3-6 くだらない日常にこそ価値がある
初日から激しい運動を取り入れてくるのかと思っていた俺だったのだが、そんな事は全くなく、最初は今後の授業についての説明から始まった。1列5人でそれが6列という、普段座っているクラスの座席順通りに床に座っていた俺達は説明を受けた後、体育館内でのランニングから始まり、軽いトレーニングをしただけだった。
なので特にこれといった特別な事はせずに3限目は終了した。4限目もトレーニングだけなのかと思っていたがそんな事はなく、授業の後半からはドッチボールをする事になっていた。
これは強制参加ではなかったので、男子の数名や女子の半分程が、参加せずに見守る形を選択していた。そして俺はというと、勿論参加した。何故なら、皆にいいところを見せる為である。それで俺は積極的に投げたりキャッチする事はせずに、さりげなく女の子の前に出てキャッチして、守っている風を装う作戦を決行した。
しかし、俺がキャッチしてから後ろを振り返ると誰もいない。そう、普通はボールが飛んでくれば避ける女子が大半だ。つまり、俺は1人で普通にキャッチして、普通に楽しんでいる奴にしか周りからは見えなかった。
1人だけ避ける事なく俺の後ろに佇む人がいたが、その人にも不思議な顔をされただけで終わった。
つまり、俺のドッチボールの時に「どさぐさに紛れて君を守ってるよ」アピール作戦は失敗に終わった……。
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この学校は午前8時15分に登校完了し、20分に着席完了と同時に10分程のHRが始まる。8時35分から50分間の授業が始まり、それが終わると10分の休憩が挟まれる。
つまり4限目は特別な事がない限り、12時35分に終わるという事になる。そこから1時50分まで昼食兼休憩になっている。この学校は毎日7限目まで、授業が構成されている。なので放課後を迎えるのは4時50分になる。
今は12時42分…教室に戻ってきていた俺と藤堂と山田の3人は、自然な流れで食堂で昼食を摂るために教室を出て行こうとしていた。
しかし、丁度そこに聴き慣れた声で話し掛けられた。
「新海君!私達もお昼、ご一緒しても…いいかな?」
声を掛けてきたのは中条さんだった。いつもの明るい笑顔のまま、頼み込む様に言ってくる。そしてもう1人、中条さんの左斜め後ろに立っていた女子が直ぐ俺の視界に入る。
「うん、俺は大丈夫だよ。……その後ろに立ってるの、崎田さん、だよね?」
俺は少し覗き込む様にそう言うと、中条さんは半身になり、崎田さんが俺達からよく見えるように少し横にずれる。そこで崎田さんと目が合うと、軽く会釈してきたので俺も会釈を返す。そして中条さんに視線を戻す。
「崎田柑奈ちゃん。一緒じゃダメ…かな?」
俺達男子3人はそんな小動物のような目と、媚びる様な甘い声を中条さんに向けられて、断る事は出来ずに了承した。と言っても、元々誰も断るつもりはなかったのだが。
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俺達は既存の3人に、中条さんと崎田さんの追加によって5人でテーブルに着いていた。俺は男子3人の対面に、女子2人が座る形になると勝手にそう思い込んでいたのだが…実際には違う事になる。
俺の左隣に中条さん。右に山田。その対面に藤堂と崎田さんという形になった。
(いや、そうはならんでしょ!?)
俺はセルフツッコミを入れつつも、なすがままの自分だった事に後悔する。俺達は中条さんに誘導されるがまま座ると、気がついた時には既にこうなっていた。そして崎田さんの狙いは藤堂だという事に誰もが気づき、山田は少し悲しそうにしていた。
崎田さんは黒髪にセミロング。眼鏡や髪飾りなどはしておらず胸も控えめだったが、顔は整っており、普通に可愛いらしい女の子という印象だった。身長も中条さんと同じくらいの150cm程だろう。俺は山田の背中を優しくさすりながら、中条さんに話し掛けた。
「今日は何か用があったの?」
「うん、少しだけね。まぁ私は付き添いみたいな感じで来たかな。あとは新海君の近くにいたかった、っていう理由じゃだめかな?」
一度崎田さんに視線飛ばすが、直ぐに俺を見つめてくる。俺は普段の甘い声に惑わされそうになるが、至って平常心のまま、その言葉をそのまま受け取る事はせずに裏を探った。
そして中条さんの瞳を、俺は目を細めながらじっと見つめる。そんな俺を見て中条さんは頬を膨らませる。
「新海君嫌い…。」
そう言って腕を組みながらそっぽを向かれてしまった。本気で怒っているわけではなさそうだったが、俺は警戒のし過ぎかと思い、反省しつつとりあえず謝る事にした。
「ごめんごめん中条さん。俺が悪かったよ。」
「うむ、分かればよろしい。」
そう言って中条さんは俺をじっと見つめてきた。俺は少し意表を突かれてたじろぐ。
「な、何かな?」
「お・詫・びの、1つくらいあってもいいと思うんだけどなー?」
「……コンビニのプリンで許してください…。」
「それでよいのだよ♪」
変なノリで言う中条さんに押し負けた俺は、プリンを奢る事になった。少し大袈裟だったが中条さんの笑顔を見れるのなら、それでいいだろう。そんな中、藤堂は崎田さんに質問攻めにあっており、少し困った様子を見せつつも上手く対応していた。崎田さんは結構グイグイ詰め寄っていくタイプみたいなので、藤堂は苦笑いを浮かべていたが。
そして山田はというと、悲しそうに黙々とうどんをすすっていた。
(すまん山田…。今回は犠牲になってくれ。)
そんな事を思いつつ、俺は中山達との約束を思い出す。
「そういえば中条さん。クラスメイトの中山と谷川と稲田が、中条さんと仲良くなりたいって言ってたぞ。」
その俺の話を聞いて、中条さんは顔を一瞬だけ俺から背け、舌打ちをした気がした。恐らく素振りだけで実際にはしていないだろう。そして中条さんは普段通りの明るい笑顔で答えてくれた。
「うんわかったよ♪中山君に谷川君、それに稲田君だね?了解しました!」
中条さんはそう言いつつ、手帳を取り出してメモ帳に名前を綴っていた。メモ帳の見た目もデコレーションされており、中条さんの女子力の高さが見て取れた。
ここで俺は尻目で中を覗き込み、気になる名前が書いてある事に気づいた。俺はここでは追求はしなかったがタイミングを見計らって話すことに決めた。
俺は頼んだ定食が冷める前に食べてしまおうと箸を手にすると、中条さんが山田に対して話し掛けていた。俺は聞き耳を立てつつも箸を進める。
ここで意気消沈し、うどんをすするだけのマシーンと化していた山田は水を得た魚のようにみるみる元気になっていった。
「そういえば山田君って金曜日に、バドミントンの部体験にいたけど…バドミントン部に入ろうと思ってるの?」
「へぇ?あぁそうそう、バドミントン部に入ろうと思ってるんだよね。もしかして中条さんも?」
「うんそうだよ!今のところはそう考えてるんだ♪新海君と一緒に服も買いに行ったから今日から参加出来るの、ね、新海君!」
「グフッ…。」
俺はここで少し噎せた。そんな事を言われれば、俺がなんて言われるか簡単に予想がついたからだ。そして予想通りに山田が俺を見つめてくる。
「じぃぃいい…。」
「な、なんだよ山田。あと、声が漏れてるぞ…。」
「今、聞き捨てならない事が聞こえた気がしたんだが?それは俺の気のせいか?」
「気のせいじゃないか?」
俺はとりあえず平静を装って知らぬ存ぜぬでご飯を食べていたが、内心はめちゃくちゃ焦っていた。
(え?なんで言っちゃうの中条さん。それって2人だけの秘密って言ったよね?)
※言ってません。
(ぐわぁぁぁぁあ、山田もめっちゃこっち見てくるし、まずいな。ここは沈黙を貫くか…。)
そう決めた俺だったが、次の中条さんの一言で全て意味を無くした。
「2人でカフェも行ったし、また私から誘うね?」
「!?!?……ちょ、ちょっと中条さん。それはあんまりみんなに言って欲しくないっていうか…。」
俺は中条さんだけに聞こえるようにコソコソと声量を落として喋ったが意味はなかった。
「新海…俺はお前を友達だと思っていたが、違ったみたいだな…。さようなら、また来世でな?」
「いや、勝手に殺すなし。」
山田の死んだ目から放たれる冗談は冗談に聞こえなかったが、俺はこんなやりとりが出来る関係にとても嬉しく思いつつも、山田の質問攻めにあうのだった。
その頃、藤堂はそろそろ辛くなってきたのか俺に助けを求めるようにこちらをチラチラと見ていた。
(すまん藤堂!今は無理だ…。俺もこちらの対応で忙しいんだ!あともう少し1人で頑張ってくれ!)
俺は伝わるはずもないアイコンタクトを送る。そしてようやく質問攻めが終わり、藤堂にも助け舟を出して今日のお昼は終了した……。




