6-6 孤独な少女②
そこで春雨さんは眉を顰め、不安そうな顔をしていたので、俺はそれが和らげる事が出来たらいいなという希望を抱きつつ、口を開いていた。
「俺も春雨さんと友達になりたい。俺が初めての友達なら尚更嬉しいかな。俺も友達が出来なくて困っていた時期があったから、その気持ちはよく分かるんだ。」
すると俺はそんな事を言っていた。
勿論それは本心だったが、正体不明の異物が喉元に引っかかる感じがした。そして、少し俺は考えてその異物の正体に気づく。
そう、俺は気がつくと、友達になりたい側から友達になってあげる側に、勝手に思いあがっていた事に気づく。俺は確かに最初は友達を作りたくて自分から動いていたが、今は殆ど相手から話し掛ける形で友達になってきていた。俺はその事に気づいた事で、自分が無意識に優越感に浸っていた事に対して嫌悪感を覚える。
俺はその気持ちが少し顔に出てしまっていたのか、春雨さんは俺の顔を見てギョッとした後、気まずそうに俯いてしまった。そして春雨さんは目をギュッと瞑っているのか拳を強く固めて、俯いたまま喋り始める。
「や、やっぱり無理してないですか?わ、私は会話も苦手なので上手く伝えれないですし、迷惑も…いっぱいかかると思います。新海君が優しいのは十分伝わりました。」
そこで話を聞いて直ぐに、今のは俺のミスだという事を理解する。先程の俺の表情は、恐らく俺の考えている以上に怖く、険しい顔になっていたのだろう。春雨さんの不安を和らげるつもりが、余計に不安にさせてしまったみたいだ。
なので今度は、俺から踏み出してみる事に決めた。
少々強引だが、「彼女はそれくらいがちょうどいいのではないか?俺が導いて隣で一緒に歩いて行こうと言ったほうがいいのではないか?」と考え、俺は机の上に置いていた春雨さんの微かに震える握られた手を、そっと包み込むように手を被せる。
その瞬間。
春雨さんの身体がピクリと震え、顔を上げて視線を俺に向けてくる。俺は目を逸らす事なく、その手を離さずに喋り始める。
「俺は春雨さんと友達になりたい。いや、なって欲しい。今からお互いの事を知り合って行こう。」
(…あれ?なんか告白みたいじゃね?)
俺はそんな事を思いつつ、体の異変に気づく。少しずつ体全体が、上からの圧力がかかっているような気がしてきた。俺の人体干渉への抵抗力を持ってしてもここまでの圧力は予想外だった。
そして体感的には約2g(2倍の重力)程までかかっている。そこで机と椅子が、「ミシリ」と悲鳴を上げたような気がし、これではまずいと思い、俺は急いで春雨さんの手を離す。
しかし、俺の手は再び春雨さんによって、引っ込めようとした俺の手を掴まれる。
「…ご、ごめんなさい…もう少しだけ…もう少しだけ、このままで、お願いします…。」
とても弱々しく今にも消えてしまいそうな儚い声で放たれた言葉に、俺は胸に針を刺されたようなチクリとした痛みを感じる。
そして俺は圧力がかかる中、春雨さんが自身の異能を制御し終えるまで耐えた。血のまわりが悪くなる中、ただひたすらに黙って耐える。
それでも5秒程経つと体が軽くなった。
そして、春雨さんの顔を見ると、とても辛そうにしていた。苦悶の表情を浮かべ、くりくりの綺麗な瞳は、決壊寸前のダムの様に涙を溜め、今にも泣き出しそうだった。そんな中春雨さんは必死に言葉を絞り出そうとする。
「し、新海君…ごめん…なざい…わ、私が異能を制御、出来ない、から。新海君にも迷惑かけちゃった。私、気持ちが昂ったりすると…制御出来なくなるんです…。
い、今までもぞうでした。私に寄り添ってくれる人は、いないわげ…でもなかったん、です。でも、実際踏み込んでみると、結局みんな私がら、離れていっちゃうんです…。」
春雨さんは何度も鼻をすすりながら、耐えきれなくなったのか、そこで大きな滴を机に零す。
そして、黙って泣き出してしまう。全てを1人で抱え込み、耐え凌ぐ。俺はそんな春雨さんを見て、一気に胸が苦しくなった。先程よりも強いズキズキとした痛みと苦しみを覚えて俺は歯軋りをする。
そこで俺は何か声を掛けようとしたが、何も思いつかず、黙って手を握り続ける事しか出来なかった…。握る手は小刻みに震え、その表情からは罪悪感と不安などがひしひしと伝わってくる。
俺は春雨さんの事を、少しだけ知ったような気がしていた。しかし実際は、知ったようで全く知らなかったのだ。
俺は先程約2gの圧力を受けた。これは俺の人体干渉に対する抵抗力が高いおかげてこうなっている。
そもそも人体干渉力とは何か?
簡単に言うと、異能で干渉出来る度合いを指し示すものだ。
干渉力は3つ分けられる。
視覚情報として捉える事が出来る…つまり、目に見えるものに干渉する、物体干渉力。目に見えない空気(物体)などに干渉する、空間干渉力。人間に干渉する、人体干渉力。
これらは人それぞれに得意不得意がある。異能によって千差万別だが、俺の場合になると物体干渉力が高い。他の人に例を挙げるなら、神無月さんも物体干渉力が高いのだろう。そして空間干渉力は低いと言っていた。
そこで恐らく竜星は空間干渉力、大崎さんは人体干渉力が高いのだろう。
そして、人体干渉力には抵抗する事が出来る。これは異能を発現出来る人間なら無意識に発動するものであり、全ては才能によって決まる。なので、殆どの人が抵抗力は低い。その分、人体干渉は難しいものとされているので、簡単に干渉される心配はない事で、バランスは保たれている。
しかし、春雨さんは違った。
常人より高い俺の抵抗力を持ってしてもそれを上回る干渉力の持ち主。これは常人が同じ状況下になるとどうなるのかは、簡単に想像がつく。勿論子供の頃から今と同じような度合いの干渉力ではなかったはずだ。
しかし、子供の頃でも常人相手なら、2〜3g以上はあったはず。子供の体に2gや、3gがかかるとどうなるか?当然鍛えられていない体…それ以前に高校生と比べるまでもない成熟過程の途中の体では、それに耐える事は出来ず、簡単に押し潰されるだろう。
そして最近制御出来るようになってきたとも言っていた。それも加味すると、頻繁に暴走は起こっていた事になるだろう。それを心配して寄り添ってくる人も、いざ身の危険を感じると離れていくのは当然の事だった。
俺は春雨さんが今まで受けてきた孤独な思いや、他人を傷つけてしまう罪悪感に苛まれ続けた事を思うと、胸がギュッと締め付けられて苦しくなる。
常に孤独で絶望の闇の毎日の中、俺という存在が希望の光に見え、それに縋り付くもまた迷惑をかけてしまった罪悪感で、感情の波が押し寄せて溢れてしまったのだろう。
俺は春雨さんをどうしても助けてあげたい、力になってあげたいと思った。俺は春雨さんが落ち着くのをただ待つ。待つ。
今の俺にはそんな事しか出来ないから…。
そして春雨さんはとっくに泣き止んではいるが、俯いてこっちを見てくれない。時間は既に待ち始めて10分程。その間に俺は、ずっと手を握り続ける事しか出来なかった事に不甲斐なさを感じる。
そして、春雨さんはやっと俺の方を向いてくれた。涙の拭き過ぎて、目蓋が少し腫れていた。可愛い顔が台無しだ。笑顔が似合う子だけあって、俺は目を逸らしたくなる。でも逸らすわけにはいかない。俺からはそんな事は出来ない。そんな事を思いつつ。俺は春雨さんの言葉を待つ。
「ご、ごめんね、情けないところを見せちゃって。私やっぱり迷惑をかけちゃうし、その優しさを裏切っちゃうのが怖い。そうやって周りの人達が離れていくのも怖いの。」
「…俺は春雨さんから逃げたりしない。実際、異能に耐えれただろ?」
俺は会ってまだ数10分程の春雨さんにここまで感情移入出来ていたのは不思議だったが、そんな事は俺にはどうでもいい事だった。事情を知ってしまった以上、見て見ぬ振りはできない。そこで春雨さんは再び眉を顰めて、心配そうな顔をする。
「ううん、違うの…だって新海君が無理する必要ってないよね?これは私の問題。力を持ちながら、制御出来ない私のせいだよね?」
春雨さんは首を横に振りながらそんな事を言う。そこで俺はあえて強めに言い放つ。
「違う。確かに制御出来ないのは春雨さんの力不足が原因だ。でもね、それは1人で抱え込む必要はないんだよ?誰かを頼っていいんだ。俺は春雨さんの理解者になりたい。友達になりたい。さっきされた事なんて喧嘩みたいなもんだよ。俺は気にしてない。」
そこで、春雨さんは少し黙る。しかしすぐに口を開き喋り始める。
「新海君はやっぱり優しいな。私、昨日君を見つけた時、嬉しかった。私の側にいれる可能性がある人を見つけて嬉しかった。私はでもそんな君に酷いことをしちゃったよね?」
春雨さんはそこで再び俯き黙る。俺はその様子を黙って見届ける。そして顔を上げ、立ち上がり、椅子から離れる。春雨さんの表情を見れば、決心がついた事は直ぐに分かった。
そして俺も春雨さんに合わせて立ち上がる。
「…新海君が許してくれるなら…私、君に甘えてもいいのかな…?」
その声はとても小さく、震えていた。頑張って踏み出そうとして、声を絞り出したのだ。
「あぁ、俺を頼ってくれ。」
俺は春雨さんが少しだけ心を開いてくれた事がとても嬉しかった。彼女が頑張って俺に声を掛けてくれた事から始まり、最後まで踏ん張った彼女の努力のおかげだ。とても強い子だと、俺は素直にそう思った。
「よかっ…た。」
そして春雨さんは少し笑みを溢し、力が抜けたのか崩れ落ちる。俺はそれを一瞬で前から支えに入り、受け止める。俺は春雨さんを正面から抱きしめる形になってしまったが、今は仕方ないだろう。
そこで春雨さんは恐らく安堵したことにより緊張の糸が切れ、力が入らなくなったのだろう。
そして俺は自分で立ち上がれるまで支えてあげていた。数10秒後、自らの足で立ち上がった春雨さんは、羞恥の感情により顔を真っ赤に染め上げていた。
「し、新海君、い、今のは不可抗力というか、仕方ないから、抱きしめた事にはならないよね!?」
「え?」
俺は急に何を言い出したのかと思い驚いたが、心の余裕が出てきた事によって恥ずかしくなってきたのだろうと思い、俺は気にしないように言った。
「そ、そうだね、別に気にしなくて大丈夫だよ。」
「そ、そうですよね!気にしてないですよね!な、なら、わ、私も気にしません!」
明らかに動揺しているが、笑顔が春雨さんに戻ってよかったと思いつつ俺は、腕時計で時刻を確認する。13時6分。まだお昼休憩の時間がある事を確認して、俺は春雨さんを昼食に誘う事にした。
「春雨さん、今からまだ時間あるから、食堂へ一緒に行かない?」
「は、はい!い、い、一緒にいきまふ。」
俺はそこで思わず吹き出す様に笑ってしまう。それを見て春雨さんは頬を膨らませて怒っているようにしていたが、その姿も俺にとっては可愛いだけだった。
俺はもっとこの子の事を知ってみたいと、この短時間で思うようになっていた。
そして、俺に出来る事は何かと真剣に考えていた……。




