6-11 トレーニングは裏切らない!
部活動結成後、初めての部活とあってか、部員全員が休む事なく部活に参加した。
そして部活は時間通りに始まったのだが、最初は部員リストの確認と、新入部員はまとめて同じラケットを1つずつ購入する話と、コートの準備の仕方を説明していた。
今日の俺は気を逸らす事なく渡辺先輩の話を聞いていると、その途中で後ろから誰かに絶妙な力加減で背中をなぞられる。
「……ッッ!」
思わず上擦った変な声が少しだけ漏れて、口に手を急いで当てる。幸い周りには気付かれておらず、人知れず安堵する。
そこで俺は顔だけをくるりと振り返る。するとそこには、ニヤニヤと満足そうな笑みを浮かべ、手を口に当てていた遠藤先輩がいた。
その隣には呆れた様に鷲川先輩がため息を吐いていたのだが、その前に遠藤先輩を止めて欲しかった…。
そして遠藤先輩は、相変わらず人をこけにする事が好きなようだ。とりあえず俺は遠藤先輩を無視して前を向く。
その後に、そのやりとりを4回程行ったところで渡辺先輩に怒られる事になった。何故か俺も。
何故俺も怒られたのかは分からないが…結局話を聞いていなかった事がダメだったのだろう。
「あなたやっぱりバカね…。学習しなさいよ全く。まぁ、奈々華先輩も相当だけど。」
俺はその声の方に振り向く。そこには神無月さんの姿があった。俺は神無月さんの久しぶりのポニーテールと、ハーフパンツとTシャツから出る、棒のように細くはないが、ある程度の筋肉はついているすらっとした綺麗な四肢を、サイズは目を見張るものではないが、上着の上からでも分かる綺麗な曲線を描く双丘をじろじろと無意識に見詰めてしまった。
どうやら神無月さんはそんな俺の視線に気づき、ジト目になりつつ、半歩後ずさる。
「な、何?そんなにジロジロと見詰めないで欲しいのだけれど?」
「え?あ、あぁ、いや、ごめん…つい見惚れてしまってた。」
「…そうゆうの言わなくていいのよ。」
「いや、つい…あはは。…で、どうしたの何か用?」
神無月さんから話し掛けてくる際には、大抵用事があって話し掛けてくるのがお約束だ。なので俺は今回もそう思い訊き返したのだ。
「いえ、特にないわ。ただあなたを見かけたから話し掛けただけよ。」
「え?」
しかし俺は、意外にもそんな事を言う神無月さんに対して、思わず驚いてしまった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない…。」
「そ、そうだな…。」
そんなやりとりをしていると、「ランニングを始めるぞー!」との先輩の声が聞こえる。その声を聞いて俺達は準備を始める。
そして、そこから普段通りにランニングが始まり、トレーニングに移る。トレーニングが終わった後、普段なら俺達もラケットを握っている時間だったのだが、1年生は体力づくりに励んでいた。
神無月さんも今回は俺達のほうに参加していた。恐らくラケットが届いても俺達はあまりシャトルを打つ時間はないのだろう。
俺はそんな事を思いつつ、真面目に体力づくりに励む。
俺達は体育館内で走ったり、体幹や筋力を鍛えるのではなく、グラウンドに出てそれを行っていた。
どうやら他の部の新入部員も同じようなメニューなのか、グラウンドに集まっていた部は俺達だけではない上に、同じ動きをしている。
そしてメニューを一通りこなすと、流石の俺も呼吸を乱していた。なのでまともにこなせていたのは神無月さんと春雨さんくらいだろうか?どうやら春雨さんは意外にも運動能力が高いらしい。
中条さんはやる気はあるが、体が追いついてないみたいだった。俺が名前を覚えていない(春雨さん爆弾で彼女達の名前の記憶を吹き飛ばされた)女子4名も別にサボるつもりはないみたいで、必死にメニューをこなす姿を俺は見ていた。
更にその女子達よりも体力がなかった三神には何も言うまい。うん。
そこで俺は一呼吸ついて落ち着き始めた勝也に話し掛ける。
「お疲れ様勝也。お前も意外と動けるんだな。」
「あぁ、そうだな…神無月さんと春雨さんには負けるがな。くそぉぉ…女の子には勝ちたかった…。隼人お前は余裕そうだな?羨ましいぜ…。」
「はは…別に余裕ではないけどな。」
俺は本当に悔しそうな勝也を見て苦笑いを浮かべる。
「お前三神を見てよくそんな事を言えるな…。可哀想だからやめてやれよ。」
そこに話せるくらいまで回復した三神が会話に参加する。
「…し、新海、君。き、君は、余裕そうだね?ハァハァハァ…僕も鍛えないと…ハァハァハァ。いけないね…ハァハァハァ…。」
「「お前はもう喋るな…。」」
俺は勝手に体力が回復したと思っていたのだが、どうやら三神は完全に使い物にならないみたいだ。後10分も休憩したら再起動出来るかなと、そんな事を思いつつ、グラウンドの隅で休憩している俺達に声を掛ける人物がいた。
「お前達、こんなレベルでダウンしてちゃ、この先大変だぞ?ましな奴も3人程はいるみたいだがな。」
俺はそのテノールボイスの方向に顔を向ける。
そこには30代程の男性が太い腕を組んで、仁王立ちしていた。
黒髪でショートのソフトモヒカン。身長は175cm程。厚い胸板に鍛え上げられた四肢。明らかにスポーツに取り組んでいる人だった。
神無月さんはそんな人に対して、目を細めながら質問していた。
「あなたが外部コーチの方ですか?」
「ん?そうだな、お前達とは初対面だからな、まずは自己紹介からいこうか。
俺は中山武志だ。バドミントン部のコーチを任されている。よろしくな。」
「「「よろしくお願いします。」」」
どうやら神無月さんも中山さんとは初対面だったようで、しっかりと会釈をした後に名前を確認していた。俺は勝手に面識があると思っていたのだが、そうではないらしい。
「よし、自己紹介も済んだし、えーと…お前名前は?」
そう言って俺に指を指してきた中山さん。名前を聞かれたのでとりあえず答える事にした。
「あ、新海隼人です。」
「そうか、お前が新海か。太陽と博隆からお前の事は少しだけ耳にしてるぞ。
えーと、とりあえず新海が中心になって、休憩が終わったらもう1セット行ってこい。フォームとフットワークは来週見てやる。」
そう言って中山さんは体育館のある方向に歩いていく。俺はその後ろ姿を見届けて、地面に腰を下ろす。
そして、時間を確認する。
「あと10分経ったらもう1セットいこう。」
そんな事を皆に告げて俺は水筒に入れてきたお茶を飲む。そんな中、休憩している俺に中条さんが近づいてきて、俺の右隣にちょこんと座る。
「やっぱり隼人君って凄いね。全然ついて行けなかったや。」
「そう?ありがとう。…でも中条さんもよく頑張っていたと思うよ。自分自身で限界まで挑戦出来るのは、いい事だよ。普通の人はそこで挫折したりするから。」
「あ、ありが…とう。」
俺は中条さんの方を見ていたわけではないのだが、そこで中条さんが俯いたのが分かった。
そして俺にぽすりと軽く寄りかかる。
その瞬間に、俺は一気に心拍数が跳ね上がるのを感じる。
そして、中条さんから放たれた声を聞いて、俺は一気に冷静になった。いや、冷静にさせられた。
「君は…誰?」
その声は、普段中条さんを連想させるような明るい声ではなく、極寒の冷気を纏ったような…恐ろしく冷たい声だった。
そこで俺は思わず鳥肌が立つ。
そして中条さんの言葉が頭の中で暴れ回る。俺は必死に言葉の意味を考える。
しかし、どういう意図を持ってそう言ったのかは、結局分からなかった。
「中条さん?それってどうゆ…」
「え?桃ちゃんって新海君の事を狙ってるの!?」
俺のそんな質問は、その声によって全てかき消されてしまった。そこで中条さんは直ぐ様立ち上がり、俺から離れて普段の明るい笑顔で喋り始める。
「いやいや、ち、違うよ、奈緒ちゃん!ちょっとお話してただけだよ?」
「本当に?なんだかとってもいい雰囲気だったよね?…確かに新海君、ちょっとかっこいいし、運動も出来るから狙うのも納得だけど…。」
俺は中条さんに奈緒ちゃんと呼ばれた人に、一度だけこちらを見られたのだが、直ぐに中条さんに視線を戻していた。
そして、謎の高評価を頂いていた俺だったが、先程の事が気になって、直ぐにその事を忘れていってしまう。
更に中条さんは女子4名に直ぐに囲まれて話をしていた。やはり女子にとってこういった話は大好物なのだろうか?
俺はそんな事を思いつつ、少し盗み聞きをしようとしていると、三神と勝也に気がつくと包囲されていた。
そんな俺の様子を見ていたのか、春雨さんはおどおどして、神無月さんに助けを求めるように手をぶんぶんと縦に振っていた。神無月さんは呆れた様にため息を吐いていたが。
「…新海君、ハァハァ…やはり君は黒、ですね。男の敵です。ハァハァ…今確信しました。春雨さんだけではなく、中条さんまでとは思いもしませんでした、ハァハァ…。」
恨みがましい視線を向けつつ話し掛けてくる三神。
しかし疲れているのか、三神の十八番の眼鏡「クイッ」は、残念ながら切れ味が悪い……。
「あぁそうだな!男の敵だな。さらに神無月さんとも仲良く話をしているところを見るし、遠藤先輩とも仲が良さそうだ!くそぉぉ!!なんて理不尽なんだ!チクショォォォォ、やっぱり顔と運動能力なのか、俺に足りないのは!?」
「グッ、グハァァァア。ちょ、ちょっと山田君、なんて事言ってくれるんですか!僕結構気にしてたんですよ?やっぱりお調子者の山田君はバカだからモテないんです。
僕みたいに冷静に振る舞わないとダメですね。ハァハァ…。」
俺は一瞬三神が吐血した幻覚を見た。更に眼鏡を押し上げて冷静を装っている三神だが…その手を見れば「プルプル」と震えているのがバレバレな状態だった。
そんな状態で言われても、全く説得力ないぞ、三神……。
「おい、三神お前今なんて言った?俺がバカって言ったよな?モテないって言ったよな?お前気にしてる事を!」
そしてそんな風に何故か、俺を狙ってきた連中は、口喧嘩をし、自爆をし始めた。
(バカだ。何やってんだこいつら?)
俺はそんな様子を覚めた目で見ていた事に気づく。
そして、中条さんの先程の言葉が頭に思い浮かぶ。
「君は…誰?」
俺はそこでナニカが俺から出てくるような気がした。
そして俺はとっさに口を押さえるが、それは一瞬で収まり、結局俺はまた普段通りに戻っていた……。




