8-2 秘めたる重い想い
「ん……あれ?ここって……。」
そう呟いて目を擦りながら上体を起こす楓。俺は夕食の準備をしていたので、作業をしながら楓に話し掛ける事にした。
俺の部屋は対面式キッチンで、ベットは長方形の木製の机を挟んで正面にあるので、必然的に常に楓は視界に入っていた。
「楓。もう体調は問題なさそうか?」
「…え?隼人…?なん…で…私の部屋に…?」
どうやら、意識が朦朧としていたせいなのか、記憶が曖昧なのだろう。
俺は楓の看病を終えた後、携帯を開いてメッセージの確認をした際に、そこには12時55分に楓からのメッセージが送られてきていた事を確認済みだ。
恐らく俺からの返信を確認する前にそのまま俺の部屋に来たのだろう。
(あれ?てかなんで俺の部屋を知っているんだ?言ってなかったよな…あぁ、管理人さんに聞いたのか。)
俺はそんな事を思いつつ、ふと疑問に思う事が1つ。
楓は少し抜けているところはあるが、こんな日に外で3時間半も居座る程間抜けではない。途中からは冷静な判断が出来ない状態に陥った可能性もあるが、それは少し考え難かった。楓なら、そんな状態になる前に対処出来るはずだ…。
それに目立った外傷もなく、衣服の乱れもなかった。気絶させられてあそこに放置させられた事も考えたが、そもそもそんな事をする必要はない。
そして楓なら、気絶させる事を企んだ相手を返り討ちに出来るはず。
しかし俺は楓に訊けば全て分かるだろうと、思考を一旦放棄する。とりあえずどこまで覚えているのかを確認する事から始めなくては。
「楓、お前どこまで覚えてるんだ?」
「え?ど、どこまでって、ど、どうゆうこと!?」
「いや、そのまんまだよ…。寝る前の事はどこまで覚えているんだ?」
楓は顔を少しだけ赤くして、自身の体をペタペタと触って確認する。
「ね、寝る前って…お、襲ってないよね!?私が寝てる間に!」
「…いやいや、襲ってないから。安心しろって。」
俺は少しだけそんな卑しい行動を考えてしまった事は、黙っておく。余計な事は言わないのが1番だ。
「そ、そう…。それで、寝る前の事、だよね?」
「そうだ。鮮明に覚えてなくてもこんな事をしたとかでもいいから。」
楓は右手を顎に当てて、黙り込んだ。
恐らく記憶を思い出そうとしているのだろう。俺はそこで作っていたオムライスを作り終え、白の食器に盛り付けて、2人分のオムライスを机の上に置く。
この部屋には元々椅子が2つある事で、片方が床で食べるか、立って食べる事という選択肢にはならなかったのでよかった。
「楓、食べていくだろ?ほら、とりあえず座れって。まぁ、味は保証しないけどな。」
「…分かった…。」
楓はベットからのそのそと出てきて、椅子の背もたれを掴み、後ろに引いて俺の対面に座る。
そして意外にも楓が最初に漏らしたのは、感謝の言葉だった。
「ありがと…。あんまりよく覚えてないけど、隼人が世話をしてくれたんだよね?だから…ありがと…。」
楓は俺を見詰めて話してはくれなかった。
視線のみならず顔を横に向け、キッチンの方を見ていた。
それでもその横顔は耳と頬がほんのりと赤くなっていたのを確認し、楓は恥ずかしくてこちらを見れないのだと、俺は勝手にそう解釈した。
「…気にすんな、「持ちつ持たれつ」…だろ?」
「いや、なんで今そこで私達の部隊のポリシーを?」
「…いや、なんでだろうな。ふと思い出しただけだ。」
「そう…。」
楓はそう言ってオムライスをスプーンですくい、口に運ぶ。俺は自分で作った物を他人に食べさせるのは初めてだったので、緊張しつつ、それを見届ける。
そしてオムライスは楓の小さな口に収まり、咀嚼し、嚥下する。
俺があまりにも楓の食事風景をじっと見詰めていたので、楓は少し驚き目を見開いた後、照れる様に身をよじっていた。
「な、何?そんなに…見ないでよ。」
「え?あ、いや、すまん。手料理を食べさせるのが初めてだったんだ。口に合いそうか?」
俺は少し心配そうにそう訊くが楓は少しだけ笑いながら答えてくれた。
「隼人にしては上手く出来てると思うよ…。で、でも、普通!普通だからね?勘違いとかしないでよね!?」
楓は直ぐに表情を変えて恥ずかしがる様に言った。
(別に料理くらい普通に褒めてくれてもよくないか?)
俺はそんな事を思いつつも、本題に再び戻る。
「結局どこまで思い出せたんだ?」
楓はそこで少しだけ悩む様に黙り込むが、直ぐに答えを出す。
「隼人の部屋の前に来てからはあんまり覚えていないかな?」
「なんで疑問形?」
「うーん、そこからは靄がかかってるみたいな感じがしてはっきりと思い出せないんだよね。部屋に入ってベットに潜り込んだ事とかは少しだけ覚えているんだけど…。なんでずっと部屋の前で待ってたのか思い出せないの。」
「そうか…。」
俺はその楓が言った事に対して、少しだけ心当たりがあった。
しかしまだ確証はない。不確定事項を口にするのも楓を不安にさせるだけだと判断して、俺は結局何も言わなかった。
俺はそんな風に楓の事を想いつつ、じっと見詰めてしまう。殆ど無意識の行動に俺は自分自身で困惑していた。
そう、俺は最近楓をよく見詰めてしまう気がする。俺は楓が苦手なはずだ。なのに話す事が嫌な事も減ってきた。俺はこの心境の変化については全く思い当たるものはなかった。俺は首を傾げつつ、オムライスを口に運ぶ。
「隼人って…最近。変わったよね。」
「え?」
俺はそこで考えていた事が見透かされているのではないかと疑う。そのくらい自然に楓は俺の思考を当ててきた。
「隼人は気づいてないかもしれないけど…変わったよ。私に対しての接し方とか。最近だとトゲが抜けてきたけど…ちょっと前は私の事、苦手だったでしょ?」
俺は楓に真剣な顔で見詰められて少しドキリとする。思っていた事が言い当てられた事に動揺したいのもあるが、楓に言われた事が1番の要因として大きいだろう。
そこで俺は少しだけ早口になり捲し立てる様に否定する。
「ち、違うぞ?楓の事を苦手だなんて…まさか。俺が?ははっ、昔からの好だぞ?そんなこと…」
「嘘。隼人は嘘をついてる。」
楓は俺の言葉を遮り、力強くそう断言してきた。そこまで確信があった事に驚きだ。
そして俺はそこまで言われたのなら黙って続きを聞く事にする。
「隼人の気持ちなんて私なら直ぐに分かるよ。どれだけ私が隼人の事見てきたか分かってる?知らないよね?」
俺はそこで少し困惑する。楓が俺の事を見ていたなんて知らなかった。
そして、俺はそんな事を思った事すら無かったのだ。そこで俺は意表を突かれて思わずたじろぐ。
「そのヘアピンを見れば隼人の想い人だって簡単に分かる。でも、最近は少しずつ変わってきてるよね。」
そこで楓の瞳は少しだけ潤んだような気がした。いや、実際に潤んでいる。
「隼人、少しだけ私に優しくなった。私を見てくれるようになった。私を気にかけてくれるようになった。」
楓も少しだけ早口でそう言う。そこで一筋の線が涙によって描かれる。楓の綺麗な肌を伝って、机に滴る。楓は泣いていた。
それでもそれと同時に笑っていた。人を惹きつけるほど蠱惑的な笑顔で。
そこで俺は心臓が高鳴る。
ドキドキと激しく鼓動する。頭の中が侵食されたように楓で一杯になり、嫌でも全ての発言や挙動を意識させられる。楓と話をしているだけなのにこんな事になるなんて1ミリも予想してはいなかった。
すると楓は黙っていたが再び口を開く。
「私は嬉しい。隼人が私を見てくれて。
そして、もっと私を見て!私を気にして。私を好きになって!」
そう、言った気がした。
実際は楓が口をパクパクさせているだけ。
読唇術でも読み取れない。
しかし俺にはそう聞こえた気がしたのだ。これは俺の妄想。楓に対して抱く理想の姿だったのだろうか?
それさえも俺には判断がつかなかった。俺は今日の事をただ聞くつもりだった。
そして、自分が食べているオムライスの味はまったくしなくなっていた……。




