8-3 半分だけ垣間見る
時刻は21時5分。
俺が部屋のデジタル時計に目をやると、既にそんな時間だという事に気付く。ご飯を食べ終えても尚、楓は依然俺の部屋に居座っていた。
それでも俺達は何かを話すわけでもなく、妙な沈黙が永遠と続いていた。
楓は再びベットに潜り込み、背を向けて動かない。
寝ているわけでもないのに何をしているのだろう。
時間的にそろそろ帰らないと寮として女子が出歩くには宜しくない時間になってくる。
なので俺は声を少しだけ上擦らせながら話し掛ける。
「楓、そろそろ帰らないとまずい時間になってきたぞ?」
「うん。」
楓は相変わらず弱々しい声で短くそう返事するだけ。そこで俺がどうしたものかと頭を悩ませる。
時間が経てば勝手に帰るのだろうかと、そんな事を思いつつも無意味に時間を潰していると、今度は楓から話し掛けてきた。
「隼人の部屋なんもない。つまんない。」
「いやお前、勝手に部屋に来てそんな我儘な事言うなよ……。」
それでも俺は自身の部屋を見渡してみる。
すると確かに俺の部屋には何もなかった。分かっていた事ではあるが、本やゲーム機器もなく、インテリアも皆無。そう、俺は必要な家具以外何も置いてなかった。
寮に入った頃と然程景色は変わっていない。客観的に見て面白くない部屋。そういった感想を抱くのも無理はない。今度何か買ってみるのも悪くはないかもしれない。
すると再び楓から話し掛けてくる。
「…隼人。」
「なんだ?」
俺は何を言われるのだろうかと色々と考えてしまう。それは1人で考えても意味のない事だと分かってはいたのだが。
そして楓は少しの間を空けて再び話し始める。
「…今日ここに泊めて。」
「は?」
俺は楓のそんな言葉に驚き黙り込み、2人の間に沈黙が流れる。
(俺は今日、何度楓にドキドキさせられなくてはいけないのだろう…。)
別に楓はここに泊まっても良かったのだが、俺の心が持つのか少しだけ心配だった。楓はそんな自身が放った言葉を気にする素振りを見せる事はなく、のそのそとベットから這い出てきて俺を見詰めてくる。
顔はしっかりと笑ってはいたが、どこか弱々しい印象を受けた。
「嘘だよ。今日はもう帰るね。」
楓らしくない、とても低い声でそう言って玄関に向かう。無理に取り繕う笑顔を見て、俺は悲しいような嬉しいようなよく分からない気持ちで楓を見送ろうとする。玄関で靴を履き終えた楓は、振り返り俺を見詰めてくる。
楓の右手が俺に向けて差し伸べられる…と思ったら直ぐにその手は引き戻される。こんな時は俺から手を出してあげれば良かったのだろうか。俺には判断出来なかった。そんな硬直する俺を見て楓は振り返りながら呟く。
「バカ…。」
楓は聞き取れるギリギリの声量で呟いた後、ドアを開けて玄関から出て行った。
「楓っ!!」
そしてやっと喉に引っかかっていた言葉を出したが、楓は耳を貸そうともしなかった。
楓の後ろ姿を見届けた俺は、両耳が少しだけ赤くなっていた事に気づく事は出来なかった。
そして俺は5分程そのまま動けずに、閉まったドアを見詰めながら玄関で突っ立っていた……。
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俺は楓が帰った後も、どこか上の空だった。
ベットに仰向けに寝て天井をなんとなく見つめる。長時間楓がベットにいたせいか、ほんのりと楓の甘酸っぱい何処か安心させてくれる様な匂いが残っていた。そのせいもあって、余計頭から楓の事を忘れる事は出来なかった。
俺はあの時確実に楓を意識していた。
普段見せる事がない表情、言葉。
そして、涙。
俺は初めて楓の涙を見た気がする……。
俺はそこで違和感を覚える。
(あれ?楓の涙って初めて見た、よな?)
俺はそこで過去の記憶を遡る。
俺は瞬時に自身の脳の記憶データを読み漁るが楓の泣き顔は出てこない。俺は確かに違和感を感じた。あれは気のせいだったのか?そんな事を思っていた俺はふと記憶のピースを拾い上げる。
「そこで泣いてても変わらないぞ?」
俺はその瞬間、雷に打たれた様に全身に旋律が走る。全身が拒絶反応を示した結果一気に鳥肌が立ち、汗が噴き出す。更に吐き気も催しトイレに駆け込む。
しかし俺が吐く事は無かった。
更に俺は先程思い出したと思われる記憶のピースは、既に綺麗さっぱり忘れていた。
しかし、もの言えない違和感と淡々と冷静になっていく自身に嫌気が差した。
そして俺は携帯を開く。届いていた2件のメッセージに目を通して俺は寝る事にした……。




