8-6 意外にも素直?な少女
俺は恙無く?買い物を終えてスーパーから出ると、「ちょっと…」と右隣から声を掛けられる。どうやら俺は待たれていた様だ。
そして俺を呼び止めた声は先程聞いたばかりの高めの声なので、直ぐに誰から声を掛けられたのか分かった。俺はその人物の顔を思い浮かべつつ、俺は声の主の方に向く。
そこで俺が体ごと向き直るのと同時に、その女の子はしゃがんだ体勢から立ち上がる。
「遅い!ほら、どうせ寮に戻るんでしょ?少し歩きながら話さない?」
そしてその女の子というのはやはり南部さんで、相変わらず腕を組んでそっぽを向くような話し方も相変わらずだった。
更にチラチラとこちらを伺うのも一緒だ。やはり相手を見下したり高圧的にはなるが、根は素直なのかもしれない。何か理由があってそういう態度なのだろうか?
とりあえず俺は寄り道もなしに寮に帰るだけなので、1人で帰るよりも2人の方が楽しいだろうと思っていた。それに南部さんの事が多少は興味があり、知ってみたかったのでその誘いを二つ返事で了承する。
「いいよ。俺も後は帰るだけだったし。」
「そう。」
すると南部さんは短く言って、既に歩き出していた。
歩幅は俺よりも小さいながらもズンズンと早足で進んで行くので、俺も慌てて南部さんの左隣に寄り添う様に走る。俺は一応周りを一度見渡して警戒しながら付いて行く。
(…本当に一緒に帰る気あるのか?)
俺が思わずそう思いたくなる程南部さんは早歩きだった。
俺は別にそれが辛くは無かったのだが、これでは一緒に帰る意味がない。南部さんは口を固く結び、話し掛けよう…そもそもこちらを見ようともしない。俺は一度南部さんをペースダウンさせようと思い、南部さんの左手首を許可無しに掴んだ。
その時掴んだ左手首はとても細く簡単に折れてしまいそうなくらい華奢な印象を受けた。
「ちょ、ちょっと、南部さん。これだと一緒に帰る意味ないよね!?」
「は、離してっ!!」
俺が焦る様に言った言葉が聞こえていない風にまずは俺に掴まれている手を振りほどこうとする南部さん。
俺は直ぐに手をぱっと離すと、南部さんはハッとした顔になる。目が大きく見開かれたのだが、直ぐに目は細められ、ジトっとしたものに変わる。
(さっきから俺が悪いみたいになってるけど、俺だけが悪いわけではないと思うんだけどなぁ…。)
俺はそんな文句を内心で呟く。南部さんは流石に少し思うところがあったのか、左斜め下を見る様に俯いていた。俺は思わず「はぁ」とため息を吐いた後、話し掛ける。
「ごめん、急に手首を掴んだのは悪かったけど、さっきみたいな早歩きだと話すのもままならないと思ったんだけど…。」
俺がそう言うと、南部さんは顔を上げて素直に聞いていた。それでも俺と一度目が合うと気まずそうに逸らされる。
そして南部さんは何も言わずに再び歩き出す。俺はどうしたものかと困りながらついて行く事しか出来なかった。
(中条さんなら簡単に友達に…打ち解けていけるのだろうか?)
俺はそんな疑問を抱きつつ、俺達は先程より大分ペースを落とした歩みを続ける。俺は言葉を慎重に選びつつどうにか話が出来ないかと考えていると、先に南部さんから話し掛けてくる。
「さっきは…ごめん。私もびっくりしちゃって。」
南部さんから思いも寄らない弱々しい声で話し掛けられて、俺は目をぱちくりと何度も瞬きを繰り返す。
「…いや、分かってくれるならいいよ。それでなんで俺の事を待っていたの?」
そして俺はそこで今まで疑問として頭の隅に追いやっていた事を質問してみる。
すると南部さんは俺の言葉に反応し、俺をじっと見てくるが直ぐに前を向く。答えてはくれないのかと思ったがそんな事はなく、素直に話してくれた。
「あんたの事、ちょっと気になって。あんたのその目、不思議ね。…あんた多重人格とかじゃないよね?」
南部さんは恐る恐るといった風に確認をとってくる。俺は中条さんに似た様な事を言われたのを思い出し、心臓が普段より早く鼓動し始める。それを直ぐに押さえ込み正常に戻す。
そして俺はその質問を誤魔化す様にボケて返答する。
「うーん、どうかな?寝てる間とかに勝手にもう1人の俺が!とかはあるかもね?」
「何言ってんのあんた?あんた結構冷静な態度とってる癖にバカなのね。」
その呆れた表情から発せられた言葉を聞いて俺は脳天に雷が落ちた様な衝撃が走る。
(お、俺はわざとボケたんだぞ!元々頭が悪いみたいな言い方するな!)
俺は内心で抗議を申し立てつつ、その感情は顔には出さない。憤慨して我を失うのは持っての他だ。
「…あんたの目の奥からもう1人のあんたがあたしを見ている気がしただけ。あたしの勘違いだったけどね。」
軽くため息を吐かれた後に言われたのはそんな言葉だった。
そこで俺はわざと眉を顰めて、首を傾げる。体は自然な演技をしつつも、無意識に警戒してしまうのは仕方のないことだろう。
「そうゆうの…分かるの?」
そこで俺はあえてそう質問をしてみる。
そして自身が放った声は普段より低く冷たいものだった。俺は思わず「しまった」と後悔したが、南部さんはそんな事を気にする様子はなく、単純に俺の質問の返答に困っているみたいだった。なので南部さんは答え辛そうに口籠る。それに近くにいた俺は、南部さんの歯軋りの音が聞こえた気がした。
どうやらあまりよくない質問をしたみたいだ。俺は声音を戻し、仕草は普段よりも明るく振る舞う様に心がけ、話題を変えようとする。
「南部さんはこれからお昼ご飯作るの?」
あからさまに話題変えた俺の方に、直ぐ様パッと向く南部さん。その顔には呆けた表情が投影されていた。俺はそんな顔も出来るのかと意外な一面を見て笑みが溢れる。
南部さんは俺のそんな顔を見て、恥ずかしかったのか、怒った様に頬を膨らませる。
しかしそんな努力も虚しく終わり、そんな表情はもっと可愛らしかったと言っておこう。
「何笑ってんのよ!少し気をつかえるからっていい気にならないでよね!」
「え?う、うん?」
俺は思わずよく分からないまま返事をする。南部さんは直ぐに「フンッ」といった様にそっぽを向いていた。
そのまま歩いていると何度見ても大きな寮が視界に入る。
すると南部さんは歩みを唐突に止める。首を傾げながら俺もそれに合わせて足を止める。俺が後に止まったので、1歩だけ前に出る形となる。なので南部さんの顔は前からだとよく見えた。
そして南部さんの頬はほんのりと朱に染まり始めていた。それは太陽の光があたっていたせいだったかもしれない。
そこで南部さんは決心した様に口を開く。
「あんた…今からあたしの部屋に来なさいよ。料理作ってあげるから…。」
そんな言葉は南部さんの普段の声ではなく、弱々しく発せられて最後の方は殆ど掠れていたが、俺の耳にはしっかりと届いた。
そして、その言葉の意味を理解した俺は言葉を失った。それは俺にとって至極当然の結果なのだが、そんな俺の友達事情を露程も知らない南部さんは何も言えなくなる俺を見て勘違いしたのか、俺の肩を両手で掴んで前後に揺さぶってくる。
「ちょ、ちょっと嫌なの!?私の料理は食べれないとか言わないでしょうね!?ねぇ、どうなの?ねぇ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。そんな事言ってないでしょ。落ち着いて。」
俺は肩を揺さぶられていたので声が震え、可笑しな声になってしまった。
するとそれでも俺の言葉はしっかりと聞こえたのか、南部さんは肩を揺さぶるのを止める。俺は一度軽く咳払いをして話し始める。
「俺は南部さんの料理を食べさせてくれるなら嬉しいよ。寧ろ俺から何度もお願いしたいくらいだけど…南部さんは俺に料理を食べて欲しいの?」
俺は本心を告げつつも少し意地悪な質問をしてしまう。こんな可愛い女の子に少し意地悪してみたいと思ってしまうのも考えものだ。
そして俺の言葉を聞いた南部さんは一気に顔を赤く染め上げる。
「そ、そんなわけ……そ、そう証明よ!あんたまだあたしが料理出来るか信じてないでしょ、だから実際に食べてもらって証明するだけなんだからね!?」
南部さんは早口でそう言ったが、「素直に食べて欲しいと言えば良いだけでは」と困らせた本人の俺はそう思っていた。
そこで俺は腕時計で時刻を確認する。11時14分。
竜星との約束の時間まではもう少しあったので、確認をとってから了承する事にする。俺は何を作ってくれるのかや、部屋の場所を訊いたり、1時から予定がある事、一度自室に戻って今日スーパーで買った食材を冷蔵庫に置いてくる事を伝えて俺達はその場では一旦別れた。
そして俺が部屋に行く事を伝えた時、南部さんはパッと笑顔を咲かせていた。その表情は歳相応の明るさで満ち満ちていた。やはり他人を遠ざける様に普段振る舞うには何か理由がありそうだ。
そして、この短時間の内に俺にほんの少し心を開いてくれた事にも……。




