4-5 深部に隠されしモノ
俺達は地下に進んでからというもの、地下3階までは敵や職員、ましてや死体すら存在していなかった。なので順調に進んでいたのだが…そこからは簡単には進めておらず、膠着状態が続いていた。俺達は角から少し顔を覗かせながら小声で会話する。
「このままだと時期に上が制圧されて、軍の連中が突撃してくるな…。」
「うん、そうだね。でも、この長い通路で見張られてたら進むのも無理だよ?」
「うーん、そうだな…そろそろ銃を使って一気に進む必要があるな…。」
俺達は地下3階に到着してから、長い廊下の先で見張っている人影を見つけていた。廊下は何も遮るものはなく、相手から銃を簡単に撃たせてしまう距離だった。
俺達はどうしたものかと頭を悩ませており、廊下の壁に張り付き、隙を窺っていた。銃を使い無理やり突破する事も考えたが、それだと後が続かない可能性が高い。奇襲も使えなくなり、2人の限界が来てしまう。俺としては自分の出来るところまでいいと思いつつも、内心では「もっともっと人の役に立ちたい!」「俺の手の届く限り、もっと足掻いてみたい」と思ってしまっていた。
(クソッ!俺は何をしているんだ。もうここでいいじゃないか!引き返せばいい。なぜそれが出来ない!俺は本当はこんなところにいたいわけじゃない!いや、それは俺の本心なのか…?)
俺は心の中のモヤモヤと葛藤し、周りがあまり見えておらず、楓が接近している事に気づかなかった俺は、そこで少し情けない表情を楓に見せてしまった。
そして楓は黙って俺の事を正面から抱きしめ、俺の胸板に顔を埋める。そして顔を上げ、綺麗な瞳で俺を見つめてくる。
「隼人…もういいよ、隼人はよく頑張った。もう、こんなに震えてちゃって。ふふっ、隼人らしいんだから…。
どんなに隼人が変わっても…私は隼人の味方だから。ここで諦めても、誰も文句は言わないよ?だから、もう帰ろう?」
楓は俺の顔を見ながら優しく微笑み、そう言ってくれた。そんな楓の気遣いに俺は胸がいっぱいになる。
そして俺はそんな楓の顔を見ると何かを思い出し…いや、何かを思い出したが鮮明にはわからない。そこで、ポロリと涙が溢れ落ちた。
「あ、あれ?おかしいな、なんでここで泣いてんだ?俺…。」
俺は溢れ出る涙を、拭き取るように目を擦る。上手く拭っても、永遠に溢れ出す涙に視界がぼやけ、楓の表情がはっきりと読み取れない。
「ふふっ、隼人の泣き顔なんて久しぶりに見た。励ますつもりだったんだけど…逆効果だったかな?」
そこで俺は涙を完全に拭い、溢れ出す涙も止まった。ゆっくりと確実に気持ちをリセットする。そして、一度だけ大きく深呼吸を挟む。
「ふぅー、よし、もう大丈夫だ。ありがとな、楓。」
俺がそう告げると、楓は満足そうに微笑みながら黙って頷き、俺からそっと離れる。俺はそこで楓が少し残念そうな表情…いや、仕草をした気がした。でもそれは、俺の思い違いだろうと、深くは考える事はしなかった。
俺は落ち着き、気持ちをリセットした事によって、先程までは見えていなかったものが視界に入る。俺は頭に電流が流れたように、ビビっと閃く。
「楓、これ…使えるんじゃないか?」
俺はそう言って、壁に設置してあった消火器を指差した。楓は俺の言った言葉の意味が分からないと言った様子で、首を傾げていた。
「え、消火器?これを私にぶん投げろって事?」
「いや、違うから…。俺が言いたいのは中身の話だ。」
「中身?」
そう俺は、消火器をぶん投げるなんて血迷った事は考えていない。俺はふと中身の事について思い出したからだ。消火器の中身は一般的には粉末状の薬剤が入っている。しかし、用途や場所によって中身は変わってくる。
中身は主に4種類。粉末、液体、泡、不活性ガス(二酸化炭素)だ。なぜここまで詳しいのかというと、それは俺の異能に関係してくるからだ。
俺の異能は液体制御。
簡単に言えば液体を自由自在に操る事が出来る異能だ。それゆえ、いかなる場面でも液体の確保は重要だ。なので、中身が液体で構成されているものは大体把握している。その内の1つが消火器となる。
今回の場合は地下という事もあり、中身がガスである可能性がグッと下がる。そして、ここで扱っているのは未知物質だ。なので一般的な粉末ではなく、中身は液体か、泡で出来ていると考えた。俺は消火器を壁からゆっくりと取り外し、説明欄を読み、中身を確認する。
「やったぞ楓。やっぱりこれの中身、炭酸カリウムの水溶液だ!」
「え?つまりどゆこと?」
「液体が手に入ったという事だ。」
「な、なるほど、それなら突破出来る…よね?」
俺の言った事がいまいち理解出来ていなかったのか、まだ首を傾げていた楓。
「しかし、30mか。ギリギリだな。」
「隼人、届きそう?」
俺は奴らとの距離を、顔を半分出して目測で大体測った距離を楓に伝える。そしてギリギリだが、射程圏内だという事を確認した。
「多分届くが、俺は直ぐに駆けつけれないかもしれないな。」
「わかった。援護なしで2人だね?」
「あぁ、でも奥の様子が分からない。無理をするなよ。」
「了解。」
楓は背中に銃を背負い、準備し終える。アイコンタクトでお互いの状態を伝え、俺は消火器の安全ピンを抜く。そしてホースの先端を持って、レバーを力強く握る。そうすると、勢いよく噴射する液体。それを俺は制御して、奴らの方向に高速で空中を駆け巡らせながら向かわせる。高速で飛来する液体。当然その際に音が出るので、不審がった奴らは顔を出して何事かと確認する。しかし、俺は奴らが顔を出すタイミングと同時に顔に液体を命中させた。
それと同時に楓が一気に突っ込む。30m程の距離など、楓にとっては1秒程で簡単に詰めれる距離だ。俺はその間に奴らの鼻と口、目に液体を纏わせ、気道を塞ぎ、視界を奪う事に成功していた。
しかし、俺は異能の酷使の反動で、激しい頭痛がした。その痛みに思わず膝をついて、奴らから視線を切ってしまう。その際に液体の制御権が途絶えてしまうが、既に楓が2人を始末していた。どうやら見張りは2人だけなのか楓が安全を確保した事を、頭上で丸を作って知らせてくる。
俺は先程の頭痛で膝をついてしまっていたので、立ち上がり、楓の方に歩み寄っていく。
「すまん、少し制御が乱れた。しかし、流石だな…まさに桃色悪魔。」
「え?それって褒めてるの?めちゃくちゃバカにされてる気分…。」
「そんな事は置いといて。」
「いや…じゃあなんで言ったの?」
楓は俺をジト目で見てくるが、気にせず状況を確認する。見張りは結果的には2人だけ。その先には無理やりこじ開けられた痕跡がある重厚な扉があった。
その扉の先には、非常用と思わる階段が下に続いていた。侵入者対策の為にエレベーターは止めたのか、扉が開いたまま、動かなくなっていた。ここまでくる時にも思ったのだが、血痕がなかったのは少し気になるところだ。
ここにいたはずの研究者達はどこに消えたのか?既に外で殺されている可能性。逃げる事に成功した可能性。まだ、隠れている可能性。拉致された可能性。いくらか考えられたが、今考えても仕方のない事なので思考を放棄する。そこで俺は上の爆発音や、銃撃音が微かに聞こえ、まだ膠着状態になっている事に驚く。
「ここが2人だった理由は、そもそもこの施設に入れるつもりはないからだったんだな。」
「うん、そうだね。とりあえず軍の本隊を足止めさえ出来ればいいと考えて、入り口付近に戦力を集中させたんだね。」
「あぁ。そして上には、多分厄介な名前持ちが配置されているっぽいな…ここまで足止めされてるなんて驚きだ。…まずい、もう時間が大分経ってる…先を急ごう。」
俺は腕時計で時刻を確認し、焦りを覚えて先を急ぐ。楓は焦燥感に駆られた俺に黙ってついてくる。そんな頼もしい相棒に背中を任せて、階段を下る。
下る。下る。
「ねぇ、今何階?」
楓が不満の声を上げるのも仕方のない事だった。今下っている階段には階数表示はなく、ただただ下に続く階段。その距離はとても長く永遠に続いているような気さえした。更に下の様子を警戒しつつ慎重に降りているので、実際の長さよりも長く感じられる。
「分からん。体感的には、50mくらいかな?でも流石に、そろそろ疲れたな。」
俺は先程使った液体を運びながら、下を警戒しつつ下っている事で、精神的疲労が溜まってきていた。そしてやっと1番下が見える。俺は顔を覗かせると既に出口の扉がこじ開けられている事に気づく。俺達はゆっくりと開けられている扉から、顔を少しだけ出して、中の様子を確認する、そこはホールのようになっており、天井は10m程、長径30m程の円の形で出来ており、奥に続く通路が見えた。
そして。
俺はそのホールの中央に立つ、見慣れた人物を見て、目を見開き、不用意にも思わず飛び出してしまった。
「ちょっ!はや……と……。」
楓の静止を振り切り、とある人物の前に俺は立つ。楓も俺の後を追うように姿を現し、その人物を見て絶句する。
そこで俺は声を荒げずにはいられなかった。
「な、なんでこんなところにいるんだっ!……藤堂おぉぉ!!」
俺はうすうす予感はしていたが、実際に目にしてしまうと荒ぶる感情を抑えられない。怒り、悲しみ、呆れ、驚き。様々な感情を抱く俺に相反する様に、暗く沈み、絶対零度の寒さを放つ藤堂の瞳。伏せられていたそんな眼差しを向けられ、俺は逆に心拍数が上がり、一気に体温が上昇するの感じていた。
そして俺は一瞬にして、頭が真っ白になっていた……。




