6-10 頼りになる先輩達
俺は2人と別れて自身の寮に戻ろうとしたところで、ふと町田先輩の姿を見つける。寮は全て集まる様に配置されているので、学年や性別が違っても見かける事は容易にあるだろう。
そして町田先輩もこちらに気づいたのか、手を挙げて横に振りながら駆け寄ってくる。
「新海君…だよね?どうしたのこんなところで。…あ、もしかして…春雨さんの送りかな?」
「え、ち、違い…ます?」
「なんで疑問形?」
少し前屈みになり、蠱惑的な笑顔で訊いてくる町田先輩を見て、俺は少したじろぎ、慌てて質問に答えていたが、途中であながち間違いでは無かったことに気づく。
春雨さん1人を送った訳ではなかったが、寮まで送った事は事実だからこそ、完全な否定は出来なかった。
俺はそんな事を考えていると、俺は顔の前で掌を横に振られていることに気づく。
「…い、おーい、新海くーん?あ、やっと気づいた。」
「え、あ、すみません。ぼーっとしてました。」
「フフッ、2人っきりで話をしてるのに、面と向かってぼーっとしてるなんて、私、自信無くしちゃうぞ?」
「…なんのですか?」
「それは秘密♪
それで新海君って…部活でしか見た事ないけど、よくぼーっとしてるよね?今日の部結成でも、渡辺君の言ってた事、全然耳に入ってなかったでしょ?」
「え、見てたんですか?」
俺は自身の様子を町田先輩に見られていた事に驚いた。確かに俺は今日一度だけだが、皆から注目を浴びていたが、恐らくその前から部活中で見られていたのだろう。
副部長だからこそ、周りを良く見ていた中で、たまたま俺を見ていたのだと勝手に自身で解釈をしつつ、再開した話に耳を傾ける。
「見てたよ。新海君の事、少し気になっていたから。まぁ、そんな事はいいとして、聞いてたの?聞いてなかったの?渡辺君の話。」
そうやって質問しながら俺に詰め寄ってくる町田先輩。俺は至って普段通りのはずの町田先輩を見て、俺を少しだけ警戒しているように思えた。
挙動などにこれといった不自然さはないが、何かが引っかかる。俺はまた黙り込んでしまう前に、とりあえず返答する事にする。
「話…聞いてなかったですね…。すみません。」
「やっぱり…。えーと、部員のリストを作ったんだけど…明日、そのリストの確認をしてほしいの。まぁ、ミスは無いと思うけど、一応ね。そこ聞いてなかったでしょ?」
「ありがとうございます…。あれ?もしかして、そのリスト作っていたから、こんな時間なんですか?」
俺は素直にそんな事を疑問に思った。
既に時間は7時を回ろうかとしているくらいだ。流石に部員リストを作っていただけで、こんな時間にはならないだろうが。
「うーん、確かにリストは作ってたけど、10分くらいで終わったよ?あれ、もしかして新海君。私が何をしていたのか気になっちゃうのかな?かな?」
「いえ、そんな事はないですよ。部活の為に頑張ってくれていたんですね。ありがとうございます。」
俺は実際のところかなり気になってはいたが、甘い声で囁く様に言われた事を意識していない様に思わせる為に、笑顔でそう言って誤魔化す。
そして町田先輩はすっと表情を変え、肩から下げていた鞄のショルダーストラップをキュッと握る。
「つれない人……。」
そんな物憂げな表情から放たれた低い声の一言に、俺は一瞬ドキッとする。
「じゃあ、伝える事も伝えたし!私はもう帰るね。おやすみ!」
「あ、はい、おやすみなさい。」
俺はそこで町田先輩の後ろ姿を見届ける。先程の表情が一瞬で笑顔に塗りつぶされて消えてしまうのを見て、少し中条さんを思い出すが、その考えを振り払う。
町田先輩の後ろ姿をじっと見ていると、最初に感じた事を思い出す。大人の女性の魅力を放っているが、どこか幼い…子供っぽいイタズラ心が残っている様なそんな人。
これから約1年、あの人と接している時は退屈しないだろうという予感がしていた……。
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俺は寮の部屋に戻り、携帯の電源をつける。するとそこには春雨さんからのメッセージが届いていた。
「初めてメッセージを送りました。家族には送った事があるんですけど。友達には初めてです!
おやすみなさい!」
そんなメッセージを見て少しだけ俺は表情が緩む。俺は「おやすみ」と短く春雨さんにメッセージを送り、竜星にもメッセージを送る。
「竜星。明後日の日曜日、暇か?暇なら買い物に行きたいんだけど、どうだ?」
そんなメッセージを送り、俺は携帯を急速充電コードに挿して、ベットに置いておく。
そしてお風呂を沸かしている間に俺は最近の事を振り返る。
友達が増えた事はいいのだが、別の事に警戒する必要も増えてきた。問題もポツポツと湧いて出てくる上に、依然学校も始まったばかりで、テストもまだ先。
異能の実技授業も来週から始まる。
(本当の学校生活はこれからなのかもな。)
そんな事を思いつつもベットに横になり、携帯を無作為に弄っていると、竜星からのメッセージの返信が届く。
「わかったよ、僕はいつも暇だから大丈夫。
時間と場所を教えてくれない?」
そんな返信が来た。
俺は少しだけ悩み、メッセージを入力する。
「時間は午後の1時からで、飯は任せる。ある本を買いに行こうと思ってるんだ。待ち合わせ場所は竜星の部屋でいいか?」
そしてメッセージを送ると直ぐに既読がつく。
「わかったよー、楽しみにしとく、おやすみー。」
俺はそのメッセージにまたまた「おやすみ」と送り、お風呂に入る準備を始めたのであった……。
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俺は普段通りの時間に目が覚める。今日は部活が午前中からあるので、支度を始める。普段通りのトーストと目玉焼きを軽く作り、食べる。歯を磨き、顔を洗う。寝癖も直して、ヘアピンをつける。
最後に制服に着替えて、前日に準備しておいた荷物の中身の確認をし、それを持って部屋を出る。
部活は8時半から開始なので、その45分前に着くように部屋を出た。
今になって勝也や三神と一緒に行く事を思いついたのだが、まぁ、今日くらいはいいだろう。
俺は1人でエレベーターから降り、ロビーを出る。今日は普段より少しだけ寒く、風も少しだけ吹いていた。いつもより冷えそうだが、運動をすればちょうど良い気温だと思いつつ歩きだす。
そして体育館に着くまで、俺は結局誰にも会う事はなかった……。
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俺は体育館の扉に手をかけて、その後に男子更衣室に入る。
すると既に鷲川先輩と渡辺先輩の姿が見え、どうやら着替えている最中の様だった。俺はそこでとりあえず挨拶をして、自分も直ぐに着替えようとする。
「おはようございます。」
「「おはよう(!)。」」
2人から挨拶を受け取り、荷物をロッカーに入れ、白のTシャツ、黒のハーフパンツに身を包む。ジップ付きの黒のパーカーを着ようとして、鷲川先輩に声を掛けられる。
「新海は来るの早いんだな…みんなは30分前くらいにならないと集まってこないのに。」
「え?そうなんですか?」
「あぁ、だから意外だったよ。…お前も一緒に準備するか?」
「あ、はい。」
そう言って俺はロッカーを閉め、更衣室から出て行く先輩達についていく。最初に始めたのは体育館モップで床を拭く事だった。
3人で並んで床を拭く。ただそれだけの事でも、それをするのは初めての事だった。なので俺は床を拭くだけというのに、少しドキドキしていた。
そしてその間に鷲川先輩は俺に話し掛けてくれる。
「いやー、いつもは太陽さんと2人だからな…大体いつもは町田さんが来るまでこうしてたんだけど、お前がいるとまた違うな。
今後も早めに来てくれるのか?」
「んー…どうですかね?平日と同じ時間に起きれば来れると思います。俺も部活をする事は楽しみなんで。」
「そうか…俺としては太陽さんから全然話をしてくれないから、新海が来てくれるとぶっちゃけ助かるんだよな。」
そんな鷲川先輩から放たれた何気ない言葉が、余程意外だったのか、驚く様にして渡辺先輩が喋る。
「は?博隆お前そんな事を思っていたのか?」
「え…そ、そうですよ!太陽さん全然話をしてくれないじゃないですか!いっつも俺から話し掛けてますよね!?」
「そ、そうか…。すまん、善処する。」
「そうしてください…。てなわけで新海には来て欲しいんだ。まぁ、強制じゃないからどっちでもいいんだけどな。」
「分かりました。出来るだけ早く来ますね…。はは…。」
俺は鷲川先輩の苦労をまた1つ知り、なぜか申し訳ない気持ちになった。そんな事を思いつつ、モップがけを終え、次はポールの準備にとりかかった。
ポールは体育館の床に差し込む形だったので、何も教わらずに準備出来たが、ネットを張るのは初めてだったので、教わる事になる。
「本当はネットの張り方とかは後で教えるんだけど…まぁ、いいか。」
そんな事を鷲川先輩は漏らしつつ、張り方を教わる。
「ネットの張り方なんて簡単なんだけど…ここのレールにネットのロープ部分を…」
そんな風に教わっていると、体育館の入り口から透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。
「おはようございます。」
俺達はその声の方に振り返るとそこには町田先輩が着替えを終えた状態で立っていた。
そして俺達に近づいてきて、自然と準備を手伝う。
「あれ?新海君は早いんだね。」
「おはようございます町田先輩。たまたま早く来ちゃったんです。だから今、準備手伝ってるんですよ。」
「そうなんだ…私も手伝うね。」
そう言いながら4人で準備をしたので、あっという間に準備は終わったのであった……。




