対側の線審をしてくれる?」

「あ、はい、分かりました。」

 俺は軽く返事をして、移動を開始する。そんな線審をする為に動いた俺に気づいたのか、町田先輩は反対側のコートから「ありがとう」と、口をパクパクさせて、優しい笑顔を浮かべていた。その笑顔は小悪魔的な笑顔とは反対に、彼女に似合い過ぎて蠱惑的(こわくてき)に俺の瞳には映った。

 さりげなく小さく振られた手にも先輩らしさがあった。


「新海ありがとな。線審頼む。」

「はい、任せてください。」

 そして俺は鷲川先輩の言葉に適当に返事をする。渡辺先輩は目で訴えてきていたのだが、残念ながら俺には何が言いたいのか読み取る事は出来なかった。

 しかしそんな浮ついた空気は東野先輩のコール直前に、何処かへ消え去ってしまった。その変わりに静寂と共に緊張が走る。

(これが遊び?本当か?)

 俺がそんな疑問を抱くのは仕方ない程、皆の顔は真剣な面持ちだった。

 俺が知らない試合の雰囲気。それを肌で初めて感じ取った。ピリリと肌を撫でる圧力は気の所為ってやつなんだろう。そんな不思議な感覚。

 そして町田先輩から始まるサーブ。4人がセンターラインに並ぶ様にして構える。町田先輩の放ったショートサーブはネット上ギリギリを通過して相手コートに吸い込まれる様に飛んでいく。それを鷲川先輩が叩き落とすと言うより、押し込む形で相手コートにねじ込む。それをカバーするのが中山さん。それを読んでいたかの様に(すく)い上げるのではなく、プッシュで奥の角に綺麗に吸い込まれていく。

 それをバックハンドで返すのが渡辺先輩。その打球は弧を描き、相手コートの対角ギリギリに飛んでいく。完璧な打球制御によってバックバウンダリーラインまで下げられる町田先輩だが、既に落下点にいる事に驚きだった。

 そしてオーバーヘッドストロークの構えをとる町田先輩。その際に完璧なフォルムの双丘がくっきりと強調されるが、俺はそんな事より綺麗なフォームに目が釘付けにされる。完璧と言っていい姿から、流麗な振りが繰り出され、「スパンッ」と、綺麗な音を奏でる。

 スイートスポットを完璧に捉え、放たれたスマッシュは、女子が放ったとは思えない程の球速で相手コートに飛んでいく。俺がそんな球に感嘆を漏らしつつ、鷲川先輩がそれをクロスショートで相手コートに返す。それを中山さんによってプッシュで返され、シャトルが地面に落ちてしまう。そんな一瞬の出来事に俺は鳥肌が立ってしまう。

(これが遊び?)

 俺は奇しくも先程と同じ感想を抱く。

 そんな中、状況を変えたと言っていいスマッシュを放った町田先輩は、俺に向けてあどけない笑顔と共にピースサインを送ってくる。俺はそれを見て苦笑するしかなかった。

 そして先程のスマッシュは俺は目で追う事は出来ていたが、それを正確に打ち返せるのでは話が変わってくる。そんな事で俺は2人の先輩の印象がガラリと変わったのを自覚する。

 そして同時に「なんて面白い競技なんだ」と、バドミントンに対しての感想を抱いていた。

 そして試合は続く。得点を獲得した事により、連続サーブなので、町田先輩のサーブになる。再び放たれるショートサーブ。それをプッシュで相手コートの奥に直線的に返す渡辺先輩。そしてたやすくバックハンドで返球する中山さん。それは渡辺先輩がギリギリ取れない高さで相手コートの奥の角に飛んでいく。それをドロップで返す鷲川先輩。みるみる内に球速は衰え、相手コートのネットギリギリを超えて吸い込まれていく。

それを町田先輩が体勢を崩しながらも拾い上げる事に成功する。

 しかし無慈悲な鷲川先輩のスマッシュによってコートに落ちそうになる。町田先輩のスマッシュよりもやや早いスマッシュで得点が決まりそうになるのを、中山さんがレシーブする。再び渡辺先輩をギリギリの高さで越えて、奥に飛んでいく打球。それを再びスマッシュで返す鷲川先輩。

 そして俺は見ていた。その打球を見る事なく中山さんによってレシーブされた事に。いや、打球は見ていた、最初だけ。放たれたスマッシュの軌道を完璧に予測して、視線は別の方を向いていたのだ。それに騙されたのか、2人は中山さんが放ったショートにワンテンポ遅れ、打球はどんどん地面に近づいていく。それを辛うじて拾うが、ネットにかかってしまう。

 俺はその中山さんのトリックプレーに言葉を失う。ずっと黙っていたので、表面上の変化はなかったが。

 人はどうしても飛ばす打球の方向に目を向けてしまう。バドミントンにおいては打球をずっと見ていればいいのだが、相手の仕草からある程度の打球の予測がつく事は既に俺でも分かっていた。

 そしてその相手選手の逆手を取るように繰り出された一手。打球を見ずに返球する難しさを俺は知らないが、ハイリスクハイリターンなのは俺も直ぐに理解する。鷲川先輩が呆れた様に肩を竦めていたからだ。

 そしてその後も一方的な試合運びが行われる。もちろん鷲川先輩と渡辺先輩ペアも得点を取るが、結果的には21-13で町田先輩と中山さんのペアが勝利した。

 俺の目には中山さんが試合の流れを掴んでいたように見えた。先輩達より技術面でも試合運びの為の頭脳でも上回っているのは直ぐに分かる事だ。

 そんな人に教えて貰える事に、俺は素直に感謝せざるおえなかった……。

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