12-1 お食事件
異能実習授業が初めて行われた日から既に2日過ぎており、その間に俺は誰からもペアに誘われる事はなかった。石川との一件も加味されたのか、警戒して誰も話し掛けてこれない状態にあったみたいだ。
しかしその間にもペアは続々と決められており、クラスには必然的に学校側の基準で能力が低い者達が残ってしまう。要するに余り物だ。
皆の行動は俺の予想していたよりも早いものだったが、状況的には概ね俺の思惑通りに事が運んでいた。
神無月さんはあの夏威との一件の後、どうなったのかを詳しく聞いてはいないが、相も変わらず普段通りの様子なので、敢えてそれについては言及する事はしなかった。
そして神無月さんは勝也とペアを組んだ様だ。どういった基準で選んだのかは不明だが、勝也曰く神無月さんから誘ってきたとの事なので、二つ返事で引き受けたらしい。その事で勝也はとても嬉しかったのか、その日から今日まで、自慢話を聞かされ続けた俺と竜星は既に短い日数ながらもうんざりとしていた。
勝也は女子への誘いが全く上手くいっていなかった事の反動も加味されてしまっていたのだろう。
そして木曜日の今日、午前中の3限と4限の合併の体育の授業にて室内テニスが行われていた。テニスコートは8面。部活で使用されているものを授業でそのまま使用しているので、設備としてはかなり大掛かりなものだった。今日は珍しく雨が降っていたのだが、だからといって屋内になっているわけではなく、元々テニスコートは屋内にしか設置されていないからだ。
今回は2回目の授業で、前回の基本的な振り方やルールの確認などで終わる事なく、ダブルスによる試合が行われていた。試合といっても初心者同士のお遊び程度のものだったので、経験者には呆気なくボコボコにされたりもした。
このダブルスは交流を深める事を目的としたらしく、ペアの相手は先生が無作為に決めていた。今週と来週までこのペアは継続するらしく、俺はこの気まずい雰囲気をなんとかしようと何度も試みてはいた。
そう、俺のペアの相手は女子になったのだが、今まで一度も話した事はなく、どう話題を振ればいいのか困っていた。
その女子は林果穂。
茶髪で脇の高さで切りそろえられたダウンヘアー。つり目の整った顔立ちをしており、クラスでも当初は可愛い子として注目を浴びていたが、基本的に無口で人見知りらしく、扱いが難しい存在の為、クラスでは少々浮いてしまっている事は俺でも知っている事だった。
俺が考え抜いた話題を振っても最低限の返事のみ。林さんは何やら会話を続けたいのか、何度も口をモゴモゴとさせるが、結局それが言葉という実になる事はない。視線も俺に合わせる事は基本的にはなく、俺の体の輪郭をなぞる様にぐるぐると視線を泳がせていた。
どこか春雨さんと似た雰囲気を感じとったが、それくらいしか俺には分からなかった。
俺達の中に発生する会話は他のペアよりも数段少なかったが、林さんはある程度の運動能力を備えていたので、順当に勝つ事は出来ていた。
しかしこれではダブルスと言うよりは、シングルスに近いものだった。終盤では少し打ち解けてきた気がしたが、結局のところその状態のまま授業は終わりを迎えた。
最後に林さんは「ありがとう新海君。久しぶりに楽しかった……。」と、可愛いらしいソプラノ声で伝えてくれはした。体温の上昇に伴い少し紅潮した頬と優しい笑顔は俺を惑わすには十分過ぎた。
そんな色香に当てられつつも、片付け作業に取り掛かる。
そして、顔が可愛くてもコミュニケーション能力が高くないと、友達作りには苦労するのを目の当たりにして、俺もコミュニケーションの大事さを再認識していた……。
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授業の後の予定としては、春雨さんと神無月さんと一緒に昼食を摂る事になっていた。今日は普段と違い、休憩室での昼食タイムなので、少し新鮮味がある。
今週は竜星と勝也、中条さんに崎田さんの俺を含めた5人で食堂を利用していたのだが、春雨さんとの以前からの約束に加えて、試験の事を詳しく聞く為に集まる事になっていた。部活中にも試験関連の話題は出るのだが、改めて話す事も重要だろう。
俺は既にテーブルを囲む様に座っている2人をガラス扉越しに確認して、中に入る。丸机が2つ用意され、2人は横に並んで座っていた。俺は春雨さんの前の椅子に座る。
ここでは昼食は出てこないので、3人とも持参の弁当の形になる。俺は弁当を作るのは初めてだった事で弁当箱すら持っておらず、昨日の夜に弁当箱を買うという事をしていたりした。
そんな昨夜の事を思い出しつつ、俺はいそいそと弁当箱の蓋を開けて中身を確認する。昨日の夕飯の残り物と、朝に作ったウインナーと卵焼きの簡単な中身だったが、俺はこの機会を楽しみにしていた。それは皆の弁当の中身で具材交換をする事に憧れていたからだ。俺は目をキラキラ輝かせながら春雨さんと神無月さんの弁当を覗く。2人とも美味しそうに盛り付けられ、色鮮やかな中身をしており、食欲をそそられる。
そんな俺の視線を感じ、考えをいとも容易く見抜いたのか、神無月さんは顔をむすっとさせ、「あげないわよ?」と、言ってきた。
しかし俺は知っていた。既に神無月さんは春雨さんとの具材交換をし終えている事に。
(おい、そこのタコさんウインナー、春雨さんが作ってきたやつだろ?バレてんだよ!チクショォォォォ!)
俺は台パン(机を叩きつける事)をなんとか抑えつつ、しょんぼりする。そんな悲しむ俺を見て、春雨さんは思うところがあったのか口をゆっくりと開く。もじもじさせながら顔をうっすら赤らめる春雨さんの姿が、俺には天使に見えた。
「し、新海君!私のと交換しませんか?」
「え、いいの?」
「はい!あ、これどうですか?タコさんウインナーです!可愛いですか?」
そう言って春雨さんは、目をゴマで作られた可愛らしいタコさんウインナーを箸で摘み、差し出してくる。俺はそれを弁当に乗せてもらい、直ぐに口に運ぶ。
「うん、可愛い。しかも美味しいよ。」
「良かったです!その子は一郎です!」
「……ん?」
俺は春雨さんの元気いっぱいの笑顔を見て微笑んでいたが、謎の発言によって怪訝な顔になり、首を傾げる。明るい笑顔で言い放った春雨さんは俺の顔を見て、表情をパッと切り替えた。
「え、あ、いや、い、い、今のは私の趣味で、タコさんウインナーに名前をつけてるっていうか、あ、いや、や、やっぱり忘れてくださいぃぃ!」
凄い速さで椅子から立ち上がり、慌てふためく春雨さん。
俺はそれを見て、ケチャップを口にした訳ではなかったが、口の端から何故かケチャップが垂れる。
(とりあえず休憩室に、俺達以外誰もいなくてよかったね春雨さん。)
そんな俺が微笑ましく春雨さんを見ているのとは裏腹に、冷めた目つきの神無月さんが視線をこちらに寄越す。
「春雨さんの優しさに付け込んで具材交換をするなんて。どうせ具材交換する気満々だったのでしょう?」
「い、いや、俺はそんな事思ってた訳じゃ……」
「あ、じゃあ私は新海君の卵焼きをください!」
そんな俺達が話している内に冷静さを取り戻した春雨さんが、俺の弁当からヒョイと、1つの卵焼きを箸で摘んで口に運ぶ。それをゆっくり咀嚼して味わった春雨さんは頬に手を添えて、震えていた。とろけた表情も可愛らしくて、思わず俺も表情が緩む。
「ん〜!これ、甘くて柔らかくて美味しいです!新海君料理上手だったんですね!」
「そう?ありがと。女の子は少し甘めの方が好きかなって思って、砂糖を少しだけ増やして作ってきたんだよ。」
「へぇー、そうなんですか!私はこの味大好きです!優しい味がするので!」
春雨さんのそんな感想と笑顔に癒されていた俺だったが、神無月さんが放つ先端が鋭く尖った視線は、俺にグサグサと、痛い程に刺さっていた。
「やっぱり交換するつもりだったんじゃない。自分だけが食べるつもりなら、わざわざ女の子が好きそうな味付けにする必要なんてないもの。
そうでしょ?……ほら、なにか言ってみなさいよ。」
付け加えられたドヤ顔でそんな事を言われ、俺はぐうの音も出なくなっていた……。




