15-2 最終戦②
俺達はわざわざガラス板での移動を見せつけるなどの馬鹿な事はせずに、普通にデパートの入り口から姿を現した。そこで今にも始まりそうだった戦闘特有のピリピリとした雰囲気が霧散する。
「おいおい、本当に生きてやがったよ。新海、お前今まで何処にいたんだ?」
なので今の状況に全く関係のない事を問われても仕方のない事だと、俺は思った。そんな発言をした奴と、向こうのペア―夏威のペアとは20m程離れていたが、当然の様に声は聞こえていたのか、俺達の会話?に割って入ってくる。
「ほらやっぱり生きてた。何処にいたかは俺も知らないけど、君なら確実に残ってるってわかってたよ。さて、ウォーミングアップはお終いだ。こっからは全力でいかせてもらうからね。」
そんな言葉を残して満足したのかゆっくりと距離を詰め始める夏威。南部さんはそんな行動にギョッと目を見開いて少し遅れながらついてきていた。
どうやら夏威は俺達とお話に興じるつもりは、既にないらしい。
そしてこの前の俺との遊びとは訳が違う。前回も他者を圧倒するオーラを纏っていたが、今回は別角度の、所謂王者のオーラを纏っていた。それに敬意を示すかの様に俺は異能を使用する。
俺は一瞬でガラスで日本刀擬きを造形し、スタンバトンを持つ手とは逆の右手で握り締める。普段は所々空洞にして重さを軽減する工夫を凝らすのだが、今回は夏威が相手だ。なので空気に関する不安要素は撤廃しておくべきだ。
「おや、ガラスかい?それが隼人君、君の異能かい?」
「さて、それはどうかな?」
そんなやりとりを交わした直後、俺の隣に男子生徒が立つ。
「おい、何勝手に話を進めてんだ。元々はこいつは俺の獲物だ。邪魔すんじゃねぇ。それに、あいつの相手がお前に務まんのか?」
「あぁ、絶対に倒して見せる。あとお前、名前。名前をまだ聞いてなかった。教えてくれ。」
「ケッ、言うねぇ。俺は立花咲夜。そのちっぽけな頭でしっかり覚えておけ。」
「あ、僕は浅間鷹斗!忘れないでね?」
そんな事を言う立花の影から、ひょっこりと顔を出す立花のペアの男子生徒。身長175cm程でガッチリとした体格の立花に隠れている浅間は、黒髪お団子マンバンヘアの立花よりもある意味特徴的だった。
2時間前から思っていた事だが、こいつは異様に可愛い。それは俺が同性愛に目覚めた訳でもない。
思わず中条さんが脳裏に浮かんでくる様なボブヘアーだが、ブラウン色の髪色という点は少しだけ違った。男子の体操服を着ているので男なのは確実なのだが、くりくりとした目に透き通る様な綺麗な肌、ツンとした小鼻にピンク色の唇。こいつは本当に男なのだろうか?と、俺がそう思うのも仕方のない程、そいつは男ながらも独特な可愛いげがあった。
西川さんとは正反対のパターンに、林さんが思わずといった様に何かボソリと呟いた気がしたが、俺は聞き取る事は出来なかったので、直ぐに忘れていった。
しかしそんな空気も自然と一蹴され、張り詰めた空気にガラリと変わる。今、戦いの火蓋が切られようとしているのは直ぐに分かる。
そして最初に仕掛けたのは夏威。俺達に向けて手を前方にかざして何かを放つ。俺達の呼吸機能を奪うにはまだ射程距離に入っていないのか、遠距離攻撃を選択した様だった。
更に夏威の放ったと思われる攻撃は不可視。だが全く見えない訳でもない。圧縮されたと思われる空気塊はゆらゆらと、目を見張る速度で俺達に飛来する。俺は反射的に避けるのではなく、ガラス板で塞ぐ事を選択する。それは南部さんの異能を警戒しての事だった。恐らくだが、固定化か物体制御のどちらかに属する異能を使用され、回避中に動きを止められるのはそのまま直撃を許してしまう事になる。それをさせない為の直感的な判断だった。
そして発射された空気塊は俺が展開したガラス板に衝突し、ガラス板が破壊される事で一旦は難を逃れる。俺が使用したガラスがどうやら強化ガラスで構成されていたからなのか、意外にも威力は抑えられていたのかは分からなかったが、勢いよく砕け散る事にはならなかった。
放出された飛来物は干渉力による力の更新がなされていない場合、一定の衝撃を加える事で力は霧散するという、仮面男と同様の対処法で対策出来る事を俺が確認したところで、夏威が今度は両手を俺達にかざす。そして足取りはゆっくりとだが確実に、近づいてきていた。
「タカッ!」
そこで2射目、つまり俺のガラスの盾の対策と思われる2回の波状攻撃が行われる前に、立花の声を皮切りに浅間が勢いよく俺達を庇う様に飛び出す。それに合わせて俺達2人も前進する。
そこでそれを見た夏威は、焦る様子を見せる事なく異能を使用する。
そして、浅間は手をかざすだけで、体を軽く後方へと吹き飛ばす程の空気塊の衝撃を受けても、平然と突っ走っていく。俺の目には右手を軽く振りかざしていただけに見えたが、何が起こったのだろう。
そんな事を考えている内に空気塊の名残りと思われる風が俺の側を駆け抜ける。
そして浅間は一気に距離を詰めた事により、夏威の射程距離に確実に入っているだろう。恐らく既に呼吸の手段は奪われており、パフォーマンスが一気に落ちていくであろう浅間は、何もされてないかの如く、怯む事なく突き進む。
そして夏威の背後では、右手で異能の照準を合わせている南部さんが。そこで南部さんの手が向けられていたのは浅間、ではなく、立花の方だった。
その直後、立花はこの距離では届かないはずの拳を繰り出そうしており、一瞬だが身動きが取れなくなり、俺がそんな立花を抜き去る形で前に出る。
そして浅間はその可愛らしい顔からは想像もつかない程のスピードで拳を何度も繰り出す。何故かスタンバトンを持っていない浅間には、拳が唯一の武器だ。
徒手格闘には余程自信があるのだろうが、それを裏付けする程の拳撃と、時折強力な脚撃を夏威に浴びせていたのを、俺は視界に収めて納得していた。
夏威はそんな必死の猛攻にも何度か被弾を許しつつも、致命的なダメージは負わない様に体の芯をずらしたり、拳を左手で弾き、脚を受け止める事でいないしていた。時折スタンバトンでの攻撃を試みるも簡単に避けられてしまう。
それでもそこまでしっかりと耐えた夏威は味方のアシストによって好機を得る。南部さんによって体を石の様に動きを制限されたと思われる浅間が一旦スピードを奪われ、体勢を崩す。
そしてそんな好機を見逃す程、夏威は甘くない。そこですかさずスタンドバトンを浅間の右肩に向けて放つ。近くにいれば「バチッ」という音が聞こえてくるであろう放電を開始するスタンバトン。
そしてそれが浅間の体に接触しそうなところで俺のガラスが余裕を持って間に合う。俺は電極部を一瞬でガラスコーティングを施す。それだけで瞬く間に電流は流れなくなり、ただ浅間の肩を突く打撃に早変わりする。
そして2度目はカバー出来ないと考えている内に、浅間は見えざる手によって後方へと引っ張られる。
俺が見えざる手と表したのは、浅間の服がまるで後ろから手で引っ張られた様に、単純に不可視の力によって後方へと引っ張られたからだった。そしてそれは恐らく立花の異能。先程の不可解な行動にも説明がつくだろう。
俺はそこまで戦況を客観的に見た後、眼前に対峙する南部さんに意識を向ける。この場面を待ちわびていた南部さんは、思わずといった様に口角を吊り上げる。
「絶縁体なんて卑怯じゃない。」
だが、そんな嬉しそうな笑顔から紡がれた言葉は愚痴だった。
しかし俺はそれに返答する事なく無造作に左手を突き出す。俺は当然の様に呼吸が出来なくなる中、南部さんの異能を見極める為の一手を打つ。
俺の放った少しゆっくりめのスタンバトンでの攻撃は、スタンバトンが空中にガッチリ固定される事によって、軌道上から逃れ、あっさりと回避される。更にそれとほぼ同時に俺は脳内で「バチリ」と、警告音が鳴り響く。それは人体干渉の抵抗力が働いた証拠でもあり、南部さんの戦闘スタイルの特定にも繋がる事だったが、一旦それは頭の片隅に追いやる。
並列思考は得意な部類ではあるが、今は多数戦闘の中なので、そんな事に頭の処理を割く余裕は、今の俺には残念ながらなかった。
俺は南部さんが放つ蹴りを見極め全て余裕を持って、1度、2度、3度体を捻る事で回避した後、手にしていたガラス刀で突きを放つ。そこで再び俺の右腕はガッチリと固定されたかの様に全く動かなくなる。今度は手にしているガラス刀ではなく、俺の腕を纏う空気?が恐らく固定された事によって動かなくなった。
そこで俺は頭の中で南部さんの異能は固定化系統に絞る事にした。それは俺が扱う物質を止める事は出来ずに、俺の体の周りを完璧に止める事で制限してきた事が何よりもの証拠だった。
しかしそれもフェイクの可能性もあったが、とりあえずそこに勝機を見出して、ガラス刀を手放す。ガラス刀は重力に従い、地面に落ちる、事はなく、それが当たり前かの様に手放した瞬間に南部さんへと飛来する。
そこで初めて南部さんの顔に焦りが生じた。恐らく異能を使用して必死に止めようとしているのだろうが、俺のガラス刀は常に形状変化を繰り返し、もはや刀とは呼べる状態ではないドロドロの状態で接近していく。
そこで俺は南部さんへと大きく踏み込む。彼女の動揺を狙わない手はない。
しかし大きく踏み出したはずの足は地面につく事はなかった。そして俺の視界は平行的に、目まぐるしく変わる。新幹線やリニアに乗って、車窓を眺めていたかの様な体験をした俺は頭が一瞬真っ白になる。
そう、俺は最初、自分の身に何が起きているのか理解出来なかった。気がつけば舗装された地面を勢いよく転がり、皆との距離は軽く100m程、引き離されていた。
反射的に受け身を取っていたとはいえ、何度も硬い地面を転がったので、いくらタフな俺でも無傷とはいかない。寧ろ普通の人なら重症だ。俺や楓意外にこれをしたならば1発で過剰攻撃に見做されてもおかしくはない。
しかし俺としてはそんな事よりも、この状況に至らせる方法が直ぐに思いつかなかった。ただ吹き飛ばされた訳ではない。夏威の本気の空気圧縮弾ならここまで吹き飛ばすのも可能だろうが、その直撃の際に生じる衝撃などは一切なく、寧ろただ瞬間移動させられたと言われた方が納得がいくものだった。
とりあえず俺は乱れている呼吸を落ち着け、唖然としており全く動いていなかった足を懸命に前に出して走り出す。恐らく南部さんの仕業なのだろうが、やはり理解出来ない。あれは俺の想像を超える異能の使い方をしているのだろう。もはやそういう風に考えを放棄するしかなかった。
そして応急処置として南部さんの射程距離外からの攻撃を試みるしかない。
そこで俺が戦闘から離れた約16秒で、戦闘状況は一変していた。林さんは完全に意識を失ったかの様に、ピクリとも動かずに地面に横たわっており、浅間と立花によって戦闘は継続していた。恐らく俺が離れた隙に南部さんが林さんを仕留めたのだろう。
俺は守る対象をまた失った。そこで俺は闘志を漲らせる。ここは勝たなければならない。俺はその後、一気に冷めた思考に切り替わり、そこまで覚えていた怒りと悔しさを完全に封殺する。
そして俺はただ、何かを償うかの様に突進していく。
制御権を失ったガラスを全て手中に収め、それを一斉に南部さんと夏威へと向けて発射する。夏威の拳と南部さんの蹴りをいともたやすく受け止める浅間と、その後ろから空を殴り続ける立花を通り過ぎ、躍りかかる様に突進するガラス達。俺は更に周辺のビルからガラスを回収する。
異能の酷使による反動で脳へのダメージを負う程の大質量攻撃。一瞬立ちくらみをしそうになるが、鋼の精神でなんとか持ち堪える。夏威は必死に俺が飛ばすガラス塊を破壊するが、大多数を撃ち落とす前にその身は強打され、ガラスに呑み込まれる。ガラスの大海に打ち付けられて何も出来ずに、南部さんもろとも吹き飛ばした事により、立花は一気に畳み掛ける様に右拳を何度も繰り出していた。
「やれば出来んじゃねーか!」
そんな事をぼやきながらも、立花は手を止めない。
立花の見えざる手。射程は不明で、障害物は一切関係なく命中しているようだった。俺のガラスに身動きが取れない2人は、ただ一方的に殴られているかの様に苦悶の表情を浮かべる。2人は、実際は見えない何かに殴られて続けているはずだ。
そして俺のガラス塊に巻き込まれながら、ビルの壁面に勢いよく押しつける。当然、加減はした。それでも圧倒的な質量に豪快な破砕音を立てて幾分かのガラスは砕け散る。俺は一瞬で多大な量を制御し、異能を酷使した反動で膝をつく。それでも異能の制御は絶対に切らさない。
南部さんの異能を警戒して、全力で封じ込める。ただその一心だった……。




