表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/216

10-1 大切な感情

「ねぇ、どうして()()()()はそんなに強いの?」

「……それはねぇ隼人(はやと)、とっても簡単な事よ。守りたいモノがある。守りたい人がいる。それだけで人は簡単に強くなれるのよ。何かを決めた、決意した人は強くなれるのよ。隼人もいずれ分かるわ。その時はしっかりと守ってあげてね……。」


 俺はそこで唇に柔らかいモノが触れたような気がして意識を取り戻す。

 そしてゆっくりと目蓋を押し退け、目を開ける。

 俺はムクリと上体を起こし、首を動かして周りを確認する。どうやらどこかの病室のベットの上にいるようだ。

 そこで頭に「ズキリ」と痛みが走る。思わず顔を顰めながら、頭を手で押さえる。

 するとそこで誰かに勢いよく抱擁される。俺は目を白黒させながらその人物をまじまじと確認する。淡いピンク色の見惚れる様な鮮やかな髪と、心が安らぐような甘い良い匂いで俺は直ぐにそれが誰かを理解する。そこで俺もそっと優しく手を背中に回して、抱擁する。

 (かえで)は何も言わず泣いていた。


「……おいおい、そんなに泣くなって。いつからそんなに涙脆くなったんだ?」

 俺は呆れた様に言ったが、そんな事を思って言った訳ではなかった。それと共に、楓の安否を確認出来てよかったと安堵する。

 楓は珍しくポニーテールではなく、縛られていないボブヘアーになっていた。俺は髪を優しく()かす様に撫でる。綺麗な髪は詰まる事なくさらさらと流れるように触り心地が良かった。そこでギュッと強くなる楓の抱擁。俺はその時、本当の意味で楓が俺を心配してくれていた事を理解する。

 そして俺も楓を大事に思っていた事に気づかされる。

 それは嬉しい感情だった。思い出したい感情だった。俺が喉から手が出るくらい欲しい感情。一度完全に忘れてしまった感情を取り戻し、俺は忘れる前に噛み締めるように俺も抱擁を少しだけ強める。

 胸の内から溢れる想い。それは楓への想い。今まで見て見ぬフリをし続けた想い。寄り添ってくれる楓への感謝。想いをぶつけてくれる楓への感謝。俺はくたびれた体とは裏腹に、楓への想いで心が満たされていくのをしっかりと感じていた。

 そして俺も気がつくと泣いていた。2人とも声は出さずに静かに泣き、情けない姿をお互い晒し合いながら、そんな時間を堪能した。更に俺達は准看護師の女性に生暖かい目で見守られている事に気づくまで、2分程かかった……。


―――――――――――――――――――――――――――


 すっかり泣き止んだ俺達は、准看護師の女性に恥ずかしいところを見られてしまった事で気まずくなってしまっていた。先の抱擁が嘘だったかの様にぎくしゃくする俺達は、視線が何度も交差するだけだった。

 とりあえず俺の体の状態説明を受け、1時間後にまた様子を見て、その時の状態で退院が出来るかどうかを判断するらしい。

 そしてその女性は、俺の自然治癒の速度に驚いていた。ナイフを刺され、それを抜いたのが約4時間前なのに傷がもう塞がってきているので驚くのも当然だろう。流石に肋骨の骨折は1日くらい治癒にかかりそうなので、退院しても今から24時間程は運動が出来ないだろう。

 その女性が退出してから俺達は沈黙の時間を過ごす。時間は19時25分。病室のデジタル時計にはそう表記されていた。そこで楓は普段のポニーテールに髪型を変えており、冷静になったのか普段通りの様子で話し掛けてくる。


「とりあえず隼人(はやと)が無事でよかった。」

「……あぁ、そうだな。俺もあんな事で死にたくなかったし。」

「……隼人が崩落に巻き込まれた時、いろんな事が頭によぎってうまく動けなかったんだ。こんなの初めてだったし、許される事じゃないよね。それに仮面男(ピエロマン)も逃しちゃうし。」

 そんな小さめの声で懺悔するように呟き、俺の直ぐ右隣で丸椅子に座っている楓は悔しそうに俯く。俺は楓の頭に「ポン」と軽く手を乗せて髪を崩さない様に優しく撫でる。俺達の間ではそれで十分だった。それだけで分かり合えている気がした。

 そこで俺は少し気になっていた事を楓に聞いてみる。


「そういえば、黒服の奴はどうなったんだ?」

 俺がそう言うと楓はパッと顔を上げる。俺はそっと手を離して、笑顔だったであろう楓の顔が曇って行く様を見詰めるが、楓は少し言い辛そうにして、窓の外の遠い風景に目を向ける。


「……命はかろうじて繋いだけど、意識不明の重体らしいね。元々殺す気で戦ってたけど、あんな事が起きたらなんか複雑な気分……。」

「そうか……。」

 俺はそう答える事しか出来なかった。確かに死闘を繰り広げた相手だが、仲間に裏切られた奴でもある。だとしても到底許される事のない犯罪者集団の一員でもある。それ故に俺にはまだ判断がつきかねていた。

 だがしかし、もう()()1()()()()は既に無情な決断を下していた。俺はその事を無闇に伝える事はしない。

 そんな中、俺達がいる病室の扉が3回程ノックされた。楓はカーテンをさっとしめ、俺の視線は扉に注がれる。

 そして俺は「どうぞ」と返事をする。ゆっくりと横にスライドされて開けられた扉の奥には見知ったら顔が3つ。それはかずさんと竜星(りゅうせい)神無月(かんなづき)さんだった。かずさんの後ろに立っていた2人だけが俺の左側の丸椅子に座る。

 どうやらかずさんは忙しいのか、俺に「隼人の元気そうな顔が見れてよかった」と笑顔で言い残して去っていった。恐らく事後処理が忙しいのだろう。その合間を縫って会いに来てくれたのだから、俺は嬉しかった。

 笑顔でかずさんを見送った後、視線を2人に戻す。どうやらかずさんに案内されてここに来たのか、2人は会釈しながら「「ありがとうございました」」と感謝の言葉を述べていた。俺は2人が来てくれた事が意外だったので少し気恥ずかしかった。そんな感情が表情として表に出てしまっていたのか、竜星が微笑みながら話し掛けてきた。


「隼人君が心配だったからね。あとこれ、忘れてるよ?」

 そう言って俺に右手を差し出して見せてきたのは、今日竜星と一緒に購入したラノベだった。どうやら戦いの直前に持ち出してくれていたようだ。それを机の上に置いてもらう。

 俺は次に神無月さんを見ると何故か目を逸らされた。


金宮(かなみや)さん、これ、私からも。」

 そう言って持ってきていた楓の鞄を渡す。どうやらそれが目的だったのだろうか。俺が少ししょんぼりしていると神無月さんが俺の事をじっと見詰めてくる。


「そんなしょんぼりしなくてもいいじゃない。もちろん心配してたわよ。それに、元々19時半に会う約束でしょ?」

 神無月さんは呆れた様にデジタル時計に指を指す。時間を確認するとちょうど19時半になったところだった。その神無月さんの言葉を聞いて楓が、「え?会う約束ってどう言う事なの!?」みたいな目で俺を睨んで圧を掛けてくるが、俺は華麗にスルーしつつ神無月さんに視線を戻す。


「それに、あの時私達は完全に足手纏いだったわ。藤堂(とうどう)君に手を引っ張られなかったら完全に邪魔になっていたと思うし、力になれなかった事が単純に悔しいわ。

 あなたのあの時の声と気迫を見れば、私が敵う相手じゃないのは直ぐに分かったはずなのに、私は自身の我が儘であなた達をもっと危険な目に合わせてしまうとこだった。」

 そんな事を言って目を伏せる神無月さん。どうやら少し落ち込んでいる様だった。

 神無月さんは時折、弱気になってしまう節がある。普段は強気に振る舞っているだけあってその落差が激しく感じられる。俺はそこで最初は励ます事をせずに突き放してみる事にした。


「確かにあの場面でも神無月さんははっきり言って邪魔だった。戦闘経験はゼロ。体術異能共にまだまだ未熟。神無月さんがあの場面にいても何も出来ずに指を加えて俺達を見詰めるただのお荷物だ。

 でも、それでいいと思う。最初から出来ない事はあって当たり前。いや、まだ挑戦すらしていないけど、命を賭けるには少し早いね。今はまだ学生。未来の為の準備期間に無茶をする必要もない。でも、あの場面で2人ともよく動けたと思うよ。腰が引けてなかったし、足がすくむ事もなかった。」

 俺は一度竜星にも視線を向けたが再び神無月さんに視線を戻していた。俺は神無月さんの瞳をじっと見詰める。別に気負う必要なんてない。俺はそう単純な事を少し周り道をするようにして伝えた。

 そこで神無月さんは太ももの上に乗せていた両手をギュと握りしめる。それを見ていた竜星もハッとしたように真剣な眼差しに変わる。そんなどこか重い空気になってしまう。俺はそんな空気を変えるために一度手を「パン」と音を出して叩く。静かだった病室に少しだけ反響し、耳によく響いた。

 目をパチパチと何度も瞬きを繰り返す2人を見て、俺はおちゃらけた様に話し始める。


「お見舞いに来てくれたんじゃないのか?2人はそんな重い空気をプレゼントしに来たのか?」

「いや、重い空気にしたのは隼人でしょ?」

 そんな的確なツッコミが楓から放たれる。俺はそこで時間が止まったようにピタリと動きを止める。神無月さんは首を傾げて「は?」みたいな顔をしており、竜星が思わず吹き出した事によって病室は笑い声に包まれた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ