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4-2 踏み込みたくない世界

「え?新海(しんかい)君、今日部活行かないの?」

 驚いた様に目を見開きながらそう問い掛けてきたのは、俺の机の側までやってきた中条(なかじょう)さんだった。俺は今回の事件に、元々首を突っ込むつもりでいた。

 更に藤堂(とうどう)からも気になるメッセージ。それを確かめる目的もあり、少し早く現場に到着していたかった。その為に俺は今日部活を休むと、中条さん達に伝えていたところだった。勿論、理由はそのままではなく、誤魔化して伝えたが。


「うん、さっきも言ったけど、少し用事が出来ちゃって…今日は早めに帰るよ。皆とバドしたかったけど、今日はお預けだな。」

「なるほど…なら、また明日だな。お前の事は先輩に言っておくぞ。」

「おう、助かる。ありがとな、山田(やまだ)。」

「うーん、じゃあまたね♪新海君!」

「うん、また明日。」

 そう言いながら手を振って教室を出ていく中条さんと山田を、俺は姿が見えなくなるまで見届ける。そして2人が教室を出て行ったので、俺も準備の為に寮に帰ろうとして廊下に出ると、壁に寄り掛かっていた神無月かんなづきさんに声を掛けられる。俺はもう既に神無月さんは部活に向かっていると思っていたので、まだここにいる事が意外で少し驚いてしまう。


「新海君。…って、そんな驚いた顔をされても困るわ。」

「お、おう、すまん。で、何か用か?」

 俺は手短にすませようと用件をすぐに訊いた。


「用って程ではないわ。あなた今日少し変?だったから気になって。藤堂君も休みだし、お昼休憩には東條(とうじょう)先生に連れられて行くし。何かあったのか気になるのは当然ね。」

「神無月さん見てたの?」

「えぇ、2人で階段を上っていくところを少しだけね。それで、何かあったの?」

 俺はそこで少し逡巡する。打ち明けてもいいが、それで何か変わるわけでもない。その数瞬の悩みの間に神無月さんは先に結論を出してきた。


「…いいわ、何でもない。今のは忘れてくれる?」

「え?」

「え?じゃないわよ、ほら、急いでるんでしょ?呼び止めて悪かったわね。」

 そこで俺は神無月さんが気を使ってくれた事に気づいた。その気遣いに感謝して、俺は直ぐに帰る事にした。


「…ありがとう。また明日。」

 神無月さんは無言で頷き、俺に背を向けて歩き始めた。俺は腕時計を確認し、あまり時間がない事を知る。

(少し急ぐか…。)

 そう思い、俺は足早に帰路に着いた……。


―――――――――――――――――――――――――――


「すまん、少し待ったか?」

「うん、ちょっとだけね。でも待ち合わせ2分前だし、私もさっき来たばかりだから問題ないよ?」

 息をきらしながら到着した俺に、かえでは笑顔で応答してくれた。そしてお互いトレーニングウェアに黒のパーカーを羽織いながら、運動用のシューズを履いていた。どちらも黒を基調とした服装なので、周りから見ると、とても地味な格好に見えるだろう。楓は独特の淡いピンク色の髪がとても目立つ事もあり、それを隠すように更にワークキャップをかぶっていた。帽子には楓の葉っぱの形をした缶バッチが付いており、そこがなんとも楓らしいと思っていた。

 そしてどうしてこんな服装なのかというと、暗闇に多少でも紛れる為だった。明るい場所では意味がないのだが、暗いところでは十分に視認性が悪くなってくれる。そういった事もあり、こんな服装になっている訳だ。別に俺が服のセンスが壊滅的な訳じゃないからな?そこのところは勘違いしちゃダメだぞ?

 そんな事は横に置きつつ、俺は腕時計を見て時刻を確認した。


「17時19分…3分後に目的の電車が発車するから、もうホームに行こう。」

「分かった。」

 俺達は電車に乗るべく、足並みを揃えてホームに向かった。

 そしてホームで待っていると直ぐに電車が到着し、俺達は電車に乗り込んだ。帰宅ラッシュとやや被り、中は少々混雑していた。俺達は乗り込んだはいいもの次々と乗車してくる客に押し込まれてどんどんと追いやられていった。結果的に乗車した入り口の反対側のドアまで追いやられたところで、静かに電車は出発した。

 楓はドアに背中をピッタリとつけて、俺はそれに覆い被さる様になっていた。なので楓にぶつからないようにドアに手をつき、それを支えにして立っていた。

 この狭さだと、重要な話は出来なかった。この混雑具合だと、誰が何を聞いているのかも分からなかったからだ。

 とりあえず俺は時間を潰すためにも楓と普段の日常の話でもしようと思うが…楓は俯き黙りこみ、俺は欲望を抑えるのに必死だった。

 そう、なぜならこの狭さのせいで俺の腹部にとてもとても柔らかいモノが押しつけられており、楓の顔も近かったからだ。普段の俺ならとても喜んでいただろうが、今は状況が違う。そもそも今日はおふざけなしの行動だ。そんな事で心を乱されるのはよくない。

 そして、ここは公共の場だ。そんな中で欲望のまま行動して、警察のお世話にもなりたくなかった。

 しかし俺は、楓のみるみるうちに紅潮していく頬や、プルプルと瑞々(みずみず)しい唇、甘酸っぱい心地の良い匂いが鼻腔をくすぐり、更にはずっと押しつけられる至高の双丘のせいで意識せずにはいられなかった。そんな中、ボソリと楓が申し訳なさそうに呟く。


「ごめん隼人(はやと)。」

「…いや、気にするな…お前は悪くない。」

 楓はそう言って、自身の帽子のつばをつまみ、より深く、表情を隠すようにつばを下げた。俺はそんな楓の申し訳なさそうな声を聞いて少しだけ冷静になれた。

 今からする事は浮かれた気分でいくとどうなるのか、楓も重々承知なようだ。俺はそんな楓の気遣いを無下にしたくはなかったので、極力意識をせずに電車が目的地まで到着するのを、ただひたすら待った……。


―――――――――――――――――――――――――――


 電車が目的の駅に到着し、俺達はホームに降り立った。途中からは満員ではなくなり密着状態から解放されていたので、俺の理性は崩壊せずに済んだ。とりあえず腕時計で時間を確認すると、17時53分だった。

(あと1時間程余裕があるな。)

 そんな事を思いつつ楓に声を掛ける。


「楓、まずは移動して丁度いい建物を探すぞ。」

 しかし楓はぽけーっとしており、目の焦点があっていなかった。俺は話し掛けても反応がない楓にもう一度名前を呼んで呼び掛ける。


「…楓?」

「…え?…うん、分かったよ。」

「お前、俺の話聞いてた?」

 俺はそんな曖昧な返答をする楓に、懐疑的な視線を向けた。


「う、うん。勿論聞いてたよ?」

「なら俺がさっき言った事、言ってみろ。」

「すみませんでした。」

「…そうか。いや、俺も少し意地悪だったな。」

「え?」

「さっきの件は俺もなるべく忘れるようにするから、楓も気にするな。」

 そこで俺は少し恥ずかしくなり、頭を掻きながら楓に背を向ける。


「まぁ、あれは事故だから責任を感じる必要はないからな。俺ももう気にしてない。これからは切り替えていくぞ。」

「うん…。」

 どこか元気がなかった楓だが、俺は気にせずそう駅を出て、目的地に向かった。

 目的地とは未知物質(ダークマター)研究所兼、未知物質貯蔵タンクがある場所だ。その近くには、未知物質のバイオプラント工場もある。その敷地面積は研究所だけで約20万平方メートル。東京ドーム5つ分くらいの大きさだ。国家の施設ともあり馬鹿でかい建物だ。

 しかし、研究所は1つの建物で構成されているわけではなく、6つ程の建物に分かれている…らしい。俺も実際に見た事や入った事はなく、また、どんな形になっているのかも知らなかった。なので偵察するために少しだけ早く着くように集まったという訳だ。

 少し早めの歩みを進めて約15分程経過し、俺達は目的地の近くの高層マンションの近くまで来ていた。俺達はとりあえずこのマンションの屋上を目指す事にした。上を見つめ階層を確認する。マンションは8階建て。俺達ならパイプや壁の窪みなどを利用して登る事が出来るが…時間がかかり、そんなところを見られると少し問題だ。俺達はとりあえず路地に入り後ろから登る事にした。

 俺はポケットから直径約5cmほどのガラスの玉を取り出してそれを上に掲げる。そして、当然の様に楓に左手を差し出す。


「ほれ、手。」

 そして楓は呆れた様にしながら俺の手を握る。


本当(ほんと)に便利だよね…これ。」

 そんな事を言いつつも俺に体を密着させ、左手を俺の背中に回す。それはどうしても正面から抱きつくような格好になる。その際に再び楓の甘酸っぱい心地の良い匂いがするが、なんとか煩悩を振り払い意識を別に向ける。

 その直後。

 俺達は重力に逆らうように…上空へ吸い込まれる様に上昇し始めた。

 ぐんぐんと上昇し、俺達はマンションの屋上にあっという間についた。これは俺の異能を使った、移動方法だったりする。とても便利なので軍の時にも多々利用した。

 そして屋上についた俺達は身を乗り出し、施設の全貌を目の当たりにする。先程も説明したが、やはりでかい。その一言に尽きる。敷地面積もそうだが、建物一つ一つが全て4階建て以上あり、長方形の形をした建物が6つあった。他にも細かなものはあったが関係のないものなども多いだろう。未知物質(ダークマター)が貯蔵されていると思われるタンクも確認出来た。

 おそらく地下もあるであろうあの施設をテロの対象にするなんて、凄い事を考えたものだと思いながら、俺達の侵入方法を考える。ここからでは警備の様子などが把握出来ないので、テロ組織の人間や、暗部の連中の襲撃のどさぐさに紛れて、上空から侵入することに決めた。

 アンチエアシステムもここからは見えないので撃墜はされないだろう。多分。

 テロの連中はここ周辺の警備システムなどを網羅しているはず。その為、そこら中に火薬武器や、車両などを隠していると容易に想像が出来た。

 そもそも異能が発達した世の中とはいえ、対人戦闘など、集団テロをするなら、火薬武器に頼ったほうが十分強い。もちろん異能を使い、単独で現代兵器など以上に渡り合える化け物もいる。そしてそれらに匹敵する者達も一括して名前持ち(ネームド)と呼び、軍に、もちろん暗部にも一定数存在する。

 つまり、一般的な異能持ちや、そもそも異能を発現出来ないやつなら、銃を持たせたほうが圧倒的に強いというわけだ。


「やだなー、銃撃戦。ちゃんとあたるかなー?」

 楓は俺が今考えていた事を読んだかのようにそう呟く。そう、勿論今の俺達も例外ではない。

 1対1の状況なら相手が銃を持っていても勝つ事が出来るが、弾幕を張られるとなると話は変わってくる。その際には俺達も銃を持ち、それに対抗する。今回は銃は現地調達になるが。

 そして俺は楓に対して緊張を和らげる様に少しふざけた事を言ってみる事にした。


「楓の場合、殴った方が早いんじゃね?」

隼人(はやと)…それ、勿論冗談だよね?」

 楓は心配そうに眉を顰めて俺を見つめてくる。

(あれ、なんで逆に心配されてるの?俺。)

 そんな事を思いつつ、俺は時刻を確認する。18時32分。まだまだ時間がある。それでも辺りはすっかり暗くなってきていた。そして俺は侵入方法を楓に伝える。


「楓、侵入方法は奴らが暴れ始めたらそれに乗じて上空から侵入する。なんか意見はあるか?」

「ううん、ないよ。大丈夫。」

 楓は首を横に振りながら答える。そんな返答を聞きつつ俺は黒の手袋をする。そんな俺を見て、楓も手袋をしていた。

 そして、俺はその時間(とき)が刻一刻と迫ってくるにつれて胸が苦しくなるのを感じていた。俺は一時的とはいえ、あの頃に戻る事にとても抵抗を感じていたのだ。自分から逃げ出してきた事、もう今の日常には戻れなくなるんじゃないかという恐怖。そんなものが俺に押し寄せてくる。「ハァハァ」と呼吸が荒くなり、バクバクと心臓の鼓動も早くなる。思わず辛くなり、胸を抑える。

 楓は施設の方を注視していたのだが、普段と違う俺に気づき、心配そうに駆け寄ってきた。


「隼人!大丈夫?!」

「あ、あぁ、大丈夫かな。少し緊張してるのかな?ハハ…。」

 俺は心配されるのを嫌い、強がって笑いながら誤魔化そうとした。それでも楓は俺の手を握って心配そうな声を掛けてくる。


「大丈夫な訳ないでしょ?こんなに汗掻いて…やっぱりまだ引きずってる?」

「そう…かもな、悪い心配かけて。」

 俺は確かに過去の一件を永遠と引きずってしまっている。それでもここまで来て、「はいさよなら」とはいかない。いや、いく訳にはいかなかった。

 このテロを見過ごすとまずい事になる。もちろん俺達が介入しなくても十分に対処出来るかもしれない。

 しかし、俺は昔言われた…教えられた言葉を思い出す。


「隼人…私の夢を聞いてくれる?私の夢は手の届く範囲の人達を救ってあげる事なんだ。救ってあげるって言うと上から目線かもしれないけど、夢だから許してくれるよね?私はこの夢が叶いそうにないから…隼人、あなたに頼んでも…いいかな?」

 そう、俺はこの言葉に返事をした。とてもとても大切な人の夢を叶える為に。気がついたら、それが俺の夢の一部にもなっていた。そんな夢があるからこそ、俺は今ここに立っている。それに藤堂の事もある。

 俺は東條に言われた時のように再び決意を固める。楓が側にいてくれた事もあり、自然と冷静になれた。


「ありがとう楓。もう大丈夫だ。心配かけてすまん。」

 俺は楓に笑いながらそう伝える。楓は少し安心した様に微笑む。そんな存在に感謝しながらも俺達は待った。

 その時がくるまで……。

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