11-9 ペアの攻防②
「隼人君に姉さん!2人もお買い物かい?」
「えぇ、そうね……。」
唐突に普段の冷静さを欠き、語気を弱めてスッと目を伏せる神無月さん。普段の強気の姿勢は見られず、少し早口気味だ。やはり弟の夏威が苦手なのだろうか?それでも夏威は何処か嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべている。この2人の姉弟関係はよく分からないままだ。
そして南部さんは、2人の関係を今まで知らなかったみたいで、2人を見比べて驚いていた。
「え、2人はもしかして姉弟なの?」
「うんそうだよ。2卵生の双子なんだ。深夜の出産だったらしいから、姉さんが8月11日、俺が8月12日生まれなんだよね。」
「へぇー、そうだったのか。それは俺も初耳だったぞ。」
俺がその情報に素直に驚いていると、神無月さんは誕生日をバラされた事によってか「ぐむむむ」と、聞こえてきそうな程、頬を膨らませながら俺を睨み続けていた。そこは夏威を睨むべきだと思ったが、その表情はとても愛くるしく、抱き締めたい衝動に駆られてどうでもよくなっていた。
俺はそんな溢れ出す気持ちを一旦押し込めつつ、そして誕生日はしっかりと記憶しておく事にする。
「それで、姉さんはやっぱり隼人君とペアを組むの?」
そう夏威に話し掛けられ、最近の事情を考えるなら試験の話をしているのだと直ぐに分かる。すると俺を見ていた神無月さんは肩を微妙に跳ね上げた。
「新海君とはペアを組む予定は無いわ。」
「え、そうなの?俺はてっきり隼人君と組むのかと。なら……」
「夏威はもしかして南部さんとペアを組んだのか?」
俺はそこでわざと夏威の言葉に被せる様にして言い放つ。夏威は一瞬その端正な顔を不快そうに歪めるが、直ぐに笑顔に戻る。俺が神無月さんに助け舟を出したのが気に食わなかったのだろう。
「うんそうだよ。俺から南部さんにペアの誘いをしたんだ。既にペアの申請も通してある。」
「ったく、仕方なくよ、しーかーたーなーく。あたしも一応成績に関しては手を抜くつもりはなかったから、優秀な神無月君と仕方なく組んであげたまでの話よ。」
腕を組んで踏ん反り返る南部さん。普段の高圧的な態度は夏威に対しても同じな様だ。夏威は苦笑いを浮かべていたし、ねじ曲げられた性格は既に把握済みなのだろう。
「南部さんと夏威のペアか。もし、戦うとしたら厄介な相手になるな。まぁ、そんな機会は巡ってこないと思うし、戦うつもりもない。」
「あれ、隼人君あまり積極的じゃないの?隼人君の事だから、1学年の全クラスによるバトルロイヤルになりそうな事くらいは既に掴んでると思ったんだけど……。」
「いや、全然知らなかったが、そうなのか?俺はそもそも自分のペアの目星もついてないしな。」
そんな俺の消極的な態度を見てがっかりして、ため息を吐いた夏威。俺はわざとそういった風を装っていたのだが、夏威にとってはあまり好ましい事ではなかったようだ。
「隼人君と戦うの楽しみにしてたのに、本気の隼人君じゃないと戦う意味はないよ。そうなると楓ちゃん、だっけ?隼人君と前一緒にいた子。その子くらいかなぁ、倒しがいがあるの。」
腕を組み、「うーん」と唸りながら、頭を抱えていた夏威の言葉に反応する南部さん。
「え、楓って、金宮楓?」
「うん、そうだよ。隼人君の連れだから、一応調べておいたんだけど、かなりのやり手らしくて、楽しみにしていたんだよ。」
どうやって何を調べたのか気になったりしたが、聞く事はしなかった。恐らく夏威独自の情報網があるのだろう。
「えーあの子ぉ?あたし苦手なんだけど……。」
そう言って夏威の言葉を聞き、何故か顔を顰めて不満を露わにする南部さん。楓と何かあったのだろうかと考えていると、唐突にその当の本人が登場する。俺の背後から。
「ヒカリ、それは私のセリフなんだけど?」
「げ、か、楓。」
「げ、って、何よ!げ、って!そんなに嫌そうにしなくてもいいでしょ!」
「別にな、なんでもいいでしょ!?ところでなんであんたがここにいるのよ!」
「なんでもよくないし、なんでここにいちゃいけないよ!それに私の名前を呼んだのもあんたでしょ!?」
唐突に騒がしく口論を始める楓と南部さん。
そしてそれを必死に宥めようとしている大崎さんの健気な姿が。
「か、楓ちゃん。落ち着いて、落ち着いて?!ここスーパーだからあんまり大きい声出すと……。」
そんな自信の無さそうな小さめの声で呼び掛ける大崎さんの言葉は、どんどんヒートアップしていく2人には届いていないみたいだ。俺はそんな2人を見兼ねて声を掛ける。
「おい、お前達。ここスーパーだから声のボ……」
「「隼人は黙ってて!!」」
「はい……。」
俺は2人の言葉に気圧されて思わず身を引いてしまう。2人は実は仲が良いのではないかと疑うくらい、息が合っていた。喧嘩するほど仲がいいって言うしな。
そして2人の言い合いはエスカレートしていく。
「ちょっと、なんでヒカリが隼人呼びなのよ!」
「べ、別にいいでしょ!?あたしが隼人をどう呼ぼうなんて自由でしょ!?それになんであんたも隼人呼びなのよ!」
「私は隼人の幼馴染みだからね!あんたとは格が違うのよ。お分かり?」
「うぐっ……。」
楓が特に威張る事でもないものを自慢げに言い放つと、意外にも悔しそうに下唇を噛む南部さん。この2人は何の言い争いをしているのだろうか。
そしてそれを必死に宥めようとして、オロオロ楓の周りを彷徨いているが、残念ながら何も出来ていなかった。そんな大崎さんが少し可哀想に思えてくる。
「金宮さん、今度の試験楽しみにしてるからね。」
「え、あ、はい?」
そんな南部さんと楓の言い争いに、自然に割って入って言葉を発した後、夏威はウインクを楓に向けて飛ばす。夏威としては社交辞令に近く、挨拶感覚でそれをしたみたいだが、楓は間に受けたのか口をひくつかせていた。誰がどう見てもドン引きしている楓は、夏威のおかげ?で、言い争いはやめた。その事に大崎さんは年相応の胸を撫で下ろしていた。
「それで、なんで楓がここにいるの?あんたガサツだから料理とかどうせ出来ないからご飯もコンビニとか外食で済ませてるでしょ。」
「うぐっ……。別にりょ、料理が出来なくてもスーパーくらい来るわよ!今は沙代ちゃんに料理を教えてもらってるのよ!それであんたこそ料理出来るの?」
煽る様に言われた事にダメージを受けつつ、楓は強気に切り返すが、それが悪手だとこの場では俺(恐らく夏威もだが)は思っていた。実際楓にそう言われて南部さんは、一度大崎さんをチラリと見た後鼻で笑う。
(大崎さんへの攻撃はやめたほうがいい。既に瀕死だから。)
「ハッ!あたし料理は大の得意ですよぉーだ。隼人に聞いてみればぁ?」
「えぇ!?」
自信満々に勝ちを確信した笑みを浮かべる南部さんは俺に確かめる様に言ってきた。その事で楓が直ぐにバッと振り向き、俺を睨んでくる。俺はそれを受け流す様に事実だけを淡々と述べる。
「確かに南部さんの料理の腕は確かだよ。実際に食べさせてもらったし、俺が保証するよ。」
「ほらっ、隼人もそう言ってるでしょ?」
俺が南部さんを褒め、南部さんが煽る。楓のメンタルをごっそり削り取るには十分だった。楓は目を潤わせながら、俺の制服の上着を掴んで激しく揺さぶってくる。
「なっ、なっ、なんで隼人ヒカリの手料理食べた事あるのよ!ねぇ、なんでよ!私のも食べてよぉぉぉ!!」
「お、おい、ばかっ、やめろって!」
俺は必死に揺さぶってくる楓を引き剥がそうとするが、なかなか離れようとしない。そんな楓の幼児退行を見て、勝ち誇って鼻を長くしていた南部さんは、根の素直なところが出てきたのか、だんだんと表情を心配の色に変え、オロオロし始める。何か声を掛けようとしてブツブツ言っているが、上手く言葉に出来ていないみたいだ。
そして俺達がギャーギャーと騒ぎ立てるものだから(主に楓のせいだが)、自然と視線が集まってくる。元々4人とも美少女なのもあり、周りの客には色々と誤解されていそうだった。そんな好奇の視線に晒され続けていたので、大崎さんは顔を真っ赤に染め上げ、俯いていた。今にも頭から湯気が立ち込めそうな大崎さんも心配だったが、俺としては神無月さんも心配だった。
夏威が姿を現してからは空気に徹する様な動きを見せる神無月さん。夏威に話し掛けられると、最低限の返答は返していたが、それだけ。そろそろ神無月さんのサルベージと事態の収拾を図る為に、俺は行動に移す。
とりあえず楓を俺から引き剥がそうと全力で試みる。涙を堪えて必死になっている楓は見ていてとても面白く、愛おしいものであったが、俺の制服が引きちぎれるのは嫌だったので穏便な手段を採る。
俺は楓の耳元にそっと近づき、いつもより甘い声を意識して楓が取り乱す様な言葉をチョイスして囁く。
「楓、今日も可愛いね。」
俺がそう囁くと楓はピタリと動きを止める。思考回路がショートした様に頭の上部から、湯気が湧き上がるのを幻視する。それ程楓の顔は朱色に染められていた。
俺は楓の力無き手を引き剥がして、神無月さんの腕を優しく掴みその場から立ち去ろうとする。
「じゃあ、俺はお先ー。」
「へ、ちょ、し、新海君!?」
俺が唐突にレジに向けて走り出したので、神無月さんは困惑の表情を浮かべ、足を若干もつれさせながらもついてくる。背後から夏威の呼び止める声が聞こえてきて、神無月さんはチラリと振り向いていたが、直ぐに前を向いたのを、尻目で俺は見ていた。
申し訳なさそうに歯を食いしばる表情も……。




