5-3 輝かしい日常の再開
俺達は留置所に入れられるといっても、あくまでも反省が主として、ただただ最低限度の設備が整っている部屋に入れられている状況になっていた。設備が整っていると言っても、6畳の広さに、小さめのシャワー室や、トイレ。水だけが入っている冷蔵庫。テレビはもちろんないが、机に椅子。ソファーにはクッションが用意されていたくらいのただのワンルームに近い。
食事も定時に用意されるので、部屋から出れないだけで特に問題はなかった。そして、俺はこの部屋に入る前の事を、ふと思い出していた……。
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俺は楓とかずさんと別れる際に、無意識に楓の手をずっと握っていた事に気づいた。それを楓に伝えて離れると、何故か顔を赤らめ少し涙目になっていた楓に、然も当然の様に右ストレートをお見舞いされていた。
その反動で俺は尻餅をついており、俺は訳が分からず、怒って「ズンズン」といった音が聞こえてきそうな程、足を強く踏み出しながら部屋に入って行く楓の背中を見送っていた。
かずさんに今の楓について、「どういう事?」と訊いても、「今のはお前が悪い」との一点張り。
そして、俺はかずさんに報告書を書いて転送する用のタブレット端末と充電コードを渡されて、部屋に入れられたのだ。
そして今に至る。俺は先程殴られた左頬を優しくさすりながら考える。
しかし、これといった確信は持てず、俺は考えるのをやめ、記憶が新しいうちに報告書を書く事に決めた。余計な事を頭の片隅に追いやって考えを纏めるのに集中する事にした……。
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俺は報告書を書き終えてデータを送信すると、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。左手の腕時計で時刻を確認すると、既に6時7分だった。
「げ、もうこんな時間かよ…。」
俺は報告書の他についてもいろいろと考えながら書いていたので、時間を忘れて熱中していた。シャワーもせず、着替えもしていない。俺はよくこんな状態で集中出来ていた事に驚きだったが、意識すると余計に体が鉛の様に重くなってきたので、さっさとシャワーを浴びる事にした。
俺はシャワーと着替えを終えると、クッションを抱き抱えながら直ぐにソファーに横になる。俺は真っ白な天井を見つめながら昨日の事を思い出す。
そして、竜星と楓の顔が自然と思い浮かんできた。今日(既に昨日の事)は良い事もあったが、悪い事もあった。何より心配だったのは竜星の心境だったが。俺は人の事をとやかく言える程の心境ではなかったが、ただただ心配だった。
俺はそんな事を思いつつ、ゆっくりと目を閉じる。俺は疲れていた事もあり、直ぐに泥のように深い眠りへと沈み込んでいった……。
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「隼人…人は悩む生き物なの。悩まない人なんていないわ。勿論私も悩んでる。だから、悩む事は悪くないわ、大事なのは出した結論。本人が満足する結果だったのかは後から分かる事よ。今からうじうじしてても、しょうがないわ。」
「でも、僕はやっぱり心配だよ。後悔するのも嫌だし。」
「そんなの当たり前じゃない。私も後悔するのは嫌よ。だから、出した結論をどう乗り越えて行くのかが大切なの。大丈夫、隼人!隼人は強いでしょ?私は知ってるんだから…だからね…今…」
俺はそこで勢いよく目を開き、体を起こした。ふと目元を触り、確認してみる。
「今日は泣いて、ない…か。」
俺は先程まで見ていた夢を忘れ、部屋のデジタル時計で時刻を確認する。すると既に17時21分だった。俺はだいぶ長い間寝ていたようだ。
そして俺は寝起きの状態で数分程動かずに、ぼーっとしていた。そこにノックの音が3回聞こえてきて、扉越しに声を掛けられる。
「隼人起きてるか?もう時間だから、用意出来てたら出てこい。」
俺はかずさんの聴き慣れた声が聞こえてきたので、ゆっくりと立ち上がり、顔を洗い、歯を磨き、トイレを済ませてから、着替える前の服を持って部屋を出た。
すると廊下で、かずさんが壁に寄りかかりながら待っているのを見て、少し待たせた事を申し訳なく思う。
「隼人、お前ずっと寝てるから心配したぞ?食事も一回も取ってないそうだな?」
「心配掛けてすみません。報告書提出してからずっと寝てて、さっき起きました。」
俺は一度お辞儀をして、歩き始めたかずさんの後ろに、ぴったり寄り添うよりに付いて行く。
「いや、お前が元気そうでよかった。もう帰ってもいいらしいから、入り口まで送るぞ。…あと、その今着ている服は持ち帰っていいから、着替える前の服は預かってもいいか?返り血もついて落とすの大変だろ?洗濯して返すから、その時一緒に今の服は返してくれ。」
「何から何まで、お世話になってすみません。」
「気にすんな。あとは俺から言える事は、もう無茶をしない事と。」
そこでかずさんは立ち止まってこちらに振り向き、俺をじっと見つめながら、真剣な顔で口を開いた。
「楓を、お前の手で守ってやってくれ。」
「は、はい?わかり、ました……。」
俺はなぜ改めてそんな事を言ったのか分からなかったが、とりあえずかずさんの願いを聞き届ける。そしてかずさんはロビーにいる人影に向かって既に指を指していた。
「ほら、友達と楓が待ってるから、行ってやれ。」
「はい。あ、これお願いします。」
俺は返り血のついて汚れたトレーニングウェアと、パーカーを手渡す。そして、もう一度お辞儀をしてかずさんと別れる。俺は少し小走りで2人に近づく。
「ごめん、少し待ったか?」
「そん……」
「遅い!バカ!どうせ寝てたんでしょ?」
竜星の喋った言葉は全て楓の大きな声で搔き消されてしまった。
「ちょ、そんな言い方する必要はないだろ?」
「あるよ!ほんと、人は待たせるし、デリカシーはないし、分かってる?」
「なんでそんなに怒ってるんだ?」
「あんたのせいでしょ!?」
俺は楓が怒っている事がよく分からなかったが、とりあえず、昨日の夜から何も食べていない事もあり、俺の体は空腹を訴えていたので、ご飯を食べに行く事を提案する。
「なぁ、腹減ったから、飯行こうよ。」
「うん、僕もお腹空いた。ここで出される量じゃ、満足出来なかったから、もうペコペコ。」
「隼人が奢ってくれるなら…ついて行く。」
楓はそっぽを向きながらも俺の意見に反応してくれたが、どうやら奢る事が前提のようだ。そして、更に追い討ちをかける一言。
「あ、隼人君、悪いんだけど、僕今お金持ってなくて、後で返すから、ご飯代貸してくれない?電車賃も。」
「え?ちょ、お前ら…嘘だろ?」
「「本当だよ。」」
「なるほど、そんなに、俺を虐めたいようだな。そっちがそうくるなら、俺は徹底抗戦の構えをとるだけだな。」
そう言い残して俺は軍の本部ロビーから全力ダッシュで逃走を開始した。
しかし、楓の身体強化を使った追跡からは逃れれるはずもなく、あっさりと捕まり、近くのファミレスに寄る事になっていた。当然、俺が全払いで。
俺はこうなってしまった以上、仕方ないと思い注文をしていた。
そして俺は注文を終えて、愚痴をこぼしていた。
「楓、異能を使うのはセコイ。単純な走力で勝負するべきだ。異能使うのありなら、俺は飛んで逃げてた。」
「え?誰も異能使うななんて言ってないでしょ?そもそも、素の走力なら隼人には追いつけないし。あと飛ぶなら何か投げて撃退する。」
「え、金宮さんの、さっきのは異能だったのっ!?めちゃくちゃ足が早いのかと思ってたんだけど、違ったんだ。」
俺と楓は真顔で言い合っていたが、顔を合わせて同時に笑い出す。
「え?嘘だろ竜星?流石に俺達を笑わす冗談だよな?」
「え?冗談じゃないよ?」
竜星は真顔でそう答える。「え?どうゆうこと?」と言いたげな、惚けた顔をする竜星。
「まじかよ…楓は異能使ったら100m、3秒台なんだぞ?それが素の身体能力とか、どんな脳筋ゴリラだよ…ブフッ…。」
そう言った次の瞬間、俺は対面に座る楓に身を乗り出しながら右手で顔面を掴まれていた。
「隼人は一遍死んだほうがいいよね?」
「ちょ、やめ…イダダダダダ。楓、顔も怖いし、痛いわ!」
楓は笑顔だったが、逆にその笑顔が恐ろしかった。そんな俺を見て竜星は楽しそうに笑っていた。俺達は大声を出して、はしゃいでいた事で店員さんにとても恐ろしい顔で注意されてしまったが。
俺達はそこで一度黙って大人しくなる。しかし、また懲りずに話を再開する。
「竜星。もう大丈夫なのか?」
「え?何が?」
「いや、兄さんの事とか…。」
俺は心配していた事を素直に聞いてみる事にした。
「うん、大丈夫だよ。ごめんね心配かけて。仲直りも出来たし、今はやる事も見つかったし、それに、友達も出来たから、全然問題ないよ。」
竜星は満面の笑みを俺達に向けてくれた。俺は竜星が立ち直ってくれた事、そして、友達と言ってくれたことがとても嬉しかった。
俺はこんな日常が続いたらいいのにと、不安な事を忘れるくらいに俺は楽しんでいた。
今後も素晴らしい日常が続く事を願って。
ただ、そう願っていた……。
5章の最終話になります。
小説1巻目を意識したお話になるので、話はここでひと段落つきます。作者の自己満足なのでこれは気にしなくても問題ないです。
話はまだまだ続きますので、次回の6章1話もどうぞよろしくお願いします。
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