12-3 タイムリミット
春雨さんと神無月さんと別れた俺はトイレを済ませて教室に戻ろうとすると、廊下で南部さんにばったり遭遇する。校内では普段から1人で行動しているのか、周りには誰もおらず1人だった。別に気まずい関係ではないし、俺としても特別親しい訳でもなかったので、軽い挨拶をして立ち去ろうとする。
しかし意外な事に南部さんに呼び止められる。
「ちょっと、何処に行こうとするのよ。ほらっ、面貸しなさいよ。」
そう言って勝手に歩き出す南部さん。予想以上に言葉遣いが荒かった事に驚いたのは黙っておこう。
俺はまだ時間がある事を確認してその背中を追い掛ける。既に神無月さんと春雨さんの姿はなかったのを確認し、何故かほっとしていた。
俺が休憩室内を見渡している内に、南部さんは休憩室に備え付けてあるコーヒーメーカーを使用して、コーヒーを抽出していた。
「へぇー、こんなのも用意されてるのね。え、何これ凄いじゃない。」
そして腰を曲げて前傾姿勢の状態で、透明なガラス越しに注がれるコーヒーに夢中だった。何がそんなに面白いのか俺には理解出来なかったが、本人が楽しそうにじっと見詰めているので特に追求するという野暮な事はしなかった。
しかし俺は目のやり場に困っていた。抽出にかかるほんの数十秒の間、俺はそれを見ていいのか判断がつきかねていた。実際には凝視していたのだが、幸いバレてはいない様なので、そんなゲスい俺を咎める人は存在しなかった。
そしてそれとは、南部さんのパンツとお尻の事だった。
丁度南部さんの後ろに立っていた俺には見えていたのだ。約60度程の前傾姿勢と、極端に短くアレンジされた制服のスカートの融合によって、青と白の横縞模様のパンツが見えていた。別に全体像が見えていた訳ではなかったが、柔らかそうなお尻に、若干の食い込みが生じていた部分のみ、見えていた。
しかしそれは逆にエロさを数倍にも膨れ上げさせていた。
元々南部さんの肌は色白でスタイルも良かった。だが、やはり南部さんも女の子なのかお尻は小振りながらも、モチモチしているのかパンツの圧力によって肉が凹む。触らずとしても分かる程のムッチリとした弾力性のあるお尻をしていた。それがたまらなくエロく感じて、俺は興奮を覚える。下半身に血液が凄い勢いで流れ込むのを感じ、俺はそれを辛うじて残っていた理性で封じ込める。
そもそも南部さんの美脚には、嫌でも目がいってしまっていた。色白の傷が全くない綺麗な足。筋肉がついており、モデルの様に長くすらっとした引き締まった足。どんな風に見ても非の打ち所がない足に、学校指定の長めの黒のスクールソックスを履いていた。白と黒の相反する色によって、更に強調された足はもはや芸術品の域に到達していた。
しかしそんな俺を殺しにかかる扇情的な映像は、俺の理性崩壊のタイムリミット寸前で一旦打ち切られる。俺は理性の崩壊を食い止める事に成功して、思わず安堵のため息を漏らす。
(なんて心臓に悪い映像なんだ。ありがとうございます。)
そんな俺の心情を知る由もない南部さん。
「隼人も飲むでしょ?」
そしてまさかの2つ目のコーヒーの抽出に取り掛かっていた。恐らく俺の分までお金を出して用意してくれているのだろうが、そんな気遣いは今の状況としてはありがたいのか、ありがたくないのかよく分からなかった。いや、確実にありがたいのだろう。
そしてそんな俺には目を逸らせば解決するという簡単な事にすら気づかない程には、冷静さを欠いていた。
突然始まった第二ラウンドもなんとか耐え凌いだ俺は、南部さんからコーヒーが注がれた紙コップを渡させる。「ありがとう」と、震えた声で軽く謝辞を述べてからカップに口をつける。
コーヒーメーカーで抽出されたのだから、当然の様に苦味と酸味は強く、普段の俺はあまり好まない味だったが、その味は俺を冷静にさせるには丁度良いものだったので、結果的には助けられる形となった。
結局俺は南部さんと休憩室で交わした会話の内容は、お尻とパンツに浸食され、殆どが塗り替えられてしまった……。
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俺がラッキースケベに苛まれている内に、気がつくと金曜日になっていた。今日の授業も終わりを告げ、既に部活の真っ最中だった。
更に俺は既にペア決めを半ば諦めており、ランダム選出に任せるつもりでいた。助けを求める人物がいないのなら、そこまでだと俺は少し冷めた考えを持っていた。俺自身としては、ペアが誰になったもしても、俺が目指している結果にはあまり左右してこない(一蓮托生なら話は別だが)と考えていたからだ。
そんな中、トレーニングによって疲れの色を見せる中条さんが俺に近寄ってくる。運動能力が比較的に高い神無月さんや春雨さんですら普段より辛そうにしていたので、中条さんが最後までついてこれた事に俺は素直に驚いていた。
因みに俺達4人(神無月さん、春雨さん、中条さん、俺)は休憩に入っていたのだが、その前にランニングをしていたので、他の1年生は周回遅れの為、ここにはいなかった。勝也はもう直ぐ終わりそうではあったが。
そして3周程周回遅れになっている三神を見ていると、春雨さんのペアとして少し心配になってくる。
俺はしれっと隣に座る中条さんに意識を引き戻し、彼女の様子を確認する。軽く水分補給をした後、汗をタオルで拭き取り、乱れた髪を手櫛で整える。Tシャツは汗で若干濡れていたが、ピンク色のTシャツだったので、下着が透けて見えている事はなかった。
しかし今もそうだが、さも当然の様に隣に座ってきたり、隣で体の汗を拭くのはどうなのだろうか?
言ってしまえば無防備な上、悪く言えば馴れ馴れしい。別に俺は不快ではないのだが、そうなるまでの経緯が不明だった。以前からずっと思っていた疑問だったが、俺は結局聞けずに終わり、分からず仕舞いだった。そもそも中条さんから会話の主導権を奪い取る事は一生出来ないのではないだろうかと、そんな気さえしていた。
そして、不意に中条さんは前屈みになり靴紐を締め直していた。白い綺麗なうなじがやっほーと顔を覗かせ、汗がタイミングよく滴る。俺はそんな事さえも計算済みなのではないかと疑い警戒してしまうが、俺の体は正直だった。運動した事によって体温が上昇する訳でもなく、酸素を激しく循環させる為に心拍数が上昇している訳ではないのに、体温と心拍数は上昇の一途を辿るのだ。
それは中条さんを1人の女の子として意識していた結果だった。その艶かしいうなじに、俺の視線は吸い込まれる。上体を起こしても、Tシャツ越しに感じとる事の出来る、ふっくらとした双丘。プルプルした唇にくりくりした大きな瞳。それをふんだんに使用した天使の微笑み。普段からそのニコニコ笑顔で人を明るくする。
そして甘い猫撫で声で囁いてくるのだから、中条さんはずるいと思う。
俺は中条さんに見惚れつつも、それを表に出さないようにその感情を極寒の冷気で冷却し続けていた。
(俺は今どんな顔をしているのだろう。アルカイックスマイルを浮かべているのだろうか?それとも仮面の様な貼り付けた笑顔なのだろうか。それとも……?)
俺はそんなよく分からない事を考えていた。そんな俺に中条さんは、右手に添えるように手を重ねてくる。中条さんの手はとても柔らかく、少しひんやりしたものだった。俺は普段ならそこで心臓を跳ね上げさせ、取り乱していたかもしれない。
しかし今日は違った。先程の事を含めて、恐らく半自動的に俺の中でその事象をいちデータとして読み込んで、受け流してしまったのだろう。
俺としてはそれはあまり気分の良いものではなかった。普通の人として、その感情は失いたくなかった。そんな俺の葛藤を知る由もない中条さんに普段の様に話し掛けられる。
「隼人君、まだペア出来てないって聞いたんだけど、大丈夫なの?」
「うん、多分大丈夫。中条さんのありがたい誘いを断ったんだからしっかりペアを見つけるよ。」
「やっぱり私が石川君とペアを組まなかったほうがよかったよね、ごめん。」
「それは違う。」
「え?」
分かりやすく動揺した中条さんはキョトンと首を傾げた。
「中条さんの判断は間違ってないし、それによって俺が困った訳でもない。だから謝る必要なんてない。それだけだよ。」
不意に漏れ出た言葉を紡ぐ途中、無性に恥ずかしくなった俺は無理に言葉を締めた。
しかし中条さんはそこで終わらせるつもりはなかった。
「隼人君は優しいね。」
「そんな事はないよ。」
天使の様な笑顔で返された言葉に、俺は無表情で雑に返す。
「無条件な優しさなんてない。」
俺はそこで一度黙り込み、今みでの話の流れをざっくり切り落とす事にした。それは会話の流れ的には意味不明だったし、爆弾を投下するのも当然の行為だった。
しかしこれ以上俺のペアの話をしたい訳でもなく、中条さんにある事を聞くにはちょうど良い機会だと思ったからだ。
それに一度彼女のテリトリーに、土足で侵入してみるのも悪くはないと思ってしまったのだ。
「君は中条世界を知ってるよね?」
そして俺はそんな人物の名前を呟く。ひと昔前のキラキラネームと呼ばれた名残りの名前なので、中条さんは直ぐに人の名前だと気づく。恐らくそれ以前に、別の理由で簡単に気づいていただろうが。
「……その名前、どこで知ったの?……それに、その呼び方をしないで!」
「中条さんの手帳をちらりと覗いた時にね。それに世界さんの名前嫌いも知ってる。」
俺は中条さんから初めて向けられる怒りの感情を意にも介さず、淡々と告げた。それに俺は世界さんの事を中条さんの手帳で見る前から知っていたが、知った経緯が経緯なので、その事については中条さんには伝えるつもりはなかった。
「世界さんと俺が話した時は、会った事がない孫がいるっていう話をしてた。それって、中条さんの事だよね?」
「……うん。」
中条さんは先程のまでの笑顔はなく、眉を顰めて睨んできていた。
しかし俺の言葉を聞いた途端、俯いて力無く呟くが、俺の手を握る力は次第に強くなっていた。それはこれ以上何も言わないで欲しいと伝えている様にもとれた。
そして結局それ以降、その話に関する会話が発生する事はなかった。
俺はなぜ、そこで話をやめてしまったのかよく分からなかった。それは中条さんが弱々しく見え、それ以上彼女を追い込みたくなかったからだろうか。それとも彼女の拒絶を素直に受け取ったからだろうか?
沈黙の間、考え続けたが、結局答えは見つからなかった……。




