9-7 暗部の考え
俺達が足を踏み出そうとした瞬間に、仮面男が元気よく話し掛けてきた。その腕の痛みを物ともしない勢いに、俺達は思わずピタリと足を止める。
「いやー、流石隼人くんだね!うちの新人をあっさり追い詰めるとは……。ねぇ、なんで私と戦ってくれないの〜。楓ちゃんのその可愛い可愛い顔をズッタズタのグッチャグチャのなぶり殺しにして、君に見せつけるのも楽しそうだけど、やっぱり君のその目を、私に見せて欲しいなぁ……。」
仮面男は左腕を負傷してもなお、発言自体は狂気に満ち溢れており、まだまだ余裕そうな印象を受ける。
そして楓は俺の横で「ゴクリ」と唾を飲み込んだ気がした。それほど奴の言葉にはナニカを感じさせるものがあった。それは最初は元気よく明るい声だったのだが、だんだんと深淵から湧いて出てきた様な恐ろしい声に変わっていたからだ。
しかし俺達はそれに屈する事はなく、お構いなしに止めた足を再び動かして距離を詰めようとする。相手が負傷しているチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
そこで仮面男は耳障りな声で笑い始める。聞いているだけで不快になるような声に俺と楓は表情を歪める。
「隼人くんさぁ、ちょっと鈍くなったよね?私が君を殺すためだけに動く事はない、以前の君なら直ぐに気づけてたと思うんだけどなぁ……。残念。もう時間切れかな。アハハハハハッッ!!」
俺は眉を顰めてながら、腹を抱えて笑う仮面男に話し掛ける。
「何が可笑しい。」
俺の低い冷たい声を聞いて、ピタリと笑うのを止める仮面男。ゆらりと体を動かし、俺達をじっと見詰めてくる。
「軍の連中もバカだよねー。君たちが何をしたのかは知らないけど、こんなバケモン2人を簡単に手放すなんてさぁ。私達が足止めするだけで、既にダメージを負ってる軍の連中が私達の計画にどこまで対処出来るのか見物だけど、2年にも練られた計画に綻びはない。君たちも前回の作戦で思い知ったでしょ?事態は急速に変化している事にさぁ!」
俺はそれを聞いて、思考を巡らせる。
仮面男の言っている事が本当なら。ここで道草を食っている場合ではなかったのかもしれない。俺が思考を巡らせ、ありとあらゆる可能性を確認しているうちに答えと思われる説明が降ってくる。
「電車車両のジャック。前回既に隠しておいたBC兵器と火薬武器によって車両を占拠し、未知物質研究所での研究成果の確かめの実験が行われてるはず。数100人のモルモットを使っての実験だからぁ、結果は良い物が出てるはずよね?
隼人くんは学校の生徒の引き抜きを危険視してたと思うけどぉ、それはサブでしかないからね。ぜーんぜん気づいていなかったね?もっともっと君にはさ、やる気になって欲しいかな♡」
「……そこまで言っていいのか?」
「えぇ、どうせ明日には軍にバレるから問題ないわ。」
そんな事を平気そうに言う仮面男。俺はその言葉の途中で戦慄していた。さりげなく言い放ったが、数100人はおそらく死んでいるのではないだろうか?関係のない一般人を巻き込んでの実験。その非道さに俺は拳を強く握りしめる。
そして、それに気づけなかった俺の未熟さに落胆する。
しかし今、俺達の目の前には暗部の名前持ちがいる。これを始末さえ出来れば、とりあえず事態はまだ良い方に傾くのではと、安易な考えのもと俺の足は既に動き出していた。
楓は唐突に動き出した俺にワンテンポ遅れて歩みを再開する。こいつらがどうやってこの場を切り抜けるつもりでいるのかは不明だったが、倒せるのなら関係のない事だった。ここには前回の大柄の男はいない。なら直ぐに逃げられる事はない。
そこで走って距離を詰める俺に放たれる衝撃波が3発。放たれた衝撃波は微妙なタイムラグで俺に向かって飛んでくる。1発目を余裕で体をずらして避け、2発目を顔だけをずらして紙一重で回避する。頬を通っていった事により、切り傷が出来て、血が滲む。3発目はどうやら楓に向けて飛ばしたようで俺には飛んで来なかった。それを確認してから仮面男は俺達の進路上にある天井に向けて再び3発の衝撃波を放つ。それだけでは足止めとして機能しないのだが、それをカバーする様にすっと黒服が前に出て、ナイフをもう取り出して構える。そこは天井が崩落するギリギリの場所に立っていたので、そこで戦闘を起こすと崩落に巻き込まれる可能性があった。
しかし俺は走り抜ける事を選択する。
「良い度胸だ。私を追い詰めただけはある。」
黒服がそう小さく呟いたのを俺はかろうじて聞き取る。俺は空中のガラスナイフを2本掴み、相手の2本のナイフに応じる様に構える。
「だが、ここを生きて通す訳には、いかない。」
そんな言葉が俺の耳に再び届くのと同時に、楓も空中のナイフを掴んで仮面男に向けて殺意をぶつける様に投擲していた。身体強化を使用しながらの投擲は、風を切る恐ろしい速さで俺達の横をすり抜けていくが、直後に2回の強烈な粉砕音が俺の耳に届く。どうやら楓は2本のナイフを投擲していたらしい。それを正確に打ち落としてくる奴の技量には、これで何度魅せられるのか分からない。
そして俺は黒服との間合いに入る直前にガラスナイフを左手で一本投げる。それは当然の様に弾かれるがそれと同時に俺は右手のガラスナイフを高速で突く。それも難なくナイフで滑らせる様に起動を変えられる。黒服は楓がやった事と同じ事をやり返してきたのだ。俺は攻撃は無意味に終わる事は予想していたので、そのままタックルするように左肩から思いっきり黒服に突っ込む。その先に黒服の右手に持っているナイフが俺の二の腕に深々と突き刺さる。俺は声には出さなかったが苦悶の表情を浮かべていた。
そしてそのまま俺は黒服を吹き飛ばす様に追突する。胸骨を圧迫するようにぶつかった事により、黒服からは「くっ」と声が漏れ出る。
そしてその瞬間。
黒服の背後から無慈悲に放たれる衝撃波。黒服を巻き込む様に放たれた衝撃波は黒服の背中に即座にクリーンヒットし、凄まじい衝撃を黒服越しに俺は受ける。
その衝撃を耐える事は出来ずに、俺と黒服は後方に吹き飛ばされ、空中を舞う。その際に黒服の仮面が外れて素顔が見える。黒服はとても綺麗な女性?だった。その顔は気絶しているのか白目を向いており、ピクリとも動かなくなっていた。
仮面男は仲間を利用して確実に俺を足止めする事を選んだ。あの場面ではどうせ黒服は逃げれないと瞬時に判断し、無情な行動を選択したのだ。
「隼人っっ!!」
そして楓の叫びが俺の耳に届くのと同時、崩落に巻き込まれる俺と黒服。幸い黒服が上になっていたおかげで俺は致命者を負う事はなかったが、先の衝撃波によって、俺は意識を失ってしまった。
そして、その直前に聞こえた楓の悲痛な叫びが、頭から離れなくなっていた……。




