11-5 一悶着
「ねぇ新海君、あなたはペア、どうするつもりなの?」
神無月さんから飛んできた質問は、予想していた内容であったので、俺は戸惑う事なく返答する。
「決めるのはまだ先でいいと思ってる。正直言って未知数な要素が多すぎてどう事を運べばいいのか分からないかな。皆の出方を探ってみるよ。」
それは嘘だった。
俺は平然と嘘を吐き、誤魔化した。まだ何も考えずに動いているかのように思わせる為に。自身の中では他人の動きに関係なく動く計画は既に構築されていた。それはあえて言わない。恐らく神無月さんは俺とペアになりたくて話し掛けた訳ではないからだ。
そもそも神無月さんの出方には多少の興味があった。
そして神無月さんは俺の返答が少し不満だったのか、一瞬だけ眉を顰める。
「意外ね。あなたの事だから既に今後の事は決めているのかと思っていたのだけれど、まぁいいわ。それで今回の試験、私はあなたに挑戦しようと思ってる。勝てなくてもいい、どこまで自分の力だけで対抗出来るか、再確認したいの。ゆっくりしていられないのは最近思い知らされから。それにこれは1学年全てのクラスを巻き込んでの試験になると予測しているわ。私と他クラスとの差を知るには丁度良い機会ね。」
俺はその場から言いたい事を言って直ぐに立ち去ろうとする神無月さんに、皮肉をぶつけてみる。
「俺は、そんなに焦る必要はないと思う。そもそも友達ゼロ人の神無月さんがまともにペアを作れるのか?」
するとピタリと足を止め、ゆっくりと顔だけを振り向かせる。その顔には分かりやすく「殺す」と書いてあった気がするが、俺は笑顔貼り付け、ニコニコ顔で悠然と対処する。
そんな俺へと、竜星に加えて中条さんと勝也が自然と集まってくる。
そして付属品(言い方は悪いが)として、崎田さんも。崎田さんは竜星に一方的に腕組みをして、体をべったりとくっつけてニコニコ笑っていた。俺が目を離した隙に何があったのか少し気になったが、竜星のコロコロと激しく表情を変えながら慌てふためく様子を見て、何も聞かない事にした。勝也は血涙しながらその様子を悔しそうに見ていたが。
そして中条さんがさりげなく俺の右隣に陣取り、体を寄せてくる。俺は一気に体温が上昇し始めた事を理解する。密着しているわけではないが、やはり近距離にいるというだけで緊張してしまう。真横にピタリと寄られるせいで、表情も読み取れない。
俺はその現状を打破すべく行動を起こそうとするが、その前に中条さんに話し掛けられる。
「隼人君はもうペアを誰にするか決めた?」
そんな猫撫で声で聞かれ、自然と高鳴る鼓動を抑えて俺は声が上擦らないように注意しつつ返答する。
「いや、まだ決めれてないんだ。というか神無月さんと組んでみたかったね、既に断られたんだけどさ。だから今度は慎重に時間を置いて1人で考えようかなって。」
「そうなんだ……。もし、隼人君がいいって言うなら……私と組む?」
「え?」
俺は予想外の誘いに戸惑う。一応中条さんの事だから何かしらのアクションを起こしてくるとは予測していたのだが、実際に誘ってくるとは然程考えていなかったし、今このタイミングで言われるとは思ってもいなかった。
そして中条さんはその誘いをあまり周りには聞かれたくなかったのか声のボリュームを抑えていた。
しかしその行為は近くにいた勝也の手によって全て台無しにされる。
「えー!中条さん隼人と組むの?!」
そんな大声で放たれた言葉は当然クラスメイトの耳に届く。俺は一瞬勝也を殴りなくなる衝動に駆られたが、それを抑え込んで辺りを見渡す。自然と視線が壁際にいた俺達に集まり、どよめいたのを確認する。中条さんは俺にだけ聞こえる舌打ちをし、凄い剣幕で俺達に近づいてくる人物に視線を飛ばしていた。
「な、中条さん、さっき俺とは組めないって言ってたのに、な、何で新海を誘っているんだよ!?新海よりも俺の方がずっと強いし頼りになるだろ!」
普段のつり目をより一層吊り上げ、凄い勢いで詰め寄ってくる石川。それを直ぐ様止めに入る様に肩を掴む男子生徒が1人。
「おい新!落ち着けって、中条さんも怯えてるだろ?」
「す、すまんっ、悪かった。」
中条さんは怯えているのか、俺の体操服の裾を摘んでいる。そんな姿を見て素直に謝罪する石川。
(でもどういう事だ?中条さんは既に石川の誘いを断っているみたいだが……。)
「で、でもやっぱり中条さんはなんで俺じゃなくて新海なんだよっ?教えてくれないか?」
「そっ、それは隼人君は同じ、部活だし、運動能力が高いのは知ってたから、それで……。」
「で、でも、体育の体力テストでは俺がクラスで一番だったんだよ?新海なんか、確か普通くらいでパッとしない成績だったから俺と組んだほうが試験も上手くいって!なぁ頼むよ!」
俺はそこでは空気に徹していたのだが、俺の中から何が込み上げてきた事により、わざと油を注ぐ様に煽る様な口調で口を挟んでしまう。
「俺は中条さんと組むつもりはない。けどな石川、お前と中条さんが組んでも俺は別にどうでもいいけど、今のそんな態度を取り続けるなら、女子と組む事は中条さんじゃなくてもオススメしないなぁ。」
そこで中条さんは「え?」と声を漏らして俺の顔を見上げてくる。その表情は普段の笑顔や時折見せる冷めた表情ではなく、驚きに全てを染められており、逆に石川はあからさまに顔を怒りに染め上げていた。石川は憤慨しながら声を大にして言い放つ。
「おい新海っ!テメェ何様のつもりだよ!ちょっと中条さんと仲がいいからってよぉ、調子乗ってんじゃねぇぞぉ!」
そこで先程と同様に仲裁に入ろうとする男子生徒。確か名前は橋本和也。慌ただしく俺に詰め寄ろうとする石川を肩を掴んで必死に止めようとしている。
「おい新!いい加減にしとけ!お前の怒りっぽい性格は直した方がいい!」
「で、でもよぉ和也、あいつ、笑ってやがるんだぜ?1発ぶん殴らねぇと気がすまねぇ!」
まだ口論しつつも、遂には橋本に背後から静止するように押さえ込まれる石川。目つきはしっかりと俺を見据え、睨んでくる。そんなに目の敵にされる事をした覚えは俺にはなかった。
しかし俺は石川に言われた事が少し気になって、顔に手を当てる。それで俺はやっと気づく。自分が笑っていた事に。俺は笑ってなどいないつもりだった。冷静に努めていたはずだった。いや、俺が口を挟んだ時から既に冷静ではなかったかもしれない。
そして俺は自身の中に渦巻く理解出来ない感情によって、心を苛まれる。
そうして石川が大きく手を上げ、事態が少し大事になりかけたところで1人の人物が割って入る。それは浜田先生だった。彼女は強く右足を踏み込む。勢いよく踏み込んだ足は音を一切立てる事なく、床に接している足から、「ブワッ」と、一気に熱波の様なものを放射される。
それは火傷をする様な熱さではなかったが、一瞬で汗ばむくらいの熱さと強烈な風を伴って強制的に俺達の間を取らせるように吹き荒れる。俺は瞬時に側にいた中条さんを庇うようにして、背を向けて軽く抱きつく様にしてそれを耐える。途中所々から女子生徒の悲鳴が聞こえてきたが、ただ驚いただけだろう。俺が踏ん張って耐えると、その2秒後には急激に気温が下がり、ひんやりとした空気に早変わりする。
その目まぐるしい気温の変化を確認した俺は振り返り、事の状況を確認する。浜田先生も加減を理解した上での異能の使用なので、特に怪我をした生徒はおらず、一番近くにいた石川と橋本も驚いて腰を抜かした程度で済んでいた。事態の収束を図るにしても少し派手な演出だった気がするが、まぁ先生もプロのはずなので、しっかりと冷静な判断の上で行われた事だろう。
「新海君に石川君、今は口論で済みましたが、その先は見過ごす事は出来ません。石川君が異能使用の予備動作を見せた時は先生も肝を冷やしました。今は注意で終わらせますけど、もう今後はこんな事はないように。いいですか?」
「「はい……。」」
浜田先生の説教姿は恐ろしい程……怖くなかった。普段の笑顔は消えて真剣な表情で怒っていたのだが、やはり普段の癖なのか、仕草がいちいち可愛いのである。
そしてプリプリとした説教姿と辺りのひんやりとした空気も相まって、俺は直ぐに冷静になる事が出来た。俺は一旦中条さんの無事を確認する。
「中条さん大丈夫だった?」
「え、う、うん。でも隼人君、さっきの顔……」
俺は無事を確認するとその後の事は無視をする様に背を向けて体育館のトイレに向かう。中条さんには悪かったが、今の俺には余裕がなかった。冷静になった事によって気付いてしまったのだ。
そして中条さんの怯えるような声、その表情を確認するのは怖かった……。
やはり先程の俺は何がおかしかった。普段しない様な事をしていたし、明らかに表情を制御出来ていなかった。俺は吐き気を催し、トイレの個室で便器に手をついて嘔吐する。
気分は最悪のまま、立ち上がろうとして一瞬平衡感覚を失い、倒れそうになるが、壁に手をついてなんとか持ち堪える。ふらつく足取りで立ち上がり、口の中を濯ごうとする。俺はその中で自身の異変に危機感を持ちながらも、目を背ける事にした。
そしてそれは、とうの昔に諦めてしまっていた事だったから……。




