12-4 目撃者①
休憩中の俺と中条さんは、2人揃って座った状態でグラウンドを眺め続ける。2人の間には相変わらず風に流される事のない尖った重い空気が流れている。
しかし手をずっと繋いでいるせいで周りからはカップルに見間違われても不思議ではなかった。俺はその事に気づく事はなかったのだが。
眼前のグラウンドはサッカー部が全面を占領しており、俺達はその外周と隅っこを利用してトレーニングしているのだ。もう1つのグラウンドでは女子ソフトボール部が使用しているはずだが、ここからでは角度的に見えない。
グラウンドの隅を利用しているのは俺達だけではないので、他の部の1年生の姿もちらほら見受けられる。その中にある人物を見つけ、俺は半ば諦めていたペア作りを再開する事に決めた。
そんな事を考えつつぼーっとグラウンドを眺めていると、サッカー部の中で練習に励む夏威の姿が。昨日の負傷を多少引きずっているのか、ぎこちない動きを時折見せる。
しかしサッカーど素人の俺からでも他の部員より動きの洗練具合が明らかに違う事は直ぐに分かった。俺はその頭1つ飛び抜けた技量に驚かされつつ、心の中で昨日の事を謝っておく。
更に外周をランニングとは思えない速度で走り抜ける馬鹿が2人。いや、もしかすると800m走(外周の長さは800m)をしていたのかもしれない。
そしてその馬鹿2人とは、楓と南部さんだった。恐ろしい速さで俺達の前のレーンを走り抜ける2人。黄金の様にキラキラ輝く金髪と、爽やかな淡いピンク髪をなびかせ、それを見た人達は等しく目を奪われる。
楓は身体強化を使わずとも、運動能力は同世代基準からしてみると、ずば抜けたものを所持している。だが、南部さんは少しの距離を離されながらも楓の背中を追い続ける事が出来ていた。その運動能力には2人とも素直に称賛を贈るべきなのだが、「何やってんだあいつら?」と、俺は思わず本音を漏らしていた。
俺の独り言が聞こえたのか、中条さんが哄笑し始める。突然の事に俺は目を白黒とさせ、中条さんを見詰める。そこには先程までの重い空気は既に存在していなかった。
「ほんとバカ。何やってるのあの2人?」
「さぁな、俺も聞きたいところだ。」
そしてお互い顔を合わせて失笑していると、声を掛けられる。悪魔の様な笑みで。
「あっれれれー?桃ちゃん?そんなに堂々と仲良く手を繋いじゃってさー。見てるこっちが逆に恥ずかしくなっちゃうよ〜?」
「はにゃにゃにゃにゃにゃ!?な、奈緒ちゃん!?び、びっくりさせないでよ、もう……。」
そう言って恐ろしい速さで立ち上がって俺から距離をとる中条さん。
そして唐突に話し掛けられた事で余程びっくりしたのか、中条さんは西川(奈緒)さんに怒っていた。西川さんをポカポカ優しく叩き、プンスカ怒る姿は本気で怒っている訳ではないことが直ぐに分かったし、それはとても可愛らしいものだった。
「たはは、ごめんごめん。それに、こんなに桃ちゃんが可愛い反応するならもっと弄りたくなっちゃうぞ?」
「な〜お〜ちゃ〜ん〜?」
「ほんとにごめんって。」
事の発端である西川さんはそんな様子すら面白いのか、終始ニヤケ顔を崩す事はなかった。どうやら一切反省していない様だ。
西川さんは黒髪のマッシュヘアーに、中性的な顔立ちをしているが、笑顔は可愛らしく、体つきはしっかりと女性らしさを既に見せ始めている。それでも気さくな性格と見た目で、俺も部活中にはちょくちょく話をしたりする関係にはなっていた。
「でもさ、新海君も満更じゃなさそうだったし?」
「まぁ、相手が中条さんだしな。」
「ちょっ、隼人君まで。」
「確かに。桃ちゃんとなら誰でもそうか。それで、どっちから繋いだの?」
「……さて、そろそろトレーニング再開ですかね。」
そう言って俺は腰を上げる。
「あ、私も……」
俺に続こうとした中条さんは、西川さんに腕を掴まれる。
「桃ちゃん?新海君は許されても、本命は許されないよ?」
「え?いやいや、ほんとに何でもないよ。」
「いーや、洗いざらい吐くまでわしわしの刑だよ?」
「ひぅっ。」
中条さんの引き攣った声が俺の背後から微かに聞こえた。
「じゃあ俺は先行ってるね。」
そして俺は犠牲を払う事で逃走に成功した。
遠くから俺の名前を呼ばれた気がしたが、何も聞こえなかった事にした……。
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部活自体は恙無く終わりを迎え、俺は学校近くにある3人用ベンチに座ってある人物を待っていた。その人物の連絡先を知らなかったので、こうやって帰り道で待ち伏せするしか方法はなかった。いや、部活先で出迎える事も可能だったが、それは今から会う人物からすると嫌なのではないかという、俺なりの配慮だった。
そして俺が1人で佇み始めて5分程が経過したあたりで、その人物は顔を見せる。この時間は一斉に部活が終わるので、生徒はほぼ同時に帰路に着く。それを見越しての待ち伏せだった。
俺は立ち上がり、ずっと視線を送り続けていたので相手も気づいた様子で、俺が動くまでもなく、こちらに少し早歩きになりつつ近寄ってきた。
「し、新海君、もしかしてもしかすると、私に用ですか?」
「うん。今から空いてる?10分程で話は終わるから。」
「……なら、寮近くの公園で話しましょう……。」
「分かった。」
俺は寮の近くの公園と言われ、月曜日の出来事が頭の中でチラつく。俺は目を細めてじっとその人物―林さんを見詰める。
もしかすると俺が待ち伏せしていたのではなく、待ち伏せされていたのではと、その微笑ましい笑顔ではなく、影が差した顔を見て、不意にそう思った。
俺達は公園へ向かう途中、会話が発生しなかったわけではなかった。それは俺から話題提示を積極的に行ったからだ。
俺は元々林さんに興味があった。それは異性としてではなく、どんな人物なのであるかという事に興味を持っていた。
そして、林さんにはペアの誘いをするつもりでいた。俺の策略と林さんの境遇を踏まえた上での打算的な行動ではあったが、そこから友達へのステップアップを踏んでいこうと考えていた。そんな俺側の思惑を、彼女は理解しているのか分からなかったが。
そして林さんは以前より叩けば響く様になっていた。口籠る回数は減り、まともな会話が続く様になっているのは明らかだった。それは俺に対して少なからず心を開いてくれたからだろう。俺の1週間の努力の成果は出ている様な気がした。
寮への道は生徒の姿がちらほら見受けられたが、寮を過ぎ、森林公園を目指す生徒は俺達くらいだった。この先には生徒が大勢利用するスーパーもあるので、人気はゼロという訳ではないが。
林さんは3人用ベンチの右端に腰掛ける。スクールカバンは膝の上に置いて、俺が座るスペースを確保してくれた様だ。
しかし俺は隣に座っていいのかと迷っていると、林さんは不思議そうにこちらを見詰めてくる。
「あれ?座らないんですか?」
「あ、いや、ちょっと飲み物買おうかなって思ってさ。林さんも何か欲しいのある?」
「え、じゃあ、つ、つぶつぶオレンジで……。」
「了解。」
俺はそう言ってカバンを一旦林さんに預けた後、近くの自販機に向けて走り出す。俺は別に喉が渇いていたわけではない。それは一旦躊躇した事を誤魔化す為のものだった。林さんは普通にいい子だと頭の中で理解しているつもりなのだが、どうしても躊躇ってしまう。女子の隣に座るだけなのに、一旦躊躇するのは俺らしくもあるが。
そして中条さんの顔がチラつく。
俺は頭をブンブンと横に振り、余計な心配事を忘れる事に努める。俺は自販機で飲み物を購入して、足早に林さんの元に戻った。
するとそこには野良猫(首輪等が見えなかった為)とじゃれ合う林さんがいた。野良猫の割には毛並みが整っていたので、もしかすると世話を焼いている人がいるのかもしれない。アメリカンショートヘアと思われる猫はその特徴的なクラシックタビーの縞模様をくっきりと視認出来る程、体は綺麗だった。
林さんはその猫を抱き抱えて頬擦りをしていた。普段のクールな表情は鳴りを潜め、完全に緩みまくった表情を晒しており、代わりに幸せそうな顔をしていた。猫も気持ちよさそうにしており、林さんに完全に体を預けていた。
俺が5秒程思わず見入ってしまっていると、そんな視線に猫が気づき、一目散に逃げていく。林さんは「あっ……」と、名残惜しそうな声を漏らして、猫の必死の形相で逃げる姿を目で追っていた。
俺は少し鬱な気分になる。そんな事でセンチメンタルになるなと自分に言ってやりたい。
「猫、好きなの?」
「え。も、もしかして見てました?」
俺の言葉を聞いて先読みしたのか、俺が次に言おうとした事を回り込む形で質問を返してくる。
「嬉しそうに頬擦りしてるところをちょっとだけね。」
「あぅぅぅ……。」
俺が苦笑いしつつ答えると、林さんは悶えながら俯く。真っ赤に染まった顔からは湯気が立ち昇りそうだった。俺はとりあえずそんな林さんの目の前に缶ジュースを差し出す。
「はい、これ。お金はいいから。」
「あ、ありがとうございます。」
林さんはそう言って、冷えた缶を頬に当て、自身の熱くなった顔を冷ます様にしていた。その時の顔も緩みきっていたが、俺が敢えて口に出す事はなかったが。林さんは10回程缶を振り、「カシュ」と、音を立てて飲み口を作る。俺も買ってきたお茶を流し込み、一息ついてからベンチに腰掛ける。
そして俺は単刀直入に用件を伝える。
「林さん。俺とペアになってくれないか?」
缶ジュースにつけていた唇をゆっくりと離す林さん。プルプルに潤った唇に思わず視線を奪われそうになるが、なんとか堪えて目を合わせる。林さんは一度ニッコリ笑う。
「うん、いいよ、私もさ、えっと、実は新海君と組みたいと思ってた。でもいいの?私となんて……。」
「あぁ、寧ろ林さんがいい。」
(ん?なんか告白みたいじゃね?)
「分かった。私も頑張るから、いい結果残そうね!」
「あぁ。」
そう言って林さんはさっきの笑顔が嘘の様に沈み込み、俯いてしまう。しかし話は途切れずに続く。
「私…実はね、怖かったの。」
「それは俺に対してだよね?」
「え。」
俺が林さんの思考の先を読んで、若干被せる様にして放った言葉に林さんは言葉を失う。こちらを見た顔は驚愕に染められていた。
俺の言葉は当てずっぽうだったのだが、どうやら的を射ていたようだ。俺は林さんの様子を見て、そう判断する。そうして頭の中で既に構築されていた筋書きを修正する。
「この前、夏……神無月さんの弟とのやりとりを見てたのってさ、林さんだよね?」
そして俺は確証があったわけではないが、ほぼ確信的な質問をぶつける。
「はい。別にこそこそ盗み見るつもりはなかったんですけど、咄嗟に隠れてしまって。ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げ、体が少し震えている林さん。俺は別に見られても困る訳ではなかったのだが、言いふらされるのは困るのでそこだけは言っておく事にする。
「いや、いいんだ別に。他の人に言いふらされるのは困るけど、胸の内にしまうだけなら問題ないよ。」
俺は笑顔を貼り付け、林さんが安心出来る様に図る。林さんはそれに呼応するかの様に胸を撫で下ろし、安堵する。
そして俺は続けて質問をする事にした……。




