2-1 前途多難
俺は自身で勝手に自分を追い込み、気分最悪な状態だったが、それを周囲に悟られるわけにはいかないので表情筋を使い、無理矢理普段通りを装って藤堂に話掛けようとした。
しかしそんな俺に対して予想外の人物から声を掛けられた。
「ごめんなさい、新海君。この後2人っきりで食事でもどうかしら?」
「はいぃ?」
俺はそんな唐突な食事の誘いに動揺を隠せず、思わず間抜けな声を上げる。
(え、どうゆうこと?も、もしかして、愛の告白とか?ま、まじかよ。俺にも心の準備ががが…。)
ふざけるのもそろそろやめて本題に入ろう。
まず俺に話し掛けてきたのは神無月さんだった。俺が友達作りに奮闘していた際、一刀両断してきたあの神無月曜だ。まず話し掛けられる事に身に覚えはある。弟の夏威が言っていたが、父から忠告をされているはずだ。そのことでなら見当はついていた。
とりあえず神無月曜ついて話をしよう。まず最初見た時も思ったが綺麗な肌に、魅惑的な瞳。長いまつ毛に、少しだけ色気がある唇。艶やかな漆黒のロング。スタイルもよく、スラリと伸びた綺麗な足。まな板じゃない点も個人的には高評価だ。総評して容姿端麗。まさに「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」そんな言葉がお似合いだろう。無表情から変わる事のない冷静沈着な彼女の表情は、淑やかさも若干兼ね備えていた。
とりあえず俺は、そこで神無月さんの心境を探る為に目をじっと見つめてみた。神無月さんは真剣な面持ちでこちらを見つめ返してくる。
(本気だな。はぁ…嫌な予感しかしないよ。)
俺はため息を吐きながら、とりあえず逃げ道が用意出来るか聞いてみた。
「いいけど…藤堂も一緒じゃだめかな?」
「ダメね。私はあなたに用があるの。はぐらかそうとするの、やめてもらえるかしら。」
どうやら、YESと答えたら俺の逃げ道はなくなるらしい。俺は数瞬悩んだ末、この誘いにあえて乗ることにした。
「分かった、いいよ。それで?場所は食堂かな?」
「いいえ違うわ。私、話すのにいいカフェ知ってるの。そこでいいかしら?」
「分かった。任せるよ。…とゆうわけだ、すまん藤堂。今日は俺抜きで食べてくれ。」
俺は神無月さんとの話に一段落つけると振り返り藤堂にそう伝えた。
「うん、僕は大丈夫だけど…。ううん、なんでもない。」
藤堂は少し変な事を言いつつも納得してくれたようなので、俺達は席から立ち上がり教室を後にした。ちなみに俺は神無月さんの後ろをついていったのだが、その際に鼻腔をくすぐるような甘酸っぱいいい匂いがした。
(女の子って、なんでいい匂いするんだろうね?)
俺はそんな事を考えつつも、気を引き締めていた……。
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神無月さんに連れて行ってもらい入ったカフェは、大通りから路地に入り、いわゆる穴場と言われそうな地下にある小洒落たカフェだった。絵などが飾られていたが、俺にはその価値を判断する事は出来なかったが。
そして店内は落ち着いた雰囲気で満たされており、従業員もマスター1人と人にあまり聞かれたくない話をするにはちょうど良い場所だった。
(へぇーいいじゃんこの場所。今度誰か誘ってみようかな?)
俺はこの雰囲気が少し気に入り、キョロキョロと辺りを見渡してから神無月さんの対面に座る。店内に客は誰もいなかったので手前のテーブル席に俺達は座る事になった。
「新海君。とりあえず注文を済ませて貰えるかしら。誘ったのは私だから会計も私が持つわ。」
「え、まじ?うーん…なら、ありがたく甘えさせてもらおうかな。」
俺はこういったカフェを訪れた事がなかったので実は少しだけだが緊張していた。俺は最初特別意識していなかった事があったのだが、席に着き、ふと冷静になって状況を確認すると気づいた事があった。
(あれ?思ったけど俺……こんな美少女と2人っきりで食事して、なんかデートしてるみたいじゃね?うおおおおお、やべぇぇ、まずいぞ、なんか意識したら神無月さんがまじで可愛く見えてきた…いや、元々十分可愛いんだけど…さらに可愛く見える…。馬鹿野郎、俺のバカ。そんな甘い甘い話をしにきたわけじゃないぞ、切り替えろ!)
俺は神無月さんを可愛いと形容するしか出来なくなる程、語彙力を失い動揺していた。そんな俺は動揺を隠すためにメニューにさっと目を通してから適当に注文する事にした。なるべく平静を装って。
「あ、注文いいですか?オムライスと…オレンジジュースで。」
「私はサンドイッチのセットと、アールグレイを頼めるかしら?」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
マスターの歩き方は滑らかで足音も少なく見ただけでも実力者だと俺は気づいた。
(この世界実力者が多すぎて困るんだよ…。)
そして俺は注文する時に無駄に早口だったので神無月さんが首を傾げ、不思議そうに俺を見ていたりした。そして神無月さんから話の本題に切り込んでくる。
「単刀直入に言うわ。私が見る限りあなたは父上に忠告をされるほどの人物とは思えない。あなた本当はいったい何を考えているの?」
どうやら神無月さんなりに警戒し、俺という人物を観察していたみたいだ。しかし確証は得る事が出来なかったようだ。疑惑の目で見つめてくるので直ぐにそう予想がついた。
「いや何を考えてるの?って言われても困るよ。何も考えてない。行き当たりばったりだよ。」
俺の言っている事は本当だった。特に何も考えてない。深読みされても困る。ずいぶんと俺は過大評価されているのかもしれない。
「私は最初あなたに話し掛けられて驚いたわ。まず行き当たりばったりすぎる行動が多すぎる。なぜ名前が座席表という形で掲載されていたのに、それも見てない。最初に名前を聞かれた時は思わず驚いたわ。
それでも、知っている上で聞いて挨拶みたいなものの可能性もあったから、とりあえずスルーして2日程あなたを観察してみたわ。その結果は最初に受けた印象とさほど差異がないと結論づけたわ。」
そこであえて、神無月さんは黙って間を開ける。そう、終始この場で俺の表情、目線、表情筋の緊張度などを全て観察されているというわけだ。俺はこの戦いで負けるつもりはさらさらなかったのだが、神無月さんはこういった一面からも結論を出してきた。
「あなたやはり何か隠しているでしょう?全ての行動が私には理解出来ないほど、計算され尽くした動きのようにも思えてきたわ。そもそもこんな話をされたら、普通の人は顔…いえ、全身のどこかに信号を出すはず…。なのにあなたは無、何も変わらない。何も発しない。そんな人が普通なわけないでしょう?」
(失敗か。そうか隠しすぎたか。まだそこらへんの調節が上手くいってないな。)
俺はそんな事を思いつつ、ダメ元で誤魔化してみようとする。
「そ、そんな事ないよ。ちょっと、神無月さんが可愛い過ぎて…そんなに見つめられると緊張して何も出来なかっただけだよ…?」
「あなたそれ、本気で言ってる?」
神無月さんは目を細めて俺を睨んでくる。そんな視線を受けて俺は苦笑いして、真顔を崩した。
そこでマスターが注文の品を運んでくる。
「ご注文のオムライスと、オレンジジュースです。」
「ありがとうございます。」
俺は軽く会釈すると、マスターは微笑みを返してくる。そして、神無月さんに視線を向ける。
「サンドイッチとアールグレイです。では、ごゆっくりどうぞ。」
「……。」
注文の品が届いても、神無月さんは黙って俺を見つめ続けていた。その居心地の悪くなる視線を向け続けられ、俺は堪らず降参する。
「あ、あの、神無月さん?」
「何?」
「そんなに見つめられると食べにくいんだけど…。」
「そう?…はぁ、なら一旦料理を食べてしまいましょう。」
俺はこの緊張した場面で表情にも出さなかったが、実はニヤニヤがとまらなく、少しだけ困っていた。
(ちくしょうぉぉぉ!さっき無駄にデートとか余計な事考えたせいでまじてニヤけてしまう…。や、やべぇぇぇ。)
そんなふざけた事を考えていた俺は神無月さんに話しかけられる。
「新海君。ちょっといいかしら?」
「な、何かな?」
「そのオムライスに、「ハート」でも書いてあげましょうか?」
「は?」
「い、いえ、なんでもないわ。気にしないでちょうだい…。」
(え…?こ、怖っ?!)
俺は神無月さんの意外と抜けてる面?を見てしまったわけだが、それは俺にとって怪奇的な言葉だったせいで俺の思考は一気に雑念を振り払い、クリアになっていった。そして、そんな俺とは対照的に神無月さんの頬はほんのりと朱に染まっていた……。
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食事を終えた俺は、紅茶を飲む神無月さんに視線を送っていた。紅茶を飲む姿を見ているだけなのに、なぜか飽きない。神無月さんの動きは全てが様になっている。俺は芸術作品を見るかの様に、ぼーっとしつつ眺め続ける。流石にそんなにずっと見つめていると神無月さんと目が合い、俺は一瞬ドキッとする。
「何?」
「い、いや、神無月さんって黙って見ている分には絵になるよね…。」
「………。」
「いやなんでもないです…。」
俺は神無月さんの無言の圧力に負け、前言を撤回した…。トホホ。
そして俺はそろそろ神無月さんが結局何がしたいのかを言ってくる頃合いだと思っていた。
「ちょっといいかしら?」
「な、なにかな?」
「私あなたには顔を合わせてるだけでは勝てそうにないから…私と、決闘してくれない」
「嫌だ。」
俺は予想通り本題を切り出してきた神無月さんの言葉に、わざと被せるようにして言い放った。神無月さんは眉を顰め、首を傾げながら質問してくる。
「…何故?」
「え?俺弱いから勝てるわけないじゃん。神無月さんって強いんでしょ?そんな、わざわざ負け戦なんてしたくないよ。」
「あなた、いい加減に…。」
どうやら俺の言った言葉が挑発の様に聞こえたようだ。神無月さんの言葉には若干の怒気が含まれていた。
そこで俺は右手を前に突き出して神無月さんを制止させて少し思案した。そして俺は彼女の力量を計る事と別の事を思いつき、決闘を受けることにした。
「分かった、いいよ。だけど日時は俺に決めさせてくれないか?」
「凄い気の変わりようね…?まぁ、いいわ。了承してくれるなら私は文句はないわ。」
綺麗な掌返しに疑問を持つのは当然だろう。俺はこの了承は打算的なものがあった。
「ありがと。…日時決めたら連絡したいから連絡先教えてくれない?」
「分かったわ。」
そうして俺は神無月さんの連絡先をさりげなく手に入れることに成功した……。
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俺達はカフェを出て学校に向かっていた。午後からの授業があるからだ。神無月さんとしては、もう少し話があったみたいだが、あえて話を1つ飲む事で無理やりこっちのペースに持ち込む事で、話を終わらせた。そして俺は学校に向かう中、さっきのカフェでのやりとりを思い出す。
(俺なんであんなキザなセリフをぽんぽん言えたんだろう?あれが洒落たカフェの力だったのか?)
そんな事を思い出して自分自身で気持ち悪くなり、俺は身震いをした。そんな俺を見ていた神無月さんは目を白黒させていた。
(ごめん、神無月さん、変なやつで…。)
一方、神無月さんはこんな事を思っていたらしい。
(まだ4月上旬だし、体でも冷えたのかしら?オレンジジュースも飲んでいたし…。)
少し…というか大分的外れな事を思っていた。こうして、俺達は学校に到着してからも教室に入るまで無言の時間を過ごした……。