2-11 楓はやっぱり可愛い?
「え?まだ帰らないんですか?」
俺は先輩達に「まだ残るから、先帰ってなよ。」と言われて、思わず訊き返してしまう。
「うん、まだこいつのガット張りが終わってないからな。」
そういえば先程ガットがどうのこうの言っていた事を思い出し、俺は納得した。俺達は今日の目的を果たしており、後は帰るだけだったので、てっきり先輩達も帰るだけだと、勝手にそう解釈していた。
「あとガット張りを注文したら、カラオケに行くからね!今から歌うよぉぉ。」
遠藤先輩はマイクを持ち、歌っている様なポーズをとる。なんて元気な人なんだと俺は感心し苦笑いした後、俺達は先に帰ることにした。
「なら俺達は先に帰りますね。先輩、今日はありがとうございました。」
「あ、私もありがとうございました♪多分バドミントン部に入るのでその時はよろしくお願いします!」
そう言い残した後、俺達は軽く会釈する。
「わかった、楽しみにしてる。」
「じゃあ隼人君、桃ちゃんまたね〜!」
「はい!さようなら。」
そう言って俺達は手を振ってくれる先輩達と別れ、寮への帰路に着く事にした。その時後ろからこんな声が聞こえてきたので俺達は思わず足を止めていた。
「よーし今からカラオケだね、歌うぞぉぉ!」
「いや、お前アホだろ。まだガットを張ってすらないぞ…。」
「いや、わ、わ、分かってたからね?」
「あーはいはいそうですねー。もう3時半だから早く決めないと歌う時間、短くなるからな。」
「わ、わかってるよ!いちいち急かさないでよね!」
「へいへい。」
そんな仲の良い2人のやりとりを俺達は足を止め聞いていた。俺と中条さんは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
(あの人達本当に仲が良いな。俺もあんな人が出来るといいけど…。いやでも、あんな感じのやりとりなら楓とするな…。いやいや考え過ぎだな!うん!気のせい気のせい。)
俺はそんな考えを振り払う様に頭を横に振っていたので、中条さんは不思議そうに目を大きく開け、俺を見つめていた……。
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寮についた頃には、既に16時を回りそうな時間だった。とても長い時間一緒に過ごしていたわけではなかったが、俺としては十分満足で、とても楽しい時間だった。少し気になる事もあったが、まぁ仕方のない事だろう。
「今日は付き合ってくれてありがとうね新海君♪」
「あぁ、俺も楽しかったし、いい買い物も出来たから最高の1日だったよ。」
「そう言ってくれると嬉しいな♪また、今度誘ってもいいかな?今度はまた違うお店でお買い物とかしてみたいかな。」
「わかった、楽しみにしてる。」
そう言って俺は中条さんが今日買った荷物を、彼女に手渡した。スポーツ用品店の帰り道、少し重そうに持ち運んでいたのを見て、俺が代わりに持っていたからだ。
「私も楽しみにしてるね。今度はお揃いのヘアピンとか、買ってみたり…。なんて、またね?」
彼女は自身のヘアピンを指で指しながらそんな事を言って、小走りで去っていった。その時の中条さんは無邪気な笑顔を振りまいていた。
そして彼女はカフェを出た後に見せた表情は今日一日、あの後からは一切感じさせる事はなかった……。
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俺は徐に携帯をポケットから取り出し、楓に予定があるのかを訊く為にメッセージを送った。
「今日の17時から会えないか?ご飯は奢るから食べてこなくても大丈夫だ。大丈夫そうか?」
そう簡単なメッセージを送ると1分程で返信が返ってきた。
「大丈夫。場所は?」
「女子寮のロビーで。」
「わかった。遅れないでよね?」
俺はメッセージを見てから携帯を閉じた。
(さて、一回部屋に戻るか…。)
そう思い、俺は「ハァー」と、大きく息を吐き出した後、自身の寮に向かって歩き始めた……。
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俺は一度寮の自室に戻って荷物を置いてから、一眠りしていた。アラームの音で目を覚まし、脳を覚醒させる。別に睡魔に襲われて寝ていた訳ではなかったので、視界も直ぐにクリアになる。俺は軽く身支度を整えてから部屋を出る事にした。
女子寮のロビーに11分前に着いた俺だったが、楓は既にそこで待っており、ロビーにある椅子に座りながら携帯をいじっていた。
ブルーのワイドギャザーブラウス、グレーの花柄スカート、そして茶色のブーツに身を包んだ楓を見つめる。あまり派手ではないからこそ、楓自身の魅力が際立っていた。そして、ふっくらとした柔らかそうな大山2つによって、ブラウスはそこだけサイズが合わないのか、キツそうに引っ張られていた。俺はそんな楓に目を奪われて、心臓がドキリとする。そして少し遠目に眺めていた俺に楓は気づき、立ち上がりズンズンと音を立てそうな程、力強く踏み込んで近づいてきた。
「遅い、遅刻!…はぁ…あんた分かってるの?女の子を待たせちゃダメって事。」
俺は腕を組んで呆れた様にしている楓にそう言われて、左手首につけた腕時計と、ロビーにあった時計を見比べてちょうど待ち合わせ10分前を過ぎたのを確認した。
「…は?…何言ってんだお前?待ち合わせ10分前だぞ?」
「知ってるよ。待ち合わせする時は「待ち合わせ時間の10分前の5分前行動」でしょ?あんたこのルールもう忘れたの?」
「いやそれ、軍のルールだろ…。今は関係なくね?」
「へ?……そ、それも、そう、だね…。」
楓は俺がそう言うと少しだけしょんぼりとして項垂れる。確かに軍は待ち合わせ…もとい作戦集合時間は15分前には集まるルールになっていた。しかし、俺達は軍を辞めて学校に通っている一般人だ。それなのに軍のルールを破っただけで怒られる筋合いはなかった。
「楓って変なところで抜けてるよな。昔もよく作戦の把握ミスをしてて怒られてたっけ?ププッ。」
俺は普段のお返しと言わんばかりに楓を煽る。
「ちょっと今それ関係ないでしょ!?」
「そうか?結局楓のおっちょこちょいは直らないんだな…。」
「隼人あんたねぇ…好きに言わせておけば!」
俺が好き放題言っていたら、我慢出来なくなったのか楓が右の拳を強く握りしめた。
(あ、くる。)
俺は楓が殴ろうとしている事にいち早く気づき、今回は拳を当てられるわけにはいかないと思い、姿勢をやや低くし、パンチの軌道を予測した。
しかし、握られた拳は優しくほどかれていき、拳が飛んでくる事はなかった。俺はそこで辺りを見渡す。
(ん?少し注目を浴びていたのか…まぁあれだけ声を荒げていたら注目されるのも普通だな。
しかし楓もよく周りを見ていたな。いつもなら迷わずフルスイングだからなぁ…。)
俺は周りの状況を見てそう判断した。流石に人の往来があるロビーでは、殴る事は出来なかったと判断した俺だったが、その考えは半分あたり、半分はずれだという事に、俺が気づく事は無かった……。
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(あ、あぶな〜……。また思いっきり殴っちゃうとこだったよ。思い止まれてよかった。それにロビーだし、こんなとこ見られるのも嫌だからね。)
私は隼人に強く当たってしまうことが嫌だった。照れ隠しだと言う事に気付いて欲しくなかったし、何より自分の好きな人に手をあげたくはなかった。
自分で自分を止める事が出来るようになりたかった。だから今のは成長の第一歩だよね?
(隼人は私に夢中になって欲しい。私だけを見ていて欲しい。それは私にとっても、隼人にとっても良い事のはずだから…。)
私は隼人の焦った様な顔を見ながら、そんな事を思っていた……。




