5-2 事件の全貌
俺達は今、軍の本部施設の中にあるエレベーターに、3人で乗っていた。それはある人物に会う為だろう。俺はそう予想していた。
そして、俺達は「上」ではなく、「下」に向かって降りていた。そんなに地下深くに目的の階がある訳ではないので、直ぐにその階についた。階数表記は「B9」。つまり、地下9階だ。
まだ下の階はあるが…今は関係ないので、俺達はさっさとエレベーターから降りる。
「かずさん、俺達を呼んだのって…。」
「あぁ、隼人の考えている人であっている。さぁ、中に入るぞ。」
俺達は地下9階を丸々自身専用フロアにし、私的に使っている人物の部屋の扉を、4回ノックをした後、「どうぞ」と、返事が返ってきたので、扉を押し開けた。
中の部屋の広さは約40畳程で、床、壁紙、天井は全てコンクリート。両方の壁際には大量の資料がファイルでまとめられており、綺麗に4段の棚に並べてあった。観葉植物もなく、ただただ「無」という印象を与える部屋だ。扉はまだ他にあり、部屋の最奥にはデスクが置いてある。
そして、その向こう側に目的に人物は俺達に背を向けるようにして、悠然と立っていた。
身長は160cm程、髪は完全に白髪だ。なぜなら、奴は既に60歳を超えているからだ。
しかし、背筋はピンと張り、スーツの上からでも分かる鍛え抜かれ引き締まった筋肉。本当に60歳を過ぎた人とは思えない程の若々しい見た目を保っていた。
そしてその人物は、意外にも余計なプレッシャーを放つ事なく柔和な笑みを浮かべながら、こちらに振り向き、ゆっくりと近付いてきた。そして、無駄に興奮しつつ、早口で喋り掛けてきた。
「楓ちゃーん、久しぶりー、元気にしてた?今日も一段と可愛いね!うんうん。あれ?ちょっと血がついてるけど、大丈夫なの?怪我してないよね?返り血かな?もう、無理したらダメだからね?」
その老人は、楓しか眼中にない様な動きで楓に接近し、舐め回す様に体を見つめていた。楓は嫌そうな顔をしつつも、拒絶する事はせずにピタリと動きを止める。
そして負の感情は声には出さずに、淡々と話す。
「え、はい、大丈夫です。怪我はしてないですから、そんなに近寄らなくても大丈夫ですよ、司令長官。」
「え?でも、ほら、可愛い顔が台無しじゃないか!うーん、直ぐに洗って綺麗にしてあげたいんだけど…今は話す事が優先だから、ちょっと待っててね?」
「…はい。」
少し遠回しに「離れろ」と言っていた楓。俺達はその光景を黙って佇みながら見ていた。
そう、こいつは楓の事が大のお気に入りなのだ。だからいつも楓には甘く接していた。
しかし、誰もそれが本当の事なのかを知らない。いや、分からない、読み取れないと言ったほうが適切だろう。甘く接しているのは事実なのだが、それが演技ではないかと思ってしまうのだ。何かそれをする事で意味を成すと思ってしまう。
こいつは素の状態はこんな風にはならない。普段は軍のトップを担う事の違和感がない程の威厳があり、高圧的なプレッシャーを感じる話方や佇まいをしている。約20年前の話だが、元1等総長だった経験もあり、今の立場についている。そして、超がつく程の実力者なのに、意味の分からない言動を多々する。それも楓に対してだけ。全くもって意味が分からない。
そんな事もあり、誰もこいつの考えている事が読めない。だが、こいつは他人の考えている事が手にとるように分かっている様な話し方をする。こいつは不気味な奴だ。俺は基本的にはこいつと関わりたくないと、そう思っている。
そして今度はすっと、俺を睨む様に視線を向けてくる。
「隼人、貸し1つとは随分と大きく出たね?君、私にいくら恩があると思っているんだい?名前持ちも、1人も殺せてないみたいだし。そんなのじゃ、貸しにもならないよ?」
その声音とその人物が組み上げる先程の雰囲気とはまるで違う。こいつは多重人格なのではないかと錯覚する程だ。
そして俺は少し黙る。こいつが言った事は、全て本当の事なのでまともに言い返せないからだ。しかも、俺達が潜入していた悪事を揉み消すのもこいつだろう。つまり、俺は黙り込むしかなかったのだ。
「学校は東條君のおかげでほぼ無傷。
1番の被害を出したのは研究所。楓ちゃんは仕方ないけど、君がついていながらこの結果はどうなのかな?軍を辞めたくせに馬鹿の一つ覚えの様に顔を突っ込んでくる。君の行動パターンは読みやすいけど、君の考えている事は全くもって理解に苦しむね。
やれやれ、そんな迷いがあるからこそ、君は大事な者を失ったんじゃないのかい?」
俺はそう煽る様に言われて、一気に頭に血が上り、顔が熱くなるのを感じとる。更に自身の感情が全て怒りで塗り潰されていくのを感じた。
そして俺は思わず手が出そうになる。いや、実際に俺の手は動いていた。しかし、それを俺の背後で見ていたかずさんに、俺は腕を掴まれる形で拘束され、止められる。
「やめろ隼人!お前自身も分かっているだろ!こんな事をしてもなんの意味もない事くらい。冷静になれ!」
奴は俺をじっと見つめて、再び話始める。
「…田中君、ありがとう止めてくれて。暴走する隼人を止めるのは少々面倒なのでね…。
そして君は、学ばないね。普段はとても冷静。頭の回転も早く周りの様子もよく見れる人だ。しかし、冷静になれないと君は、自身の出せるパフォーマンスが著しく低下する。そこが君の大きな欠点だ。やはり、まだまだ子供と言ったところか…。」
俺はこいつの言葉を聞いて悔しくて悔しくて、下唇を噛んで堪える。それは俺自身の課題として分かっている点を、ピンポイントに言い当ててきたからだ。そこで俺は何も言えず、俯いたまま黙り込んでいた。
「そうそう、藤堂竜星君の事だが…。」
俺はそこで竜星の事が気になり、直ぐにパッと顔を上げる。
「犯罪に加担した事にはなっているが、何も出来ていない事と、未成年ということから、ここの留置所での1日だけの身柄の拘束で済むはずだよ。そう先程連絡が入った。」
「分かった…。」
俺はそう短く返事をして、とりあえず安堵する。俺は深呼吸をして、冷静さを取り戻す。そして落ち着いた事を表し、かずさんに拘束を解いて貰う。そして、報告する事はして、質問をする事にした。
「訊きたい事は山程あるが、とりあえず簡単な報告だけさせてもらう。
まず1つ目に、名前持ち相当の新人の実力者を新たに確認した。異能の詳細は掴めなかったが、空間に穴を開け、移動するタイプの異能という事は分かった。
それともう1つ、奴らは研究所の地下のデータをコピーしたと言っていた。どんなデータかは知らないが、あんたなら知ってるんだろ?
そして最後に、奴らの一部の連中の目的か組織全体の目的かは残念ながら検討はつかないが、地球上の全人類を異能使いにすると言っていた…。
俺からは以上だ。」
俺の言葉を何も言わずに聞いて、奴は黙って考えこんだ後、ゆっくりと口を開く。
「研究所の部隊からは中で起きた事は、まだ報告されていなかったから、殆どが初耳だね。でも新しい新人の話は既に聞いている。各地で同じような報告を聞いたからだ。奴はこの計画を立てる上での最重要人物だったんだろう。
そして、あそこの研究データは簡単に盗めるようなプロテクトになっていないはずなんだが…まぁいい。それで、奴らの目的だが、おそらくこの各地の襲撃はメインのシナリオではないだろう。サブとして考えているはずだ。我々も探っているが、真相には辿り着けていない。」
そこまで言って奴は机の向こう側に戻り、皮張りの椅子に座る。そして腕を組みながら再び話始めたので、俺は黙って耳を傾ける。
「まず今回、我々は相手が簡単に尻尾を掴ませている事で、ズボラな計画だと思っていたがそうでない事に前日に気がついた。あまり重要ではない事を掴ませて、本当に隠したい事は隠し通していたんだろう。
そこで我々はその裏をかくように研究所にあえて簡単に侵入させる事により、一網打尽を狙った。
しかし、同時に複数の場所が名前持ちからの襲撃を受けた事により、研究所に回す人手が足りなくなった。そして、新たに現れた新人のせいで全てが相手の思うままにされてしまった訳だな。幸い研究員は前日に避難を終えていたので、人的被害は軍人だけだ。」
俺は奴の話を聞いて疑問に思っていたものが少し解消された。俺はその話に納得をしていたが、同時に状況はまずいものになっている事に気づく。
「あんた、今結構軽い感じで言ったが…今状況は凄いまずい事になっているんじゃないのか?珍しい移動系異能使いの登場に、機密データの漏洩。どうせ他の場所でも、上手い様に逃げられて名前持ちを始末出来てないんだろ?」
「…そうだね、始末出来た名前持ちは、僅か1人だけ。東條君が始末してくれた意外は全て取り逃している。
そして、私は今、かなりまずい状況になっている事を理解しているつもりだ。それで私の独断だが、隼人、君を軍に正式にオファーする。君がしでかした事は全て水に流そう。それに人を助ける事も公的に出来る。君にとってもいい事ばかりだろう?」
俺はそこで言われた事に対して悩んでしまう。確かに軍に入ればいい事もある。今回のような事が起きれば簡単に駆けつける事が出来るからだ。それは夢の一歩にもなる。
しかし、それ以外の事を考えると俺は全く気が進まなかった。そして俺は無意識に難しい顔になる。それを見た楓が心配したのか、声を掛けてくれる。
「隼人…別に無理する事はないんだよ?隼人の好きなようにすればいいんだよ?」
その声は、あまり力が入っておらず、消えかかる直前の様に言った気がするが、俺はそんな事は気にしていなかった。
そして、俺は楓の心配そうな顔をじっと見つめる。すると何故か俺は迷いが消え、直ぐに決める事が出来た。俺自身何が起きたのかは分からなかったが、迷いが消えた事でそんな事はどうでもよくなっていた。なので俺は迷う事なくそれを口にする。
「いや、俺は軍に戻らない。俺は手の届く範囲で助ける。そして、また邪魔するかもな…。」
「本当にそれでいいんだな?」
「あぁ、俺が決めた事だ後悔はない。」
「わかった。非常に残念だが…子供の我儘という事で聞いておこう。
だが、いずれお前は戻ってくるだろう。この世界に。」
確信めいた言い方をされ、俺はそこで押し黙る。
そして、もう追加して話もないだろうと思い振り返り帰ろうとする。しかし、そこで話し掛けられて背を向けるのをやめる。
「お前達は一応1日留置所に入ってもらう。楓ちゃんには悪いけど、一緒に入ってもらうね。」
そこで俺と楓は黙って頷いた。
「あと留置所の中で報告書を書いてもらう。なるべく詳しく書いておけよ。一応移動系異能使いと対峙したのはお前達だけっぽいからな。」
俺は一応会釈をして、一足先にその部屋から出た。数秒後、楓とかずさんも部屋から出て来て、エレベーターに乗り込む。
そして俺はその間、無意識に隣に佇む楓の手を握り続けていた……。




