2-9 これはデートですか?いいえ、違います③
俺達の気まずい沈黙を破ったのはマスターだった。
「ご注文の半熟卵入りカルボナーラと、ホットコーヒー…ふんわりハニートーストです。食後のカフェモカはいつお持ちになればいいでしょうか?」
マスターは綺麗な所作で料理を俺達の前に運び、中条さんに微笑みながら問いかけていた。
「あ、えーと…15分後くらいでお願いします。」
「かしこまりました。では、ごゆっくりどうぞ。」
そう言い残し、会釈をして立ち去るマスター。そろそろ沈黙の時間が辛くなってきていたので、丁度良いタイミングでマスターが来てくれた事に俺は感謝をしつつ、感動もしていた。
「あ、そういえばコーヒーきたけど、一口飲むよね?な、中条さん。」
俺は恐る恐る中条さんの顔を伺いながら問いかける。緊張のあまり早口になってしまったが…まぁ良しとしよう。話を俺から切り出せただけ。
「へ?あ、うんうん飲む飲む。ありがとう♪」
俺に釣られたのか中条さんも若干早口気味になっていたが、先程の様な笑顔が既にそこには戻っていた。俺は中条さんが飲みやすいようにと、コーヒーカップを持ち上げ、受け皿をスライドさせてから、中条さんの前にコーヒーカップを置く。
中条さんは恐る恐るコーヒーカップを手にとって少しだけ香りを楽しむように匂いを嗅いでから、カップの縁に口をつける。
俺は少し緊張しながら中条さんを見つめる。思わず息を呑んでしまうが、何故俺が緊張しなければならないのだろうか?そして俺がそんな事を考えている内に、中条さんは目を大きく見開く。カップから口を離して、少しだけ小声で感想を告げる。
「え?美味しい……このコーヒー美味しいよ、新海君!」
「そ、そう。そりゃよかった。」
俺は自分が入れたわけでもないが、何故かその一言がとても嬉しかった。そして中条さんは無邪気な笑顔を見せて子供の様にはしゃいだ後、もう一度カップの縁に口をつけていた。
(え?中条さんもう一口飲んでるし…そんなに美味しかったのかな?俺も早く飲みたいです。)
俺は素直にそう思った。
「新海君!やっぱり豆が違うとここまでちがうんだね!確かに酸味はあるけど、全然しつこくないし、さっぱりしてるね!私はあまりコーヒーを飲まないからこれ以上はうまく言えないけど、美味しいって事はわかるよ♪」
とびきりの笑顔でそう勢いよく感想を言う中条さん。俺は中条さんにコーヒーカップを返してもらい、俺も一口飲んでみる。
(美味しい。確かに中条さんが言う通り適度な酸味はあるが、爽やかでしつこくない。)
そのコーヒーは苦味もあるがほのかな甘みもあり、その合わせ技によりとても素晴らしいものに仕上がっていた。
(これは通いたくなるな。いい店を教えてくれてありがとう神無月さん。感謝します!)
「コーヒーって苦くて酸味がきついイメージしかなかったけど…ここまで変わるものなんだね、知らなかった。私これからコーヒー飲むようにしようかな?」
「うん、それがいいと思うよ。また一緒にコーヒーの話でもしたいな。」
中条さんはコーヒーをまじまじと見つつ少しだけ鼻息を荒くしていた。俺はあんなに重かった空気をガラリと変え、さらに話す話題まで作ってくれたコーヒーに…いや、マスターを心の中で崇める事にした。
「じゃあ、料理が冷める前に食べますか。」
「そうだね♪でもその前に写真撮ってもいいかな?」
「え?うん、いいけど?」
中条さんは意外にも質素なカバーに収められている携帯を俺に見せながら、上目遣いで訊いてくる。
「記念かな?」とか思ってた俺は、写真を皆で共有している事を知ったのはまだ先の話になる。そして俺がカルボナーラを食べていると、中条さんが声量を少しだけ上げて声を掛けてきた。
「ねぇねぇ新海君!このハニトめちゃくちゃ美味しいよ!新海君も一口どう?」
「え、いいの?」
「うん!さっきコーヒーを二口も飲んじゃったし…お返しだよ♪」
そう言って中条さんはハニートーストをナイフで切り分けて、一口サイズにしてくれた。中条さんが興奮気味に言うのだから、本当に美味しかったのだろう。
「はい、あーん♪」
そして俺は何も考えずに差し出されたものに顔を近づけて頬張る。そして、咀嚼して口の中に甘さが一気に広がった。
「美味しいね!………え?」
「え?………あっ…。」
俺はそこで中条さんと目が合って冷静に考えると、とんでもない事をしたのに気づく。
(え?これって間接キスだよな?……は?……え?……中条さんも顔を赤らめて黙っちゃうし…これは台パンするしかないでしょ!ドンドンドン!)
※実際にはしてません。
俺は突然の出来事に、先程まで口の中にあったはずのハニートーストの味を一瞬で忘れた……。
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「ますたぁ…このコーヒーめちゃくちゃ甘いんだけど、味変えた?」
「いえ変えておりませんよ。…まぁ、おっしゃりたい事は存じているつもりです。」
「…珍しく梨奈に同意するわ…ここまで甘くなるなんて。」
そして中条さんが投下した爆弾は、思わぬところで2次被害を出していたりした。
俺達は中条さんに投下された爆弾のせいで店を出るまでまともな会話が出来なかった。俺は少しばかりいい思いをしたが、結果的にはマイナスな気がしなくもない。
そして会計を済ませて、店を出る。店先の階段を登ったところで中条さんが立ち止まり、髪をふわりと揺らしながら振り返ってきた。俺が見つめると、先程まで朱に染めていた可愛らしい顔は、そこには既に無かった。そして普段と違う表情で俺を見つめていた。
そこで俺は思わず警戒し、真顔になってしまった事が失敗だった。
「……なんで私をそんな目で見るの?」
「…え?」
俺は中条さんが何を言っているのか分からず、逆に冷静になった事により気づいてしまった。
彼女が辛そうな表情をしていた事に。
普段の彼女の笑顔とは正反対で、その表情はまったく彼女には似つかわしいものではなかった。声も普段の明るい声ではなく、極寒の地にいる様な凍える冷たさを放つ声だった。
彼女はそのまま何も言わずに後ろを向く。再び振り返った時にはいつもの可愛い笑顔が見て取れた。
「ごめんね!変な事訊いちゃって。今言った事は忘れて欲しいかな。」
「え?でも…。」
俺が今の事について言及しようとすると、中条さんは両手の人差し指を交差させ、口の前に「✖︎」をつくっていた。そしてその顔は笑っていたが、目が笑っていなかった…いや、生気が感じられなかったのも気のせいだろうか?
「ごめんね、私から言っておいて。…じゃあ、服を買いに行こっか♪」
「う、うん。そう…だな。」
さっきの表情を見てしまった俺はそれ以上訊く事が出来なかった。
そして、もう今までと同じように彼女を見れないと知って、かなり残念だった……。




