10-2 気遣い
一通り話をし終えた俺達は結局、真面目な話に戻ろうとしていた。先程から一度も口を開こうとしなかった神無月さんが話し始めた事によって、空気がガラリと変わる。
「新海君。以前あなたに訊いてもはぐらかされていたし、今日改めて聞こうと思っていた事があったんだけど。訊いてもいいかしら?」
俺はそれを聞いて眉を顰める。その質問は簡単に予測が出来た。
そして、その予測通りの事を訊いてくる神無月さん。
「あなたは一体、何者なの?」
それを聞いて俺は一度楓を見る。楓は黙って首を横に振る。恐らく「言わない方がいい。」と言いたいのだろう。
しかしそれは口にしない。俺達だけが分かるアイコンタクトで確認した俺だったが、結局少しだけ喋る事にした。
「俺は、今の学校に来る前は、軍……VATに所属していた。」
それを聞いた2人は目を見開き驚いていたが、声を出したり、表情以外で動揺したのを見せる事はなかった。2人とも薄々分かっていたのか俺が予想していたよりは驚いてはいなかった。
「もしかして……金宮さんも?」
そんな竜星の鋭い質問。まぁ、そんな質問が流れで飛んでくる事は楓も分かっていたようで、コクリと黙って頷く。
それを見た神無月さんが少し不満そうに「今は簡単に認めるのね。」と声を漏らしていた。恐らく俺達が接触する前に2人きりだった神無月さんと楓の間で、同じ様な事を聞かれていたのだろう。楓は舌を微妙に出して「ゴメンネ」と謝るように両手を体の前で合わせていた。
俺はそんな様子を見つつも説明を続ける事にした。
「俺達は普通の部隊じゃなくて、少し特殊な部隊だったんだ。それである程度は実力のある奴らの中で俺達は戦ってきた。」
それを聞いた神無月さんは納得したように小さく頷く。
「だからあんなに強いのね。」
「え、神無月さん、隼人君が戦ってるの見た事あるの?」
竜星は意外そうに声を上擦らせながら驚いていた。神無月はコクリと小さく頷き、話を続ける。
「戦ってるのを見た事はないわ。戦った事はあるけど。」
「え?」
竜星は完全に意表を突かれて時間が止まったように動かなくなる。竜星は以前、俺と楓の軍関係なのではないかという決定的瞬間を目の当たりにはしていたが、実力に関しては全く見せてはいなかった。
身体能力に関しても体育の授業のお遊び程度。この場では竜星が完全に置いてけぼりを食らっていた。神無月さんはそれを分かっていつつも、説明が面倒なのか、視線を一度竜星に向けるが、直ぐに俺に戻して話を続ける。無慈悲だ……。
「でも、新海君の強さと相手は同格レベルだったのでしょう?その怪我とあなたの態度を見る限り。」
「そうだね。神無月さんは知っていると思うけど、1人は名前持ちだった。もう1人もそれ相当の実力者だったよ。まぁ、あんなのはごく僅かの突出した奴らだから、暗部の連中が全部が全部強い訳ではないよ。」
「そ、そうよね……。」
そう言って少し黙り悩んでいるよつだった。その後、スッと立ち上がる神無月さん。どうやらもう帰るみたいだ。「悔しい思いをしたから今からでも異能の鍛錬をする」とその横顔には書いてあった気がした。背を向け黙って部屋を出て行こうとする神無月さんの腕を俺は掴む。
その時、南部さんの腕を掴んだ時と同様に、その腕の細さに少しびっくりする。神無月さんはレイピアをしっかりと扱えるほど鍛えているはずなのに、こんなにも細い腕をしているところをみると、やはり女の子という事を意識させられる。鍛えている分、南部さんよりはしっかりとした腕で折れそうとは思わなかったが。
それと同時に神無月さんはピタリと動きを止め、楓は小動物を殺せそうな程の殺意の波動を俺に向けて放っていた。俺はストレスで胃が痛くなってきたのを我慢して、神無月さんに話し掛ける。
「無理、するなよ。」
「……えぇ、分かってるわ。」
俺は短く声を掛けて直ぐに手を離す。神無月さんは振り向かずに短い返事をして、そのまま立ち止まる事なく部屋を出て行く。俺は黙ってその後ろ姿を見届ける。神無月さんが病室を出てから30秒程静寂が訪れる。俺はカーテンの隙間からチラリと覗く夕日を見ていた。半分程地平線に沈んでいる太陽。そんな偉大な存在を見るとなんだか自分がちっぽけな存在に思えてくる。
俺はそんな感傷にひたっていると、竜星が再起動する。竜星は実はロボットなのではないかと疑うくらいの怪しい挙動だ。
思わず「ギギギ」と聞こえてきそうなくらいぎこちない動きは俺と楓を笑顔にするには十分だった。再び笑いに包まれる病室。竜星と友達である事の喜びに俺は胸を一杯にし、会話を楽しむ。俺を気遣ってくれたのか、竜星からどんどんと話題を振ってくれる。
その幸せな時間を過ごしていくうちに、俺は先程思っていた事はどうでもよくなっていた……。
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「じゃあそろそろ僕も帰るね。また明日、学校で。元気な顔を見れる事を楽しみにしてるから。」
「おう、またな!」
そう言って竜星は病室を出て行く。ここに残されたのは俺と楓になる。俺は直ぐに楓に意識を向けていた。いや、向けてしまっていた。俺は楓の事をじっと見詰めてしまう。そんな事をすれば当然の様に楓とバッチリ目が合ってしまう。俺は少し恥ずかしくなり、目を逸らす。そんな俺を見て楓は笑ってくる。
「ププッ。私の可愛さに当てられちゃったのかな?まぁ、私を好きになっても仕方ないからね。うんうん。隼人もやっと素直になったんだから、もっと甘えてもいいよ?」
楓はニヤニヤしながら口に手を当てて笑っていた。そんな言葉と仕草がどことなくウザく感じてしまう。俺は先程の泣いていた楓を思い出し、それを馬鹿にする様に口にしてしまう。
「は、はぁ!?楓の事なんて好きじゃないし、そもそもお前も俺に抱きついて泣いていただろ!?」
「そ、それは仕方ないっていうか……てか、人が心配してあげたんだから、感謝くらい言いなさいよね!?それに私に見惚れてたのは事実でしょ!?」
「あぁ!?見惚れてねーし、それに心配しろなんて言ってないからな!」
「は、はぁ!?あんたって奴は……!」
そんな普段の様にガミガミと言い合いに発展してしまう俺達。普段の日常の様な気がして俺は悪い気分ではなかった。
そして、1時間後にまた来る准看護師の存在を忘れていた俺達は、「痴話喧嘩はそこまでにして、診察しますよ。」の一言で我に返る。
更に「「痴話喧嘩じゃありません。」」と綺麗にハモった事で笑われてしまった俺達は、黙って俯いていた……。




