9-1 少女の考え
俺はエレベーターの中で時刻を確認する。12時16分。
どうやら竜星の部屋を訪ねるにしても少し早い。そこで俺は意味もなく時間を潰そうと思い、寮のロビーから外に出て少し離れた所にある自動販売機横のベンチに腰掛ける。
このベンチは3人用だったのだが、辺りを見渡しても人影はなく俺1人だったので、真ん中に座る事にした。
お昼時の休日ということもあり、学校と寮の間…つまり俺がいる場所には生徒の姿を確認する事は出来なかったのだ。
そこで俺は20分程ぼんやりと先程の事や皆の事を考えていた。人それぞれには何かしら抱えているものが必ず1つは存在する。自分自身だけ…要するに俺だけが苦労している訳では決してない。その事を俺は再認識させられた気がした。
そして俺はベンチの背もたれに寄りかかる事はせずに、太ももに両膝をつけながらの前傾姿勢の状態で俯いていたので、誰かが接近して来た事に俺は直ぐには気づけず、俺の正面に立たれた事でやっと気づく。
俺はすっと顔を上げて、その前方の人物を確認する。俺はその人物を見ると反射的にその人の名前を呟いていた。
「……春雨さん?」
「え?あ、はい……。」
そこに立っていたのは、ベージュの花柄ワンピースと白のブラウスに身を包んだ春雨さんだった。春雨さんの私服を見るのは初めての事だったが、彼女の大人しい性格とマッチしており、どこか大人の雰囲気と色気があった。
そして白を基調とする肩掛けハンドバッグを持っていた春雨さんは、丁度俺に話し掛けようとしていたのか手を伸ばしていたのだが、俺が先に名前を呼んだ事により慌てて手を引き戻しており、春雨さんは誤魔化す様にはにかんでいた。
そんな中別に気まずい訳ではなかったのだが、沈黙が訪れる。
お互い何となく見つめ合う。そんな春雨さんの視線には俺を心配するような色が混じっていた。
そして、その沈黙を破ったのは春雨さんだった。
「あの、新海君、大丈夫…ですか?目に入ってからずっと俯いたまま微動だにしていなかったので少し心配で…。」
「え?あぁ、全然大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから。」
「そうですか…それなら安心です。」
そこで春雨さんは胸を撫で下ろす様に、手を胸に添える様にして当てていた。どうやら春雨さんは俺の様子を見て、心配してくれたようだ。
しかし俺はそんなありがたい好意を受けているにも関わらず笑顔を顔に貼り付けて応答していた。
すると春雨さんは「ここで考え事ですか?」と言いたげな疑問を持った顔をしつつも、誰かを待っているのかと思ったのか辺りをキョロキョロと見渡す。俺はその考えを(あっているかどうか別として)先回りするように話し掛ける。
「別にここで待ち合わせはしてないよ。1時から竜星の部屋で待ち合わせはしてるけどね。」
「えっ、か、顔に出てました?」
春雨さんは一度体をビクッとさせながら驚いていた。何故自身の考えが見抜かれたのか不思議なようだが、それは恐らく俺だけではなく誰の目でも簡単に分かった事だろう。
「顔、というより仕草だね。ところで春雨さんは何をしていたの?」
そこで俺は話題を誘導する様に、自分から会話を切り出していく。
そして春雨さんは俺の質問にタイムラグ無しで答える。
「えーと、図書館で勉強してました。神無月さんも誘ってみたんですけど、今日は用事があったみたいです。それで今はお昼ご飯を食べる為に一度寮に戻ろうとしているところだったんです。」
どうやら春雨さんは図書館で勉強していたようだ。だから俺の付近を通ったのだろう。
それにしても春雨さんは良く出来ていると思う。俺は休みの日に図書館でわざわざ勉強しようとは思えない。日頃の努力の積み重ねが大事なのは重々承知の上だが、いざ行動には移せない。どうしても面倒に感じてしまうからだ。
そこで俺が余計な事を考え少し黙っていると、春雨さんは言葉足らずで俺が理解出来なかったと思ったのか、付け足す様にして説明をしてくれた。
「えーと…この学校って勉強にも力をある程度はいれているじゃないですか。それで昨日の一斉メッセージに書いてあった所持ポイント?を勉強面で増やせないかと思って…そろそろテストも近くなってきますし、それも兼ねて勉強してました!」
少し堅苦しくなった空気をほぐす様に配慮してくれたのか、喋り終わった後に敬礼をしつつニコリと笑顔を見せてくれた。俺もそれに釣られるように自然な笑みに挿げ変わる。
しかし春雨さんが話した内容は少し気になるところがあった。俺は「所持ポイント」という単語に反応するようにし、わざと強調するように話す。
「春雨さん。今「所持ポイントを増やせないかと」って言ったよね?どうしてそう思ったの?」
俺がそう訊くと特に驚いた様子を見せずに、わざわざ真剣な顔つきに変えて答えてくれた。
「…どうやら所持ポイントは最初のクラス分けの状態から少し違うようです。まだ神無月さんにしか確認していないんですけど…それでクラス分けで評価されたのなら勉強面、運動能力、異能のどれかが関係しているんじゃないかと予想したんです。
運動は部活で頑張りますし、異能は新海君に見てもらいます。なので勉強くらいは自分でコツコツやっておこうかと思いまして……って何か変でした?」
そこまで言って春雨さんは心配そうに俺を見てくる。俺は「そんな事ないよ」と短く告げて携帯を開いてメッセージを確認する。
そこには2時間程前に楓と神無月さんからのほぼ同時の返信が届いていた。俺は以前メッセージの通知をOFFにしていた事が頭から抜け落ちていた。
俺は朝起きて直ぐに確認して、それ以降は確認をしていなかったので、どうやら気づけなかったみたいだ。
そこで俺はメッセージの内容にさっと目を通す。
そして恐らくだが春雨さんの予想は当たっていると思う。神無月さんの所持ポイントは俺と等しく100。Cクラスの楓は150。順当にいくならBクラスの春雨さんは恐らく175ポイントだろう。
俺は意外にも(失礼だが)春雨さんの頭の良さに感心し、その流れで運動もある程度出来る事を思いだし、Bクラスに配属された事に俺は素直に納得した。
異能が制御出来てさせすれば、恐らく文句無しのAクラスだったのだろう。
そして一度安心させる様に声を掛けてはいたのだが、相変わらずずっと黙り込んでしまう俺を心配したり、不安に思っているのか体がそわそわしたり、目が泳いでいた春雨さん。
俺は頭をさっと切り替えて立ち上がる。時刻もいい頃合いだと予測し、時刻を確認する。12時47分。
それを確認した後、俺はとりあえず春雨さんとの話をつける為に話し掛ける。
「多分春雨さんの予想は合っていると思うよ。俺も今気づいたから断言は出来ないけど。」
俺がそう言うと少し安心したように胸を撫で下ろす春雨さん。
すると次第にもじもじし始めて、顔も少しずつ紅潮し始めた。俺はどうしたものかと不思議に思いじっと見つめていると春雨さんから話し掛けてくる。
「あ、あの、新海君!この後2人でご飯でもどうですか?」
「え、いや、ごめん。ご飯はもう食べちゃったし、さっきも言ったけど、1時から約束があるんだ。気持ちはとっても嬉しいんだけどね。」
俺が直ぐにそう言うとさっと顔を青ざめる春雨さん。先程まで笑顔だったので、その反動で俺にはより悲しそうに見えた。
「ご、ごめんなさい!そういえばさっき言ってましたね。忘れてました…。」
そう言ってしゅんとする春雨さん。別にそんなに落ち込む必要はないと思うが、こういう素直なところが春雨さんのいいところなのだろう。
「別に気にし過ぎる事はないよ。俺も誘ってくれた事は嬉しいから。また今度2人で行こう。」
「は、はい!楽しみにしてます!」
俺がそう言うとさっきまでの暗い顔を吹き飛ばす様にして、太陽の様に眩しい笑顔を咲かせる春雨さん。
(やはりこの子には笑顔が1番似合うな。)
俺はそんな事を思いつつ、2人で寮に歩みを進め始めた……。




