6-3 唯一頼れる人
俺はどういう訳か分からないが簡単に上達し、シャトルを綺麗に飛ばせるようになった事で、達成感に浸っていた。
俺はもっともっとバドミントンをしたい、上手くなっていきたいと思うのは元からだったが、俺はその思いが更に強くなっていた。少し調子に乗ってきた俺だが、まだ基本の基本が出来るようになったくらいだ。なので自惚れずに精進に励もうと思っていると、部活動の終わりが呆気なく告げられた。
体育館の時計の針は7時10分を指しており、知らぬ内に2時間も経っていた事に気づく。なので俺はコートの後片付けを手伝う。
そこで俺は部活動体験に来ていた女の子がポールを運ぼうとしており、もたついていたところを見かけたので、俺が代わりに運んでいこうとする。
「あ、これ俺が持っていくよ。鷲川先輩…これって…あそこに持っていけばいいんですよね?」
俺はその女の子からポールを渡してもらい、手にしながら先輩に場所を訊く。その際に、その女の子が何か言っていた気がしたが、あまりにも小さく、ボソボソとした母だったので、聞き取る事は出来なかった。
そして鷲川先輩は俺の言葉に反応し、こちらに振り向く。
「…ん?おぉ、助かる。そうだ…あそこの奈々華が立ってるとこの入り口の奥に持っていってくれるか?」
「分かりました。」
俺はそう言ってポールを運んでいく。この後も順調に後片付けは進んだ後、部員全員での挨拶をして、今日の部活動は締め括られた。
そして終わるタイミングが皆一緒なので、全員が同時に更衣室で着替える事になる。俺は中条さんの身が心配になりつつも、俺の身の心配もしていた。
それは何故かというと、俺が着替えている途中で、知らず知らず先輩達に囲まれていたからだ。それも現在進行形で。
俺はその事に今気付いた振りをして、くるりと振り返り、ロッカーに背をつくように後ずさる。
「え?あ、ちょ、先輩達…俺になんか用ですか?」
「あぁ、そうだな…」
そう言って佐野先輩が俺の両肩に手を置く。
(…あれ?もしかして…逃げ場なくなった?俺どうなるんだ…。)
そんな事を思っていた俺だが、鷲川先輩が現れた事で助けを求めようとしたが、向こうから話し掛けてきた事で、会話は唐突に始まる。
「新海…今日凄かったな。上達スピードには目が…って、お前ら何やってんだ?」
「…いや、お前と同じ事言おうとしてたんだよ…。」
「え?そうなんですか?」
鷲川先輩にジト目を向ける佐野先輩達を見て、俺は思わずそんな質問をする。
「そうだぞ?いやー俺達はなぁ、お前に期待してたんだぞ。博隆の走りについていけるやつなんてそうそういないからな!」
「「「だよな!」」」
そう言って次々と先輩達から賛同の声が上がる。俺はその熱気に若干気圧されつつも平常心を保つ。
「だから、前回は残念だったが…今回で頭角を現してきたな。」
そこまで言われてから、俺の知らない先輩?からも声を掛けられる。
「確かに、オーバーヘッドストロークを少し上手く出来ただけで、調子に乗るのは良くないが…得意な打ち方があるならそれは強みになる。…入部期待しているぞ?」
そう言って身長185cm程のがたいが良く、顔つきは少し怖い先輩?は、更衣室から出て行った。俺は今の人が気になり鷲川先輩に訊こうとするが、その考えを読まれたかのように、先に話し始める先輩。
「今のは、渡辺先輩で、ここの部の部長だよ。顔は少し怖いけど、いい人だからどんどん頼るといいよ。」
「そうなんですか…。」
俺は先程先輩が出て行った出口の方向を一瞥した後、部活中に疑問に思っていた事を鷲川先輩に質問する。
「鷲川先輩…俺1つ気になったんですけど…この部に外部コーチって、いないんですか?」
そう、この部はこの学校の先生の姿もなく、外部の人間もおらず、生徒が主体となり部活に励んでいた。俺はその事を見て疑問に思っていたわけだ。そして鷲川先輩は少し困った様に頭を掻きながら答える。
「外部コーチは土曜日だけくるんだよ。平日も来る日もあるけど、基本的には土曜日だけだよ。あと…顧問は東條先生なんだけど…あの人全然顔出さないから…。」
俺は東條がこの部の顧問だった事に少し驚き、その話を聞いていた。
「でも、コーチからはメニューを教えてもらってるし、分からない事があったら、俺達が教えるからどんどん訊いてくれ。」
「わかりました…あ、俺先に失礼しますね。お疲れ様です!」
「「「お疲れ様ー。」」」
俺は勝也には、部活動の後に用があることは事前に言っておいたので目配せだけして先に更衣室から出る。
すると、女子更衣室の前で既に着替えが終わっている神無月さんが、壁に寄りかかる様にして待っていた。まさか俺より早く着替えが終わっているなんて思ってもいなかったので、少し驚いていた。
「着替え早いんだね?もういるなんて思ってなかった。」
「そう?あなたが遅いだけじゃないかしら?」
「そうかな?ハハ…。」
そう言って神無月さんは俺に、じと目を向けてくる。その表情は俺的には何かくるものがあったが、煩悩を振り払い、とりあえず中条さんの安否を確認する。
「そういえば中条さんは大丈夫そうだった?中で撃沈されてなかった?」
「えぇ、大丈夫そうだったわ。奈々華先輩にいろい…。なんでそんな事訊くの?」
神無月さんは眉を顰めて俺に疑いの目を向けてくる。俺は誤解される前に早口で説明する。焦っていた俺は逆に怪しかったかもしれないが。
「え?あ、いや、遠藤先輩と一緒な空間にいると、おもちゃにされちゃうから、心配になって…。」
「そう?そんな事はいいわ…早く行きましょう。」
「え?どこに行くの?」
そして俺は何処か別の場所に行く事を伝えられていなかったので、直ぐにそう質問する。
「…時間も時間だし、ファミレスでも一緒にどうかしらと思っていたのだけど…何か都合が悪かったかしら?」
「え?あ、いや、全然大丈夫だけど…。前回も思ったんけど、神無月さんって友達作らないとか言ってる割には結構フレンドリーなんだと思って。」
俺がそう素直に思った事を伝えると、それと同時に神無月さんは自身の胸の前くらいで右手の拳を固める。視線も刺々しくて肌に刺さって痛く、殴られたい訳でもなかったので、直ぐに無かったことにしようとする。
「え、あ、いやいやいや、嘘嘘嘘。嘘ですなんでもございません。さ、さぁ、もう時間も遅いし早く行こう!」
俺はそんな事を言いつつ、神無月さんの右横に並び、歩き始める。そんな俺を見て神無月さんは俺の左手脇腹を軽くパンチしてくる。まったく痛くなかったのが、本人なりの優しさだろう。そうして俺達は、足早に体育館を出た……。
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以前楓と来た事がある学校近くのファミリーレストランに俺達は足を運んでおり、既に注文を済ませていた。やはり神無月さんと2人っきりになると少しドキドキし、心拍数が上昇する。
長いまつ毛にプルプルとした唇。吸い込まれる様な漆黒の瞳や、手入れの行き届いた癖のない闇夜の様な黒い髪。俺はそんな美々しい神無月さんに自然と目がいってしまう。
それは神無月さんが魅力的という事もあるが、別の要因もあった気がしたが、いくら1人で考えていても分からないので思考を放棄する。
そして朝の会話から神無月さんがどんな話をするのかだいたいの見当はついていたので、その事柄について頭を切り替える。
そこで俺はどこまで神無月さんに話すか決める事にした。全て隠し通すのも可能だと思ったが、俺は不思議と神無月さんには壁を乗り越えて欲しい、今自分が目指す高みはどれ程のものか再確認して欲しいと思っていた。
俺は神無月さんには期待しているのだろう。無意識に。
そして、神無月さんがゆっくりと口を開かれる。
「まず、朝の続きだけれど…学校以外で起こっていた事件の事には何も訊くつもりはないわ。上手くいったのか、ダメだったのかが気になっていただけだから。」
神無月さんはじっとこっちを見ていたが、俺は神無月さんの喋る言葉を一旦黙って最後まで聞くことにした。
「…私はあなたに決闘で負けてから私はまだまだという事を再確認した。そして先の事件を私は部屋から見てたの、東條先生の戦いを…。あれは何?もはや同じ人間だという事を疑うレベルの力量差だったわ。私の目指しているものはあれ程のレベルだという事をね……。」
そこで神無月さんは悔しそうに俯き少し黙り込む。俺はそこで神無月さんの心に深刻なダメージを負い、挫折しそうになっているのではないかと思った。
しかし俺の予想は外れる。そして、再び俺の方を向き、目を向けてきた時に俺は確信した。
(まだ折れていない!)
神無月さんは、自分がどうやれば高みに登れるのか真剣に考える顔になっていたからだ。そんな力強い騎士のような眼差しを俺に向けつつ、再び話し始める。
「だから、私から1つお願いがあるの…。あなた以前にアドバイスくらいなら出来るって言ってたわよね?」
「うん。」
そこで俺は神無月さんが何を言おうとしているのかを悟る。
「そこで、私が強くなるために協力して欲しいの。どんな事でもいい。私はあなたを評価しているわ。」
俺はそこで悩むまでもなく即答する。
「分かった。」
「うん、分かってる、嫌って言うのは…え?…今なんて?」
「分かった、と言った。協力するよ神無月さんに。」
俺は既に予想がついていたので考えを先回りして、あらかじめ結論を出していたのだ。俺が即答したり、あっさりとYESの返事をすると思っていなかったのか、神無月さんは瞬きを何度もしたりして、うろたえていた。俺はそんな可愛い一面を見てニヤニヤしながら、神無月さんが喋るのを待つ。
「あなたその顔…いえ、なんでもないわ。あっさり了解をもらえたのは以外だったけど、私としては嬉しい事だから、特に言う事はないわ。それで、日付なんだけど、毎週土曜日の午後1時からでどうかしら?部活が土曜日の午前中にあるのだけれど、その後ね。」
「分かった。都合がつかない日はどうすればいい?」
「その都度また連絡してほしい。」
俺は黙って頷く。
そして1つ疑問に持った事があったので、神無月さんに訊いてみる。
「どうして俺なんだ?別に東條でもよかっただろ?」
「東條先生には授業で訊くわ。来週から本格的に始まるでしょ?その時にね。あと別の人からの意見も聞きたかったから。」
「そうか…。」
俺はそこで夏威の名前を出そうとするが、やめておく。姉弟の関係は詳しくないが、無闇に突っつくのはよしたほうがいいと判断した。
そして俺は神無月さんの顔をじっと見つめる。すると当然の様に神無月さんもその視線に気づく。そんなお互い探り合う様な視線を向けていたら、背後から聞いた事がある声で話し掛けられる。
「あれ?隼人君に曜ちゃんじゃん。え?何そんなに見つめ合って、やっぱり2人って付き合ってる?」
俺はそんな声の主の方に振り向く。そこには遠藤先輩と鷲川先輩の姿が。俺としてはそちらの方がお似合いなのではないかと思っていた。
「違います。それで思ったんですけど、奈々華先輩は付き合っているんですか?」
そんな冷めたものを見る様な無表情の神無月さんから、俺の気持ちを代弁するようなカウンターが放たれた。それをまともに食らってしまった遠藤先輩はわかりやすくうろたえ始めた。
「え?いやいやいや、違うからね?!誰がこんな奴と付き合うっていうの!?」
そんな事を言いつつ、鷲川先輩に指を指す遠藤先輩。
誰も「鷲川先輩と付き合ってるいるんですか?」なんて事を訊いていないので、とても分かりやすかった。この人はお茶目な人なんだと思いつつ、同席する事になった。俺は「分かっています。邪魔しませんよ」と顔に書き、微笑んでいた。
そして……。
(え?ちょ、なんで隼人君と曜ちゃん分かってますよみたいな雰囲気出してるの?!もしかして、バレてる!?えぇぇ、ちょ、ちょ、どうしよう?!なんて誤魔化そう……。)
そんな内心はめちゃくちゃパニックになっていた遠藤先輩だった……。




