14-7 恐怖の対象
俺達は神無月さんペアと春雨さんグループの決着、更に神無月さんと勝也が救護班によって運ばれて行くのを見届けた。
そして再び接近を許した楓から、約30分間の空中逃亡を図った5分後、北棟の一室で息を潜めていた。俺達は壁に体重を預け、久しぶりの休息に息を整えていた。
「はぁはぁ、あのピンク色の髪の子って……」
「うん、俺の幼馴染みだね。」
「え、えぇ!?やっぱりあれが楓ちゃんムグムグ……」
そこで林さんは俺が何かを言う前に口を抑え、大きな声を必死に押し込めた。そして俺にしか聞こえない様に声量を落として続けた。
「あんっなに可愛いのにあんな意味分かんない動きするなんて反則ですよ!チートです、チート!」
「まぁ、マンションの屋上を体1つで飛び移る異次元な動きで追跡するのは、あいつだけだと思うよ……。」
俺は可愛いとチートの部分に触れる事なくそう呆れた様に言った後、ため息を吐く。圧倒的な運動能力はシンプルかつ最強と言っても過言ではない。
更に楓は習熟された異能と格闘技術、卓越した素の肉体を保持しているので、そこらのクラスメイトが身体強化を使うのと訳が違う。
そこに本来ないはずの索敵機能が、背中に背負う大崎さんによって生み出されている。恐ろしく厄介で、対処が面倒な敵に俺は再びため息を吐く。
「楓ちゃんも倒すつもりなんですか?以前話を聞いた時から個人的には倒したい気分だったんですけど。」
そこで何故かやる気を見せる林さん。個人的という部分に少し引っかかったが、俺は触れる事はなかった。
「勿論倒したいとは思っている、だけど楓を倒せるかは俺でも正直微妙なところだ。この形式でやりあうなら楓が圧倒的に有利だし、本気でやり合った事はもう数年も前だからな。」
「それって、殺す気……で行くなら新海君が有利って事ですか?」
ばつが悪そうにしながらもそう言った林さん。それはあながち間違いではなかったが、ただの殺し合いなら相変わらず楓が有利だ。もっとその先なら話は別だが。
しかし俺は楓とは殺し合いをするつもりはない。守る存在を自ら手にかける意味は全くないからだ。
そして俺が眉を顰め、そんな事を思っている内に林さんは発言を撤回させた。
「今のは、忘れてください……。」
そして俺はそんな今にも霞んで消えてしまいそうな言葉を聞いて林さんの腕を優しく掴む。細く今にも折れそうな華奢な腕。授業以外では全く鍛えられていない普通の女の子の腕だった。
すると拒絶反応を示す様に、林さんの口から悲鳴が漏れた。小さな小さな、子猫が助けを呼ぶ様な。ほんの一瞬だったが、彼女の心理を示すには十分過ぎた。
そして俺は林さんの瞳を黙って見詰める。林さんが小動物の様にビクビクと微細ながらも震えていても。
「まだ俺の事、怖いんだね?普段の俺なら既に克服してるのか大丈夫そうだけど、触れられるのはまだ無理なんでしょ?ごめんね、急に。」
俺はそう言って掴んでいた腕をゆっくりと離す。林さんは俯いて俺が先程まで掴んでいた箇所を左手で抑えていた。
「私に忘れろって言う方が無理、無理なんです。元々気が弱い私には。誰もが新海君みたいに強くなれないです。」
「俺もそんな弱っちい人間の1人だけどね。」
「やめてください!私にはそう、思えないです。思いたくないです……。」
俺はそう言われて目を大きく見開く。どこで林さんの琴線に触れてしまったのだろうか。いや、もしかすると最初から間違っていたのかもしれない。林さんは無理をしていたのかもしれない。いや、それは当然か。
俺はそんな事を思うと、林さんが今まで塞き止めていたと思われる愚痴を黙って聞くしかなかった。
「やっぱり何かが違うんです。新海君が私の為にあれこれしてくれて、ちゃんと本心から仲良くしてくれるのは分かってます。私もそこには安心して接する事が出来ますし、新海君の人柄は理解している、つもりです。
それでも新海君といると嫌でも私の弱い部分、駄目なところを見せつけられるというか思い出させられるというか、新海君は以前自分が置いていかれるかもしれないと言っていましたけど違います、逆です。置いていかれちゃうのは私の方です。
こんな事で焦って新海君を信じれないで、ましてや友達を、よく知っているはずの人を怖いって思うなんて、そんな、そんな自分が、私は嫌です。嫌いなんです!
ずっと自分の心に嘘をつき続けて、誤魔化し続けて、理想に縋り続けるのは嫌です。はは、私は結局何が言いたんですかね?」
そんな事を言った後、俺へと答えを求める様に見詰めてくる。無理をして取り繕った笑顔?も直ぐに崩壊した。林さんは両膝を立てて踵を揃え、両膝を抱え込む様に腕を組んでいたのだが、そこに顔を埋めてしまう。
そして俺は頭を悩ませる。しかし何も言葉は出てこない。俺は裏切られた気分に勝手に陥り、頭が真っ白になっていたからだ。
そんな俺は、林さんが顔を埋めている影響で篭った様に聞こえてくる言葉に、更に追い討ちをかけられてしまう。
「新海君。私の異能、五感全てを代償にしたらどうなると思いますか?」
そんな一言。俺は最初、意味が分からなかった。しかしそれも直ぐに考える暇を与える事なく答えを示される。
「正解は、何も強化されない、です。そしてその代わりに本来使用される事のないものが働きます。それは……」
「「未知物質のみを認識する第六感。」」
俺は林さんの言葉にかぶせる様に言い放つ。先程まで声を発せれなかったのが嘘の様に、するりと言葉が出た。すると林さんは埋めていた顔を上げ、俺の顔を見てくる。
「知って、いたんですか?私に未知物質が見えてる事に。」
「いや知らなかったよ。今の今までは、全くね。
でも知識としてそういった類のものが存在する事だけは知っていたよ。」
(そりゃ感じないわけだ。だって見透かされていたんじゃなくて、元々見えてるのだから探るような視線になる訳がない。)
そして俺がそんな事を思っている間、俺の言葉を聞いて、先程と違う不安が湧いてきたのか、眉を顰める林さん。
「気持ち悪くないですか?五感を代償にする事で無意識に鍛えられる第六感。本来は微弱過ぎる故に表に出る事はない第六感。何もしていなくても、目を開いているだけで本来見えるはずのないものが見える。日常的な能力に昇華した私の心眼は子供の頃から忌み嫌われてました。
私、異能だけじゃなくて、この特異体質もあって避けられていたんです。他人とは本質的に違う。そこが絶対的な壁なんです。」
俺はそこで言葉を再び失う。それは彼女の独白の内容に驚いたのではなく、その後に紡がれた言葉の内容によるものだった。
「だから異能を使う新海君を見て、勝手に同族だと思ってしまいました。だって新海君、異能を使う時に体の中の影に手伝ってもらってますよね?皆とは明らかに違うやり方で事象を改変してる事に驚きました。
それに、皆と比べるとずっと強力な干渉力なのか、大分くっきり見えました。その時は誤魔化しましたけど、空中での移動中ずっと背後にいるので流石に無視するのも大変でしたよ。」
そんな林さんの言葉を聞いて俺はまさに心が抜け落ちた気分に陥る。そして俺がその娘を始末しろと必死に囁いてくる。そこで俺は爪が掌に食い込む程拳を固く握りしめる事でなんとか正気を保つ事に成功する。
そして俺は声を出そうとするが、喉が枯れて声が出せなかった。パサパサとした口内をなんとか潤し、言葉を口にする。それも上擦った声で。そのせいで動揺しているのは、林さんにもバレバレだっただろう。
「ど、どこまで見えていたの……?」
そんな俺の問いに視線を外す林さん。そしてポツリと、鮮明に見えたと思われる光景を呟く。
「鎖の様なものに全身を縛られている、真っ黒な影が新海君の左胸から生えているところを。それも頭が存在しない人型でした。勿論この事は誰にも話しませんから……。」
そんな配慮に俺は少し胸が締め付けられる。そこで林さんは黙って立ち上がる。そこには普段の優しい笑顔があった。俺はその笑顔を見て更に胸を締め付けられる。
そして悔しい。ただそんな感情に支配され、自分の不甲斐なさを悔いた。
「今は試験です。それにこれは私が弱過ぎるのが問題なんです。新海君は何も悪くない、です。」
そう林さんは言った後、沈黙が訪れる。残念ながら俺達のそんな居心地の悪い沈黙は、遠くから戦闘音が聞こえてくるまで、暫く続いた……。




