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16-2 悪魔の往復切符?

 俺達は今、学校が手配した大型バスに乗っていた。俺の左隣に(はやし)さんが座っており、通路を挟んで竜星(りゅうせい)崎田(さきた)さんが座っている。

 春雨(はるさめ)さんの病室から出て、廊下を歩いた先にある休憩スペースで竜星と林さんと崎田さんと合流し、学校行きのバスを利用する事にしたのだ。

 ちなみに三神(みかみ)は春雨さんの事を心配しており、まだ病院に残るつもりらしい。神無月(かんなづき)さんに一蹴されないか少し心配だったが。

 今回は学校側からの事前通達として、試験から途中脱落した者から学校が手配するバス(1時間毎)によって帰宅が許可されている。なので試験後半まで戦っていた俺達は、皆とは遅れて帰路に着いている事になる。

 そんな訳で、17時発のバス内では他の生徒は石川(いしかわ)中条(なかじょう)さんだけだった。

 しかし石川が俺を毛嫌いして遠くに座っており、中条さんは渋々といった風に(実際にはそんな事を感じさせる様な言動は一切していないが)付き添っていた。

 全員が濡れた体操服を袋に詰め、病衣のままバスに乗っているのだからとても変な光景ではあったが、学校側としては雨を降らせる事など想定していなかったのだろう。多分。

 そして4人で行われていた試験の内容に関する話も、崎田さんと林さんがゆっくりと眠りについた事で、竜星と俺の会話も自然と落ち着き、ゆっくりとただ流れる静寂の時を過ごした。

 林さんの心境がどうなっているのかは分からない。()は心を許してくれているのか、俺に体重を預けてすやすやと寝息を立てている。本人としては不本意なのかもしれないが、「俺の隣でも安心して眠りにつける」という存在にまでなっていると、俺は勝手にそう判断していた。

 そして、俺に寄りかかる事で、ふわりと漂ってくる林さんの甘い匂いが、何度も鼻腔をくすぐる。汗を掻いた事で本人の匂いはより一層増し、その体の温もりも加味されて、林さんの存在を嫌でも意識させられる。

 結局俺が、「理性との格闘」という特別試験をバス内で続けていた事は、誰にも伝わる事はなかった……。


――――――――――――――――――――――――――――


 俺はバスを降車した後、赤面しながら煙をたてて爆走していく林さんの背中を見送り、俺達もそれに続いて学校へと足を運ぶ。俺と竜星は更衣室で制服に着替え、病衣は回収BOXに預けて更衣室を後にする。

 石川は喋り掛けてくる事はなかったが、ずっと睨み続けてはいた。そこまでして何か言いたい事があるのなら言えば良いと思うが。

 言い方は悪いが、そこで俺から話し掛けてあげる程、俺は石川に良い印象を持っていなかった。それは馬が合わない相手に仲良くする程、俺にコミュニケーション能力が存在していなかったからだ。

 そして学校の下駄箱で、靴を履き替えていた俺達に背後から話し掛けてきたのは中条さんだった。普段の明るい元気な声は、やはりとても聞き取りやすく、心地がいい。


隼人(はやと)君。ちょっとだけ、いいかな?」

 そんなありがたい?お誘いは俺だけに差し出されたものだった。そう、俺と竜星がいるこの状況で、俺の名前だけを呼ぶという事は、2人っきりで話をしたいという事なのだろう。別に中条さんはその言葉以外には何も言う事はなかったし、竜星がいる事に嫌そうな表情すらしなかったのだが。

 それでも俺が目配せなどの配慮をしなくても竜星にも伝わったのか、自然な形で先に帰路に着く事を選択したようだった。


「僕先に帰ってるね。」

「分かった。」

 明日、つまり3日からは、世間からは少し遅れる形となって俺達はゴールデンウィークに突入する。9日まで休みがずれ込み、10日から13日まで中間テストとなる。休み明けからテストとなると憂鬱になるが、それは仕方がないだろう。

 そんな学校の予定とあって、とりあえず休日の間に会う予定はなかった俺達は「また学校で」と、無難な挨拶を交わして別れる事になった。


「気を使わせちゃったみたいでごめんね。」

 中条さんは竜星と離れ離れにしてしまった事に対しての謝罪をする。俺はそれを苦笑いで受け取り、直ぐに話を進める事にする。


「それで、直ぐに終わる話?長引くなら足を休めれる所で話したいけど。」

「うーん、直ぐ終わる、かな?」

 疑問形できっぱりと言わなかったのは、俺の返答次第で変わるという事なのだろうか?そんな事を思いつつ、とりあえず寮へと歩みを進めながら無言で続きを促す。


「単刀直入に言うと、私のおじいちゃんにあって欲しいの。」

 俺はそこで呆気に取られる。俺をじっと見つめ、見上げる形で放たれた言葉には驚きを隠せない。正直なところこの話題に関しては既に禁句入りしているのだと勝手に思っていた。

 そして中条さんにとっておじいちゃんとは、中条世界(ワールド)の事。

 そもそも俺は世界(せかい)さんに一度会う必要があると思っていたが、それは別に中条さん経由じゃなくても成立する事なので、中条さんをパイプとして会う構図は既に頭の中にはなかった。

 なので必要以上に驚き、無闇に警戒してしまう。土曜日の一件からまともに会話をしていなかった事もあり、何か狙いがあるのではないかと、裏を読もうとしてしまう。

 そんな俺の思考はお見通しだと言わんばかりに、中条さんはそこで不適に笑った気がした。


「やだな、別に隠してる事なんてないよ。私がおじいちゃんに隼人(はやと)君の事をちょっと話しただけだから。それに会いたいって言ってきたのもおじいちゃんだよ?」

 俺はその言葉を聞いて軽く思案した後に、結論を出した。


「分かった。それで何処で会う約束なの?」

「私の実家。」

「え?今なんて……。」

「私の実家って言ったの。おじいちゃん、そこに住んでるから。」

 俺は再び呆気に取られる。唐突に実家へとご招待された訳だが、一体全体どういうことだろう。いや、意味は分かるのだが、別に実家である必要はなくないか?

 そんな事を思って、珍しく表情をコロコロと変化させる俺が面白いのか、中条さんはクスクスと笑っていた。愛くるしい笑顔からはどんな事を考えているのかは読み取れない。そんな彼女が可愛く思うのと同時に、少し恐ろしく感じた。


「とりあえず会う場所は分かった。それで日時だけど。」

「おじいちゃん、この連休中ならいつでも来ていいって。私達もその方が都合がいいからね。」

「そうだね。ちょうど部活もテストの影響で休みだからね。」

 この連休は学校の行事は一切なく、基本的に部活もない。本当の意味での休みだった。珍しくこの学校では長期休暇以外での羽を伸ばすタイミングだったりする。

 そこまで俺は考え、ふと違和感に気づく。


「私()?」

「うん、私達。私も隼人君と一緒について行くから。」

 俺は朗らかに笑って放たれた中条さんの言葉に三度(みたび)呆気に取られた。そして今日の中条さんは本当に楽しそうに笑う。それは俺をおちょくる事で今日の疲れを回復しているようにも見えた。

 とりあえず今回の一件で腹をくくり、世界さんに会う事に決める。それは俺にとって今後必要な事であるはずだし、(かえで)の為にもなるはずだ。


「分かった行こう。それで正確な日時と場所なんだけど。」

「明日朝直ぐ出発でも大丈夫かな?実家は富山だから、それで新・東京駅から9時32分発、金沢行きの新幹線で行こうと思うんだけど。どうかな?」

「リニアじゃなくて新幹線なの?」

「うん。直通じゃないし、乗り継ぎと目的地の関係でね。それと、着替えはちゃんと2日分持ってきてね。」

「え?」

「日帰りじゃないから。」

「あ、はい。」

 俺はそこで抵抗する事なく受け入れる。もはや呆気に取られる事なく淡々と受け止めていく。もはや自然に主導権を握られた俺はどうなってしまうのだろうか?

 そして俺は中条さんの毒牙にやられてしまう未来を想像し、体を震わす。そんな俺を見て、愉快そうに舌舐めずりをした中条さん。この娘は本当に恐ろしい。

 そこで俺は理性が保てるか心配になる。欲望に溺れてしまうのも俺の事情的に悪くない気もしたが、色々と事情は変わりつつある。

 しかしそれでも中条さんの実家に、2人で尋ねる事を楽しみにしている自分は確実に存在していた。


「新幹線の席予約は既に済ませておいたから、集合時間に遅れないでね?倉田駅の集合時間はまた伝えるから。」

 そう言い残して女子寮まで辿り着いていた俺達はそこで別れる。俺は中条さんの走り去って行く背中を見つめ、心の中で悪態をつく。

(おい、なんで既に予約してあるんだよ……。)

 俺は「断られる未来なんてない。君に、選択肢はないんだよ?」そんな幻聴を聞いた気がした。それ故に思わず漏らした俺の心の叫びは誰にも聞こえる事はない。ただ1人を除いて……。

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