11-10 異常な姉弟
矢継ぎ早に買い物を済ませると、何かに追われているかの様にスーパーを出る俺達。買い物を強制的に終わらせる形になってしまったが、あの場にずっと留まっているよりはマシだろう。神無月さんも相変わらず俯いたまま何も言わないので、俺達は無言のまま寮への帰路を辿る。
俺達の間には会話がなかった事で、聞こえてくるのは微かな足音のみ。道路とは離れ、寮へと続く森林公園を歩いていたので、車や電車の騒音も聞こえる事はなかった。
そして後方から聞こえてくる足音に俺は顔だけをクルリと振り向かせ、既に薄暗い公園内で目を凝らしてその人物を確認する。神無月さんも俺が立ち止まった事によって足を止める。
そしてその人物は走ってこちらに向かって来ていたので、俺達の5m程離れた場所で歩き始め、少し荒げた息を整えていた。
次第に月明かりが差し込んでいた場所まで進み、その人物の端正な美貌が照らされる。
「……隼人君さぁ、分かってやってるよね?」
その人物は夏威だった。声を低くし、威圧する様に言葉を繋げる。
「流石に見過ごせないよ。」
そして普段の爽やか笑顔を浮かべてはいたが、明らかにその表情には烈火の如き怒気が混じっていた。俺は少し警戒しつつも、それを表面には出さない。
そんな中、神無月さんは夏威の見えない位置で、俺の制服の裾を力無く摘んでいた。
「なんの事だ?俺には話が見えてこないけど……。」
「今確信した。隼人君、さっきの試験に対しての態度も嘘だったんだね?」
「だからなんの話だよ?」
俺はあくまでも意味が分かっていない演技をまだ貫く。結局それも無意味に終わろうとしていたが、無駄ではないだろう。
「隼人君、気づいてて俺から姉さんを引き剥がしたよね?」
「何回も言うけどなんの話だ?さっきは神無月さんが居心地悪そうだったから連れ出したけど……。」
「だめだ。それじゃあだめなんだ。そんなのあっちゃいけない事だよ。」
夏威は呆れた様子で首を横に振る。その後肩の力を抜いて俯き、何やら呪文を唱える様にブツブツ呟いていたが、この距離では聞き取る事は出来なかった。
「新海君、もうやめて……。」
「え?」
俺は神無月さんの予想だにしていなかった言葉に思わず顔を振り向けてしまい、その言葉の意味を知るには言葉が足りなすぎた。
そして振り向く行為は、今の俺にとっては命取りになってしまった。
次の瞬間。
俺は呼吸が出来なくなってしまう。それは呼吸器官が正常な働きを出来なくなった訳ではなく、簡単に取り込めるはずの空気が存在しなくなっていたのだ。
俺はこの状態に陥る事に思い当たる節があり、直ぐに夏威へと視線を戻す。俺は異能発現の予備動作を見ていなかったので、夏威の異能だとは特定出来るわけではなかったが、この場でそんな事が出来るのは夏威のみ。
そして以前見せた異能との酷似する点から俺は直ぐに対処に取り掛かる。
俺は3分程は平均的に息を止める事が出来る。
しかし今は唐突に呼吸を制限され、それを止めるためには動く必要もある。更に運動をする事によって、体内の酸素消費が加速し、タイムリミットは更に縮まる。
その為、俺は一気に5m程の距離を詰めて夏威の正面から掌底打ちを顔面に放つ。怒りに支配されていた夏威も、直ぐ様真剣な顔つきになり、冷静さを取り戻していた。夏威は俺の攻撃を左に顔をズラす事で、紙一重で回避する。夏威の必死の反撃は、腹部への右アッパーだったが、距離を縮めた事によって威力はそれ程でもなく、俺の左手で「パシッ」と、音を立てて軽く受け止める事に成功する。
しかし力を受け流すわけでもなく、真っ直ぐ受け止めた事で多少の痺れは残してしまうが、支障をきたす程ではなかった。
俺は夏威の若干崩れた姿勢を見逃す事はなく、制服の襟元を右手で掴み、先程受け止めた左手と右手で俺の元に強く引っ張る。夏威が前傾姿勢になったと同時に、右膝での膝蹴りを放つ。夏威は咄嗟に左手を腹部に滑り込ませていたが、その上から俺は鋭く突き上げる。「カハッ」と思わず息を漏らしていた夏威は、一瞬力が抜けたのを確認し、俺はすかさずそのまま背負い投げに転じる。
背負い投げをする為の体勢は既に整っていたので、俺は腰と腕の力で無理やり夏威を浮かして放り投げる。その投げは相手の事を全く考慮していない投げだった。地面に叩きつけて受け身を取らせるわけでもなく、俺は背負い投げの途中で掴んでいた腕を離し、力任せに空中に放り投げたのだ。それは相手を気絶させるよりも、距離を離す事を優先した結果だった。
流石に70〜80kgはあるであろう夏威を投げるのだから、俺の両腕の筋繊維は軽く悲鳴を上げていたが、そんなものは気にしていなかった。
そして俺と神無月さんから約90度方向に投げられた夏威は俺から7〜8m程多少のバウンドと共に転がり、木にぶつかる事で静止する。地面は芝生だったので、大事には至っていなそうだったが、地面に手を突き、よろよろとダメージを負った様子で立ち上がる夏威。俺はその動きを注視しつつ、一旦呼吸をする為にその場から離れる。自身はダメージを負い、空中に投げ飛ばされてもなお、異能の制御を切らさない精神力は称賛に値するものだった。
俺は10m程離れた場所で呼吸が出来る事を確認して、大きく息を吸い込む。流石の俺でも無呼吸状態での戦闘は辛いものがあった。一瞬の戦闘ではあったが、後5秒程経っていたら形勢は逆転していたかもしれない。
俺は一度大きく息を吸い込んだ後は、鼻から息を吸い込み、口を軽くすぼめて口から息を吐き出す事を繰り返していた。一種の呼吸法を使い、俺は目を見張るスピードで呼吸を整えながら、冷静さを回復していく。
唐突の戦闘によって焦っていた事もあり、力加減を少し誤った様で、夏威は立ち上がっても辛そうに腹部を押さえて咳き込んでいた。既に夏威は継続戦闘力を失っていたが、異能での攻撃手段が残っているので、俺は睨み付けながら注視し続ける。
そして俺は夏威のみに意識を向けていたので、もう1人の人物の接近に気づくのが遅れる。
しかしその少女は俺に攻撃をする訳ではなく、俺を止めようとしていた様だったので、俺は抵抗をする事はなくそれを受け入れる。
そして俺の右横から勢いよく抱きついてくる神無月さん。彼女の漆黒の髪は、月明かりに照らされて麗しく輝いていた。癖のない綺麗な髪がなびいて、俺に密着した事によって、神無月さんの心地よい甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
俺はその事と、神無月さんの弱々しい訴える様な声によって夏威への警戒心がスッと解かれるの感じる。
「やめて、新海君。もう、大丈夫だから。私は大丈夫だから……。だから、やめて。」
そんな夏威を想う優しい声。弱々しく今にも消えてしまいそうな儚さがあるが、しっかりと弟を想う気持ちは伝わってくる。俺は神無月さんに抱きつかれるのはとても気分が良かったのだが、とりあえずこの場ではそんな事を堪能している場面ではないと思い、俺から離れる様に呼び掛ける。
「大丈夫だよ神無月さん。もう大丈夫だから、ね。」
俺は神無月さんの頭をポンポンと優しく撫でた後、両肩に手を置いて引き剥がそうとする。神無月さんにもそれが伝わったのか、スッと俺から離れていく。
そして夏威の呻き声が聞こえたのか、ハッとした神無月さんは、慌てて駆け寄っていく。夏威に優しく寄り添う様に神無月さんは声を掛けていた。それは先程感じた2人の間にある壁は、俺には微塵も感じとる事はなかった。
「夏威!大丈夫!?」
「ゲホッ、ゲホッ、あぁ、なんとかね。ありがと、姉さん……。」
そんな声掛けが聞こえてくる。後はよく聞こえなかったのだが、夏威が本当に嬉しそうに笑っていたので、これで良かったのだろう。神無月さんに肩を貸してもらい、拙い足取りで近づいてくる夏威。俺はもう既に警戒する必要はないと分かっていたので、自然体で接する。
「今、隼人君には呆気なく負けちゃったけど、再来週の試験では僕が勝つからね……。」
「さぁ、どうかな?そもそも戦うとは決まってないしな?」
そんな俺の言葉を聞いて高らかに笑う夏威。
そして笑った事によって腹を痛めたのか、「イテテ」と声を漏らしていた。神無月さんは心配した様に見詰めていたので、夏威は直ぐに笑顔を取り繕う。
「大丈夫大丈夫。それじゃあ隼人君、楽しみにしてるよ。今度は絶対に負けないから。」
そう言って荷物を持って立ち去っていく神無月姉弟。神無月さんは「また学校で」と軽く言い残して去っていく。今日のところは2人の間には何も心配は要らなそうだ。俺も地面に落としていたスクールバックを拾い、付近の3人用ベンチに腰掛ける。俺は夜風に当たって少し考え事をしてから寮に戻る事にした。
そしてその時、俺はふと視線の端の木陰で何かが動いた気がした。俺は直ぐに目を凝らすも何も見つける事はなかった。疲れていた事もあり、気のせいかと思い、俺は直ぐにその事を忘れていった……。




