12-5 目撃者②
「なんで、ペアなってくれたの?」
「それは……。」
一度ぎゅっと口を固く結ぶ林さん。視線はキョロキョロと忙しなく動く。手にする缶に力が入っていたのは、見れば直ぐに分かった。
「さっきも言った通り、最初は怖かったんです。新海君の洗練された動きは、戦いのたの字も知らない私から見ていても、圧巻でした。思わず魅せられる程に綺麗でした。
でもそれとは別に、他クラスだとしても、ライバルとはいえ同級生に対して、冷酷過ぎる対応だと思いました。なんでああなったのかは私には分からなかったですけど、ただそれを躊躇う事なく平然と行える新海君が怖かったんです。」
俺はそこで眉を顰める。流石に面と向かって怖いと言われれば、流石に俺も不快に感じる。林さんの抱く感想は至極当然の事であり、今は普通に話してくれている様子を見れば、今そんな事だけを思っている訳ではない事は直ぐに分かる。
しかし、表情を変えずにはいられなかった。
そして今もなお、俺への恐怖心を完全に払拭出来てはいないのか、俺の表情を見て大袈裟に反応する林さん。
「あぁ、いや、その、今言ったのは月曜日の話で、今はそうじゃない事は薄々分かっているんです。」
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。俺に対して本当に恐怖してるなら、ここで2人っきりなんてならないよね?だから大丈夫。」
俺がそう言うと、再び安堵の息を漏らす林さん。
そして林さんは俺が訊いていないことまで吐露する。
「それでも私は最初、新海君とペアになって、それを利用して試験を上手く運べないかと思ったんです。月曜日の事をネタにして。
でも私にはそんな度胸はありませんでした。元々話すのは苦手で、中学校では胸を張って友達だと呼べる子は1人だけでした。その子はここの受験に残念ながら落ちてしまって、私1人になってしまったんです。その子はそれで私に対して嫌な感情を抱いてしまうんじゃないかと、心配になったんです。
でもその子は優しい子でした。前々から知っていた事だったんですけど、再認識したっていうか、私だけ合格したにも関わらず、普段の様に接してくれましたし、褒めてもくれました。そこには偽りの感情はなくて、寧ろ疑ってしまった私が恥ずかしいくらいでした。」
「いい子だったんだね?」
「はい。自慢の友達でした。高校デビューをする為に、髪型を変え、コンタクトにして、メイクもネイルもケアも服装までいろいろな事を教えてくれました。
それでも外面を頑張って整えても、内面が変わっていない事を私は忘れていたんです。今では私に友達と呼べる人はいません。それがその子に対して申し訳なくって……。」
そう言って俯いて黙り込む林さん。泣く気配はなかったが、体は震えていた。それは先程の恐怖というより、自身の不甲斐なさに打ち拉がれる感じだった。
そして俺はそんな彼女を見て、自身の思いを伝える事にした。
「その子は林さんが楽しく学校生活を送れているならそれでいいと思ってると思うよ。林さんが今の境遇に不満がないのなら、そんなに気負う必要もないよ。その子は分かってくれる。「それでいいんだよ」って。君らしさを失うのは良くない事だ。君の事を本当に分かってくれる人じゃないとダメだ。
でもきっかけはどんな事でもいいと思う。出した結論をどう乗り越えて、結果を残すのかが需要だと思う。」
そんな事を言った俺は一瞬ある人物の笑顔が浮かぶが、直ぐに霧がかかり、霧散する。俺は気にせず言葉を続ける。
「俺も林さんとのペア組は打算的なものだった。でも俺は林さんがどんな人なのか知りたいと思っていたし、友達にもなりたいと思った。俺は今の君に興味が湧いたんだ。
最初がどんな始まりでも、その後の行動で全てが変わる。俺はまだ子供だ。でもさ、大人にはさっさと大人になれと急かされるんだ。でも俺は自身の考えを捨てたくない。我が儘を貫きたいし、手を差し伸べたい。
だからっ、俺と一緒に歩もう。俺も出来るだけ歩くペースを合わせるよ。」
そう言って俺は真剣な表情を変え、朗らかに笑いながら右手を林さんに差し出す。
「あ、でも、俺が置いていかれちゃうかもね。」
そんな俺の言葉を聞いた林さんは目を丸くさせ、大人しく聞いていたと思ったら、突然哄笑し始める。
突然の出来事に俺は目を白黒させ、林さんが落ち着くのを待った。
しかし林さんは多少の笑いを残しつつ、腹を抱えたまま話を無理に再開する。
「新海君ってさ、もしかして話すの下手?」
「えぇ!?ま、マジ?」
俺は唐突にそんな事を言われ、更に驚いてしまう。
「うん、なんか周りくどいっていうか、なんかだんだん話が難しくなっていくっていうか。言いたい事は伝わるんだけど、肝心な事をズバッと言ってくれればいいのに。」
俺はそんな言葉と、無邪気な笑顔を見せられてたじろぐ。俺が必死に考えて紡いだ言葉はどうやら分かり辛いみたいだ。
しかしそれでまだ話は終わらないみたいで、林さんにしては珍しく少し大きめな声を上げる。
「で、でもっ!」
「……でも?」
「新海君って、ずるいよね?」
俺は言葉を失う。褒められると思っていたら貶されるのだから仕方ないはずだ。
そして林さんは、そんな俺を見て失笑する。
「ずるいって、いい意味で、だよ?」
そう言うと一旦深呼吸して、合間を開ける。脇の高さで切り揃えられた茶髪が風で爽やかに揺れ動く。それは林さんの心情を表しているかのように。
「だってこんな私に根気強く話し掛けてくれたのもさ、ここでは新海君だけだったし。こんな変な事言ってくれるのも新海君だけ。私の過去を話したのも新海君だけ。それってさ、ちょーっと、ずるいよね?」
「いや、ずるいって言われても……。」
確かに俺は林さんに対して何度も話し掛けたりしたが、「過去を話したのは林さんが勝手にした事では?」と、思っていた。恐らく林さんは誠実に生きたい人なんだと思う。自分の過去、打算的だった事。全て俺に言う必要などない事。それをわざわざ口にしたのは、林さんにとって意味のある事なのだろう。
そんな中、林さんは佇まいを直し始める。そんな仕草を見て、俺も釣られてしまい、佇まいを直していまう。
林さんは俺の瞳をじっと見つめ、満面の笑みを向けてくる。
「新海君。私と友達になってくれませんか?」
「あぁ、こちらこそよろしく。」
そこで2人は顔を合わせて笑う。その言葉は俺が言いたかった言葉でもあったから。林さんはベンチから立ち上がり、俺の方に振り向く。
「あ、試験もよろしくお願いしますね?打算的に行かせてもらいます。」
俺はそれを、聞いて苦笑するしかなかった。
しかし直ぐに俺は本当の笑顔を浮かべる。引っかかっていたものが取れた様にニコリと笑う林さんを見ていると自然とそうなっていた。
そして俺は「任せとけ!目指すは1位だな!」との、多少の本気を混ぜてのジョークを言ってみる。林さんはそれを笑って否定していた。そんな事を唐突に言われれば困るのも当然だろう。
すると思い出したかの様に「ペアになったのは新海君がずるいからですよ?」と言っていた。俺はまたも苦笑を余儀なくされた?
そして俺達は帰路に着く事にした。
そんな中、俺は「友達とは?」について1人で考えていた……。




